09_放課後はどっちにする?
今は午後であり、授業が先ほど終わったところだ。
なんか、今日もいろいろと大変だったと思いつつも、双月緋色は帰宅する準備をしていた。
後は何事もなく、学校を後にできればいいだけである。
「なあ、緋色。今日は何か予定とかってあるか?」
隣の席の疾風が聞いてくる。
「特には」
そういえば……葵が、本屋に行きたいとか言ってたな。
そんなことを思い出す。
「でも、疾風は部活じゃなかったの?」
「ああ、それなんだけど、今日は休みになってさ」
「そうなんだ」
疾風は自分で設立した部活を持っていて、そこの部長である。実際のところ、どんな部活なのかは詳しく教えてはくれない。
入部すればいつでも教えてやると言っていた気がした。緋色自身、部活に所属することに抵抗があり、あまり乗り気ではなかったのだ。
知らない方がいいのかもしれないと思う。
「俺も今日は暇でさ。暇だったら、緋色と帰ろうと思ってさ」
「どうしようかな」
緋色は考え込む。
そんな時、空気が変わった。
「ねえ、緋色君。一緒に帰らない?」
話しかけてきたのは綾瀬だ。
「いいけど」
緋色は友人を一度見る。
「おい、俺とは無理なのかよ。でも、まあ、いいや。帰る相手が綾瀬なら、俺は強制しないからさ。彼女と一緒に帰りなよ」
「いいの?」
「ああ。俺は一人で時間を潰すし。それと、緋色は綾瀬と一緒に帰宅したいんだろ?」
疾風は小声で話しかけてくるのだった。
そして、緋色は頷く。
「じゃ、俺は帰るよ。明日な」
「うん。また明日」
緋色はそう言った。
疾風は教室を後にしていく。
これが一番いい選択だったのだろうか?
「緋色君、帰ろ」
「う、うん」
緋色は必要なものをバッグに入れ、席から立ち上がる。
「あと、葵ちゃんとの一夜とか、それらの経緯を聞きたいんだけど」
耳元で囁くように言う。それが一番怖い。
「い、言わないとダメか?」
「んん、まあ、いいわ。私がもう少し監視を強化すればよかっただけだし。ねえ、緋色君。その代わりに、どこかに連れて行ってよ」
「どこかって?」
「緋色君が行きたい場所」
「いきなり言われてもな」
緋色はすぐに良い提案ができない。
綾瀬とは、友達になる前から、あらかじめ行く場所を決めていた。が、行き先としては住んでいる場所からは程遠い。
綾瀬の方から話しかけてきてくれたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
そう思うも、どこに行くかはすぐに決められなかった。
街中に到着してからでも遅くはないだろうと考え、一度廊下に出ることにしたのだ。
すると、なぜか疾風の姿があった。
帰ったんじゃ?
「なあ、緋色。この子、まだいるんだけど、どうする?」
「え?」
突然の発言に、嫌な予感を覚えつつも、疾風が示す先へと視線を向けた。
「ねえ、ひーろー、一緒に帰ろ」
そこには、葵の姿があり、一瞬硬直した。
なんで、こんなところに?
もう帰ったのかと思っていたからだ。
緋色は予定が狂ってしまい、頭を抱えてしまう。
ああ、なんでこんなことに。
「ねえ、それより、どうして、あの子が来ているの?」
綾瀬は疑問口調。
多分、実家とかに相談して、何とかしてもらったのだと思う。
にしても、少女の家族はどんな人なのだろうか?
