05_からの、夜の行為…
「ああ、どうしよ」
双月緋色は自室の椅子に座り、先ほど綾瀬から貰った評価シートを見ていた。
他人を評価するのはなんか嫌だ。
本当にこの方法でいいのか。そんなこと、わからない。が、実際のところ、良い案が思い浮かばず、何の意見も言えなかった。
なんか、モヤモヤしてしまう。
複雑な環境下ではあるが、綾瀬と一緒に生活できるようになったのは、いい兆しだ。
同居していると、見たくない嫌な部分も明白になってくるのだが、それはしょうがないと割り切っていた。
そんな中、扉が開く。
「な、なに?」
突然のことに驚き、緋色は自室の入り口へと視線を向けた。
そこには、葵の姿があったのだ。
「ねえ、何してたの」
少女が歩み寄ってくる。
「いや、少し考え事」
「そうなの?」
葵はニヤニヤとしていて、企んでいるような、そんな印象。
「ねえぇ、変なことぉ、考えてたでしょ?」
「いや、そんなことは……」
緋色は言葉選びに迷う。
「ねえ、そういえば、不思議な本があったんだけど」
「はッ、というか、やっぱり、君が勝手にこの部屋を掃除したんだね」
先ほど部屋に戻った際のことを振り返り、葵に言う。
「ごめんね。でも、今後の一緒に生活するし、何が趣味なのかなとかぁ、いろいろと確認しておきたかったの♡」
少女は照れながら、右手で髪を触っていた。
「いいよ。そんなのは」
「いいじゃない。婚約者のことを知らないなんて、失礼じゃない」
「……」
勝手に自宅にいた方が失礼だと思う。
葵は不法侵入ではないので、警察には伝えてはいないが、そんな少女の言動を見ていると、今後が不安でしょうがなかった。
「ねえ、ひーろー、私のことは、葵って呼んで」
「何で急に?」
「一緒にやっていくのに、お互いに下の名前で」
けど、まだ、結婚するとは決まっていない。
「……葵」
「うん、ひーろー」
そんな流れで、キスを迫ってくる。
「いや、そんな気分じゃないし」
緋色は彼女の体を退けた。
「もう、なんで、よけるのッ」
「いや、まだ、そんな間柄でもないし」
「えー、でも、さっき、キスしたじゃない」
「うッ、そ、それは」
緋色は強引に唇を奪われたことを思い出す。余計に恥ずかしくなった。
「そ、それは忘れてくれ」
「無理だよ。もう、私の口には、ひーろーの口の感触が」
「ああ、本当に頼む。蒸し返さないでくれ」
恥ずかしさのあまり、脳内がどうにかなってしまいそうだった。
「もう、つれないのね」
葵は、不満げにそっぽを向いていたが、すぐに緋色の方をじっくりと見始めた。
「ねえ、今夜だし、上の方じゃなくて、下ってこと?」
「いや、そういう風な話じゃないから」
ああ、やめてくれ。
これ以上、困らせないでほしい。
「ねえ、いいよ。私は」
青は少し大人びた口調になり、誘惑しようとしていた。
「いや、まだ、君は未成年だろ」
「関係ないよ、年齢なんて」
「いや、ちょっと待って。今日は休戦中だろ」
「いいの」
「いや、良くないよ、約束は守らないと」
「んん」
葵はムスッとした表情を見せ、緋色のベッドと向かうなり、そこにダイブする。
「そこは葵の寝るところじゃないよ」
「私のだもん。ひーろーと一緒に寝るの。早く、布団の中に入って」
これ、いろいろとやばい。
「そうだ。確か、来客用の部屋があって。そこを貸してあげるからさ。ね、いいだろ」
「いや、ここがいい。ひーろーのベッドがいい」
「でも」
「ここがいいの」
葵は我儘ばかり言って、なかなか、ベッドから離れようとはしなかった。
「私は絶対に、ここから動かないから」
ああ、面倒だ。
緋色は頭を抱え込んでしまった。
そんな中、階段を上る音が聞こえる。
その足音は確実に綾瀬であろう。
絶対に自室のベッドで、葵が寝ているところを見られたら確実に終わりだ。
緋色は部屋の電気を消し、一旦部屋から出る。
その直後、ばったりと綾瀬と出会う。
「どうしたの? そんなに焦って」
「な、な、なんでもないよ」
緋色は自室の扉を隠すように佇んでいる。
「えっとさ、一階に行こうと思ってさ」
「そうなんだ」
というか、綾瀬は風呂上りで、バスタオルを巻いただけの状態である。
これって――
緋色は、どこに視線を向ければいいのかわからず、目をキョロキョロさせてしまう。
「どうしたの? おかしいよ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。本当にさ」
緋色は過剰に反応し、何とかその場しのぎをしようとする。
彼はいろいろな意味で焦り、次の言葉を見つけることができていなかった。
「それで、私はどこで休めばいいのかな?」
「僕の部屋って言わないよね?」
「それはいいわ。休戦中ですし、今日は諦めるわ。そういえば、あの子は?」
「あ、あの、その、ですね」
視界の先にいる綾瀬は、挙動不審な緋色の態度に首を傾げている。
「さっき、使われていない部屋を貸してさ。その部屋にいると思うよ」
「そうなんだ。私にもそういった部屋ってあるの?」
「うん。客室用だけど、今は両親が仕事で居ないから大丈夫なんだ。案内するよ」
緋色はそんな風に言い、一緒に歩く。
葵の存在は誤魔化せたかは定かではないが、自室を確認されないことを常に祈っていた。
隠さないといけないことが多く、心臓の鼓動が収まりそうもない。
「ここでいいかな?」
扉を開け、綾瀬に来客用の部屋を見せた。
ベッドや机、簡易的な冷蔵庫など、最低限の備品などが置かれているのだ。
ここでは、両親が仕事関係の人を呼ぶときに利用することが多い。
今日は他に誰も来る予定もなく、すんなりと通してあげたのだ。
「いいね。ありがと。でも、急に泊まるだなんて言ってごめんね」
綾瀬は申し訳差なそうな顔をしていた。
「いいよ。今は両親もいないし。で、でも、どうして、恋人なんて言ったの?」
「だって、緋色君に婚約者がいるって知って、少し焦ってしまったというか。このままだとよくないと思って。咄嗟に……」
「じゃあ、流れで恋人って言った感じなの?」
「そ、そうかな?」
「じゃあ、まだ、僕は恋人じゃないってことかな?」
「う、うん、そうかもね……」
綾瀬は声のトーンを落としながら言う。
「そうか、そうだよな。ただの友達だよな」
緋色は悲しくなった。
でも、なんとも言えない感じになった。
「じゃあね、また明日」
「う、うん」
綾瀬はゆっくりと扉を閉めていたのだ。
そして、廊下で一人になった直後、そこで深呼吸をし、心を落ち着かせた。
緋色は、どこで寝ようか、考えた結果。一階リビングの隣にも来客用の部屋があり、そこで就寝しようと思い、階段を下がっていく。