08_学食にはあの子が?
双月緋色は学校に到着すると、綾瀬と一緒に会話を弾ませながら教室へと向かう。そして、彼女は自身の席に座り、普段から関わり合いのある友人たちと会話をし始めていた。
「なあ、緋色。昨日はどうだった?」
席に座ると、隣にいる友人、疾風が話しかけてくる。
「まあ、それなりには」
緋色は昨日あった出来事を思い浮かべながら告げた。少々やましいことが多く、友人には顔を向けずに、静かに呟く。
「そうか。それで、どこまでいったんだよ」
「どこまでって、そんなには……」
緋色は斜め後ろの席に座る綾瀬をチラッと見、小声になる。
彼女とは大きく関係性が変わったと思う。それと、あの少女とも出会い、いろいろと本音で話しづらい。
「なんだよ。特になかったのかよ。こんな時にさ、何かの手違いで泊まることになって、朝まであれとか、これとかさ」
「い、いや、そんなことは……」
と、その先のセリフは口が裂けても言えない。
本音で言えば、綾瀬とは一緒に住むことになった。そんな発言を今したら、確実にクラスメイトから殺されそうだ。
「付き合っているのに、何もないなんて、寂しい青春だな」
「いや、綾瀬さんとは友達って関係性なんだけどな」
「え? そうなのか?」
「昨日そう言ったじゃん」
「そうだったな。でもさ、彼女と友達であっても付き合ってると思えばいいじゃんか」
「疾風は、いろいろとモテるから、そんな風に考えられるんだろうけど。僕は」
緋色は自信ない態度を見せてしまう。
綾瀬とは正式に付き合いたいのだが、どうしても、まだ、そういった関係性にはなってはいなかった。
どうしたらいいだろうか。
「それでさ。今日は綾瀬と何かするのか? 俺がもっと協力して、付き合える関係性にしてあげようか?」
「い、いいよ。自分の力で何とかするから」
「そうか。でも、困ったときは、なんでもやってやるからさ」
「うん。ありがと」
緋色は一応、頷く。
そんな中、担任教師が教室に入ってくる。
「じゃ、今から朝のHRを始めるから、さっさと席につけ」
辺りにいるクラスメイトは、各々の席に座りはじめ、そして、担任が出席確認を行い、今日のスケジュールを告げた。
それから午前中の授業に移るのだが、なんか、今日はやけに疲れて集中できない。
昨日からあの子と関わって、ドッと疲れた。
ああ、こんなんでいいのかな。
緋色はそんなことを思い、授業中、斜め後ろにいる綾瀬に視線を向けた。
彼女は真剣に授業を受けている感じだった。
普段は明るくて話しやすい存在で、授業態度もよく、大半のことはこなしている。けど、一緒に住んでみてわかったことだが、家庭のことはあまり、うまくできないようだ。
なんか、学校では知りえない一面を見てしまい、少しだけショックを受けていた。
一時限目、二時限目、そして、三時限目の終わりに差し掛かった頃合い、昼休みのチャイムが鳴り響く。
「では、これで授業は終わり」
教師はそのまま教室を後にし、室内がゆっくりとうるさくなる。
「ああ、ようやく昼休みか」
隣の席の疾風は、背伸びをしていた。
「なあ、緋色。今日は学食に行かないか?」
「え? なんで?」
「いや、なんかさ。噂で聞いたんだけど。学食に小柄で可愛い子が、いるって話」
「バイトしている子ってことかな?」
「さあ? そこまでは分かんないけどさ。確認のために行こうぜ」
「二十代くらいってことかな?」
「いや、俺らよりも年下らしいよ」
「年下……」
いや、まさかな、と、思った。
「どうした、緋色?」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
「そうか。じゃ、行こう」
「う、うん」
緋色は教室を後にする。
その直後、綾瀬とたまたま視線が合ってしまう。
先ほどのやり取りを聞いていたのか、彼女は不満げな表情を浮かべていた。
気まずく、彼は咄嗟に視線をそらし、学食へと向かって歩き出す。
緋色が、この学校に入学してから、二年目なのだが、あまり学食に行ったことがない。
お金もかかるし、余裕があるときじゃないと、利用しないからだ。
学食前には、ガラスケースに入った、サンプルのようなものが置かれている。
緋色が、そこを見ていると――
「なあ、そればかり見ていないでさ。早く入ろうぜ。どんな子か確認したいし」
「そ、そうだな」
その中に入ると、やけに人が多いような気がした。
そんなに可愛い感じの子なのだろうか?