逆に気になってしまう。
一応、父親と繋がりがある人だと聞いていた。
父親の人脈は広く、なんでも引き受けてしまう人であり、たまに面倒な人との関わりも作ってしまうのだ。
そんな父親の性格だからこそ、母親がずぼらな感じになったのだろう。
「ねえ、葵ちゃん。ここは貴女が来る場所じゃないんだよ」
綾瀬は、少女と同じ目線で注意深く伝えている。
「なんで、別にいいじゃない」
葵は自分勝手な態度を示す。
「いいから。明日から来ないでよね。いい?」
「だって、それだと、佳の方が有利じゃないッ」
「けど、葵ちゃんは競い合う前に、何も質問してこなかったでしょ?」
「そ、それは、そうだけど……ずるいよ」
葵は慌てつつも、自身の意見を告げていた。
少女の言い分もわかるのだが、勝負というのはそういうものだと思う。
一回でも了承したり、確認を怠ったら、そこで終了なのだ。
そんな中、周辺に人が集まってきている。
「何があったんだ?」
「あれ? 学食にいた子じゃ」
「噂になっていたのは、あの子か」
面倒な感じになってきて困る。
「でも、私はひーろーと約束したんだもん。本屋に行くって。だから、こうして、待ってたの」
「私だって、約束したわ」
「いつ? 何時何分に?」
「あのね、そんな幼稚なことじゃなくて」
争いが始まった。
「ねえ、ここじゃ、迷惑だし、別のところで」
緋色はなだめるように言う。
「じゃあ、緋色君が決めて」
「え?」
「だから、どっちと行くか、決めてってこと」
「僕が?」
「そうよ。この勝負。緋色君の評価が基準で進行していくから。緋色君の考えが知りたいの。どっちと行動したい?」
「そうだよー、ひーろーが決めて」
「ああ、わかった。じゃあ、決めるから」
そんなことも決めないといけないのか。
と、思いつつ、悩む。
でも、最初に約束を交わしたのは、葵の方だ。
まあ、自宅に帰れば、いつでも綾瀬と関われるタイミングが作れる。
逆に葵の方を放置したとしたら、後々面倒になるような気がした。
すぐに駄々を捏ねるし、我儘で扱いが面倒な時が多い。
そんな子と結婚したら、先が思いやられる。
んッ、何考えてるんだ、僕は。
葵と結婚だなんてありえないが、今はそんなことじゃなくて。
いろいろと考えた結果。
「今回は葵の方で」
「葵ちゃんの方?」
綾瀬は少女を怪訝そうに見やる。
「やったー、私の方ね。残念だったね、佳」
「ふんッ」
綾瀬は不満そうな表情を見せ、そして、緋色を睨んだ。
まあ、彼女には悪いが、ここはしょうがないと思う。
「まあ、いいわ。今回はいいけど、後でいろいろとしてもらうから」
「うん、わかったよ」
綾瀬は背を向け、いつもの友人のところへと向かい、帰宅しようとしていた。
こ、これでよかったのかな?
的確な判断だったのかは不明だ。
緋色は葵を見た。
「ねえ、一緒に行こ」
少女は早く本屋に行きたくてうずうずしている感じだ。
「というか、君、葵ちゃんだっけ?」
「うん」
葵は疾風へ視線を向けた。
「あの綾瀬と何か勝負しているのか?」
「うん。そうだよ」
「へえ、そいうか。でも、どこでそんな繋がりが?」
「私と佳は、ひーろーの家に住んでいるの」
「え?」
疾風は一瞬、耳を疑っていた。そんな表情だ。
「あああああッ、なんでもない、聞こえない、聞こえないッ」
緋色は突然、大きな声を出した。
「どうした、緋色?」
「ごめん。なんか、窓の外にいる未確認生命体に洗脳されそうだったんだ」
緋色は無茶苦茶な発言をして、誤魔化そうとする。
それしか思いつかなかったのだ。
でも、これで葵のセリフは聞こえなかっただろう。
一緒に住んでいるという情報が、他人に伝わってしまったら確実に終了だ。
「え? 窓の外に? 何もいなくないか?」
疾風は廊下の窓を開け、辺りを確認していた。
「そっか、じゃあ、僕の見間違いかな。あはは……」
「だったら、いいけどさ。いきなり大声を出すなよ。俺もびっくりするし。緋色は、変な漫画でも読んだのか?」
「いや、そうじゃないんだ。多分、疲れているだけだと思う」
何とか、誤魔化せたみたいだ。
自分自身の立場が大きく危うくなったものの、これでいい。
あと、葵が何を言い出すか不明であり、そこも気を配っていかないといけないだろう。
「ねえ、ひーろー」
緋色は気まずそうに頷き、歩き出す。
「じゃ、俺もついて言っていいか?」
疾風が駆け寄ってくる。
一人で帰るんじゃなかったのか?
「いいよ」
葵は受け入れていた。
結果、三人で帰宅することになったのだ。
これから、大変なことが起きそうだと思い、何かしらの対策を考えようと心に決めたのだった。