04_そして、競い合いの前夜、
双月緋色は自宅リビングにて、普段と比べて精神的に落ち着かない。
今、視界の先には二人の女の子。葵と綾瀬がいて、敵対視しているので空気が少し、険悪になっていた。彼自身も、何かしなければいけない気持ちになってしまう。
実際のところ、何をすれば、この環境を改善できるかなんてわからない。
「そ、それでさ。何をして白黒つけるの?」
緋色は彼女らに聞いてみる。
「それは簡単なことよ。私と、この子。どちらが緋色君に好感を与えることができるかで決めるの」
綾瀬が身振り手振りで教えてくれた。
「ちょっとー、勝手に決めないでよー」
葵は頬を膨らませ、不満げな態度を見せている。
「いいじゃない。どうせ、付き合うにしても、好感度がないと成立しないでしょ」
「そうだけど。勝手に方向性を決めないで」
綾瀬を見て、自己主張していた。
「勝手にって。その日ごとに、お題は交互に決めるのから安心して」
「そうなの?」
「それ以外に、貴女からの提案があるなら別だけど」
「うう。すぐには思いつかないし。んん、そのお題を交互に決められるなら、お姉さんに従う……」
葵は声を小さくしていた。
「じゃあ、決定ね」
綾瀬は勝ち誇った表情をしていた。
少しでも優先権を得られたことで、優越感に浸っているかのような態度。
「それで、その判断は僕がすればいいってことだよね?」
「そうよ。緋色君に対して、何かを与えるわけだし。お願いね」
綾瀬から言われると、なかなか、断ることができなかった。
「う、うん」
評価か。好きな人を評価するなんて、嫌だな。
「あとね、さっき、家に帰った時に作ってきたんだけど。これに記入してね」
綾瀬はテーブルに、その用紙を置いた。
「これは?」
「評価シートよ。緋色君が、感じたことを書く用紙。最終評価の時、使うから。その都度、書き込んでよね」
「これに?」
その評価シートには、いろいろな項目が用意されている。
その通りに感じた通りのことを的確に記せばいいだけなのだが、なんか、恥ずかしい。
自身の感情を書くことに、そんなに耐性があるわけでもなく、極力見せたいとは思えなかった。
見せないといけないのか。
変なことはかけないな。
「貴女も、大体の事わかったでしょ?」
綾瀬は敵対勢力を見るかのような視線を、少女に向けている。
「うん、いいわ。絶対に卑怯な手段はダメから」
葵は綾瀬を見、宣言する。
互いに納得しているようなので、問題はないだろう。多分。
「それと、今日は一時休戦ね」
「何で?」
「だって、疲れているでしょ?」
「そ、そんなことは……んッ」
葵は、お腹の音を鳴らしてしまい、視線を下に向けていた。
対立している綾瀬と、婚約者の緋色に聞かれてしまったことに、羞恥心を抱いている様子。
「わ、わかったわ。きょ、今日は休戦ね」
「ええ。約束できる?」
「う……うん」
少し言葉に間があったものの、頷いてはいる。
「それと、緋色君」
「はい」
「緋色君に何かするのは、毎朝六時半だから。いいよね?」
「うん。六時半か。でも、早くないか?」
綾瀬は簡単にスケジュールを勝手に決めていた。
「いいの。朝でも、いろいろなことができるでしょ?」
「まあ、そうだけど」
緋色は考え込み、明日怪しいことにならないか、不安さを感じつつも頷いた。
「貴女も、わかった?」
「うん。じゃ、明日は早起きしないと」
葵は張り切り、闘志を燃やしていた。
「あと、これ、お題」
綾瀬は緋色に見せないように、少女へと一枚の紙を渡していた。
「ふむ、ふむ、こうやればいいのね」
「そうよ。明日はね。明後日は、貴女が決めなさい」
「いいわ。絶対に私が勝てる内容にしてあげるから」
「ええ。どんな内容でも受けるから」
「ううッ」
葵が唸る。
「これで話は終わり、それと、緋色君。お風呂ってどこにある?」
「お風呂?」
一瞬、綾瀬が湯船に浸かっているシーンを連想してしまった。
「少し、汗かいちゃったし」
今日は走って、この場所まで戻ってきたのだ。
それなりに大変だったと思う。
彼女の制服は、汗で透けている。
下着のようなものが視界に映り、見ないようにして咄嗟に別の方を見た。
「どうしたの?」
彼女は首を傾げている。
綾瀬は透けていることをあまり気にしないのだろうか?
「な、なんでもないよ」
緋色は、視線を合わせられなかった。
「変なの。まあ、いいわ。案内してくれないかな?」
「はい。こっちです」
緋色は緊張気味に言い、カクカクした動きでリビングを後にし、風呂場があるところまで一緒に向かうのだった。
そんな様子を葵は、不満げに、そして、何かを企むように見やっていたのだ。