「多分さ。あの人だかりのところにいるんじゃない?」
疾風は調子よくいう。
そこへ向かい、人だかりをかき分け、友人の後ろに続き進んでいくと、そこには見慣れた感じの小柄な子がいた。その子と視線が重なる。
え? な、なんで、あの子が⁉
緋色の心臓の鼓動が嫌な意味で高まり、一瞬固まってしまうが、すぐに背を向け、立ち去ろうとする。
「どうした?」
疾風に言われるものの、早くここから逃げたい。
「や、やっぱりさ。購買部にしよ」
そんな発言をした直後、
「ひーろー、どうして、私を無視するのー」
あ、自然な感じには誤魔化せなかったか。
なんせ、さっき、普通に視線が合っていたのだから、無理があるというもの。
「緋色。この子と知り合いなのか?」
「い、いやぁ、まさか」
緋色は、何が何でも少女と距離をとろうとする。
「もう、そんなに照れないでよー」
葵は、緋色に近づいてくる。
彼はしょうがなく、視線を合わせた。
そして、そこに集まっていた人らの視線も一心に受けることになったのだ。
「どういうこと?」
「まさか、綾瀬さんだけじゃなくて、この子とも繋がりが?」
「なんで、こんな奴が」
いろいろな発言が飛び交う。反発するような声が多い。
「いや、本当に違うんだ」
辺りにいる人らを見て、全力で告げた。普段よりも少し、声の度合いが戦ったかもしれない。
「ひーろー、私と全裸で一夜を過ごした仲だもんね」
「は? いや、やめろ、そんな発言」
周囲の視線がよりいっそ鋭くなる。
「おい、一夜を?」
「全裸だって、不潔ね」
「一体、どういうことなんだ?」
皆がまじまじと緋色へ、視線を向けている。
一瞬で、学食が魔の雰囲気へと変貌を遂げた。
今まで以上に最悪だ。
「ねえ、どうして、葵ちゃんが?」
背後を振り向くと、そこには、いつもの友人と一緒に、綾瀬の姿があった。
「私のお父さんに創案して、何とかしてもらったの」
「へえ、そうなの? それと、緋色君。さっき聞こえてきたんだけど。全裸で一夜を過ごしたって、どういうこと?」
綾瀬の鋭い視線が、緋色を襲う。
「いや、それには深い訳が」
「今はいいけど、後で説明してくれる?」
「は、はい」
綾瀬に睨まれ、怖くなった。
後で素直に話そう。
ああ、綾瀬と付き合いたいだけなのに、こんなんじゃ、うまくいかないじゃないか。
緋色は絶望した。
「ねえ、ひーろー、一緒に食事しよ。私が食べさせてあげる♡」
「いいよ、こんなところで」
「いいじゃーん」
葵は緋色の体を嫌らしく触ってくる。
「いや、ここでは」
緋色は困惑し、疾風に視線を向けた。
「疾風。やっぱ、購買部に行かない?」
「俺は学食がいいんだけど」
「いいからさ」
「はあ、しょうがないな」
疾風を連れて、急いで学食を後にするのだった。
あんな空間で、食事なんて耐えられない。
どうしてこうなっちゃうんだ。
緋色はそんな風に思いつつ、駆け足で廊下を移動するのだった。