06_落ち着かない朝
「んんッ」
双月緋色は来客用のベッドで睡眠をとっていた。が、布団の中に違和感を覚え、ゆっくりと瞼を開く。カーテンの隙間から光が入り込んでくる。
もう朝なのか。
緋色は上体を起こすと、隣の布団が膨らんでいるのが分かった。
違和感の正体は、これかと思い、布団をはいでみる。
「⁉」
緋色はとあるものを見た瞬間、視線をそらし、布団を、それにかけなおしたのだ。
な、なんだ⁉
心臓の鼓動が高まり、冷静さを保てない。
ごそごそと布団が動き、そして、葵が姿を現す。
「おはよう、ひーろー。どうして、私を無視したの?」
「いや、無視してなんて……あ、葵。何か着たら?」
少女は上半身、何も纏っていない。
さすがに、目のやり場に困ってしまう。
「そんなところが気になるなんて、ひーろーのエッチ」
「あ、葵が、勝手に脱いで寝ていたんだろ」
「別にいいじゃない」
「いや、僕の方がよくないんだよ」
こ、こんなのいきなりすぎるって。
一瞬だけ見えたのだが、やはり、葵のは小さい。
「もうー、こっちを見てよ」
葵に言われるものの、どうしても視線を向けることはできなかった。
「葵はなんで、ここで寝てたの?」
「だってー、昨日部屋に戻ってこなかったじゃん」
葵は不満げに、緋色をジト目で見ている。
「あれは葵が、どうしたって、ベッドから離れなかったじゃないか」
「もっと言ってくれたら、別の部屋で休んだのに」
彼女は拗ねていた。
「本当かよ」
「嘘だけど」
「嘘じゃんか」
緋色は呆れ、ため息を吐く。
少女と一緒にいると、本当に疲れる。
朝からこんなだと、いつまで体力を維持できるか、不安だった。
「私はひーろーと一緒に休みたかっただけなのにぃ」
「僕は遠慮したい」
「拒否しないでよー」
「どうせ、変なことをしてくるんだろ?」
「そんなことないし」
「本当か?」
緋色はその疑問をぶつける。
「変なことって。将来結婚するなら、普通じゃない」
「って、やっぱり、やってくるじゃないか。というか、僕は、葵のことを婚約者だとは思っていないからな」
「えー、私はもうその気でいるのに。だからこうして、愛する人の家に来て、尽くそうとしているのに」
少女はどうしても、結婚したいらしい。
「ひーろー。昔、婚約するって言ったでしょ」
「でも、あれは本心じゃないから」
言わされたようなもの。
「またまた、そんなこと言って、素直じゃないねぇ」
葵は上半身裸のまま、すり寄ってきて、抱きしめようとする。
「いや、僕はそんな気分じゃないし」
「じゃ、どうしたら、やってくれるの?」
「それは、その、無理だ。葵には、そんな感情は抱けない」
緋色は言葉に戸惑いつつ、自身の意見を告げた。
葵は、そんなセリフを無視するかのように、舌で頬を舐めてくる。
「んッ⁉」
「ねえ、やろうよー」
如何わしい表情で、誘ってくる。
「そ、そんなことよりさ。この部屋から出てくれ」
「でも、布団から出ちゃったら、全裸になっちゃうよ」
葵は誘惑するような視線を向けてきた。
「は? も、もしかして」
「うん♡ 下の方も何もつけてないから」
ああ、どうしてそうなってるんだよ。
緋色は頭を抱え込んでしまう。
どうにもならない状況に追い込まれ、絶望的だ。
「でもぉ、ひーろーが望むなら、見せてもいいよ」
葵は、下半身を隠している布団に手を当てた。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「婚約者なんだよ。いいじゃん」
少女はどうしても新婚のようなやり取りをしたいようだ。
「もう、本当だったら、すぐにでもひーろーと結婚に向けて、生活する予定だったのに。あの、お姉さんがいなかったら、よかったなぁ」
葵は一瞬、悲しそうな顔を見せる。
「僕は、起きてるから。葵は服を着てから、リビングに来てよ」
「えー、もうリビングに行くの?」
「ああ」
緋色は、葵の方を見ることなく、ベッドから立ち上がった。
葵が、そんなに悪い子ではない。
そんなことはわかっているのだが、やはり、少女の好意を受け入れることはできなかった。
今は、綾瀬という恋人未満の友達がいる。
彼女とどうやって、付き合っていけばいいのか、考えないといけないのだ。
だからこそ、葵とは深い関係性も持ちたくなかった。
まあ、学校に行けば、常に綾瀬と関われるし……というか、考えてみれば、綾瀬の方が、この勝負。有利なのでは、と思ってしまう。
そもそも、葵は、平日何をしているつもりなのだろうか?
と、考え事をしながら、部屋の扉の前に立つ。
緋色が扉を開けようとした直後、異変が生じた。
突然、扉が開き、そこで綾瀬とばったりと会ってしまったからだ。
「ねえ、緋色君。服を着てからって、どういうことかな?」
「え? あ、綾瀬さん⁉ な、なんでここに?」
緋色は彼女を見、いろいろな意味でドキッとしてしまう。
「さっきから、ここの部屋から声が漏れてて、何かと思って開けてみたの。まさかとは思っただけど。ねえ、これ、どういうこと?」
「そ、それは」
緋色は戸惑い、どこから説明をすればいいのか、わからない。
「貴女もよ。昨日、約束したよね? 朝の六時まで休戦だって」
「えー、そうだったかなぁ?」
全裸の葵は、とぼけている。
「――もうッ ありえないわ。緋色君」
「お、おはよう」
「……挨拶で誤魔化さないで。まあ、一応挨拶はするけど」
綾瀬も軽く挨拶をしてくれた。
一旦、葵は服を着、そして、三人はリビングへと移動し、そこの床に座る。
綾瀬はまだ、怒りを抑えているようだった。
「まあ、あと数秒で、六時半だから。ここからが勝負だから、貴女がずるしたのは、今回は見逃すから」
「でも、勝つのは私だから」
綾瀬と葵は、にらみ合っている。
そんな中、時計の針が六時半を指し示すのだった。




