03_勝負の幕開け、
双月緋色は部屋で待機している。
彼女が今から何を作るかは不明で、多少不安な感情に陥っていた。
怪しい感じがしたので、少しキッチンを覗いてみることにしたのだ。
危ないことになってからは遅い。
予め、様子を見て行動していた方がいいと思う。
緋色がキッチンへ足を踏み込んだ頃には、冷蔵庫を確認する少女の姿があった。
「ねえ、何を作ろうとしているの?」
「え、ちょっと、入ってこないで」
振り向かれ、怒られてしまう。
「でも、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だからッ、私に任せても大丈夫ッ」
少女は張り切っている。
なかなか、言うことを聞いてくれそうもない。
「いいから、ひーろーは、後ろをむいて。さ、リビングで待ってて」
「いや、僕は」
「いいから、任せて」
少女に背を押されてしまい、しぶしぶとリビングの方へと戻ることになった。
本当に大丈夫なのだろうか?
緋色がリビングに戻った時には、少女が夕食の準備を始めていた。
ソファに座り、彼は考え込む。
まさか、少女の存在は、両親公認だったとは。
怪しい感じがするのだが、両親の許可を取っているのなら問題はないような気がする。
葵から、そんなに悪そうなオーラは感じないものの、今後の様子を伺っていこうと思う。
そんな中、緋色は綾瀬のことについて考えていた。
今日、綾瀬と友達になり、楽しい生活が送れると感じていたが、それも一瞬で、幕を閉じたのだ。
けれど、最終的には綾瀬と同居ができるということに嬉しさを感じていた。
実際、良い方向性に向かっているのだろうか?
疑問が残るものの、綾瀬から恋人と言ってくれて、今後に期待ができそうな気がしていた。
あとは綾瀬と一緒になれる時間を作っていけるように工夫していくしかないだろう。
結婚相手くらい、好きな子としたい。
どんな状況でも、自分の本心を見失わないように、生きていきたかった。
その前に、二階の部屋を掃除しないといけないだろう。
緋色はリビングを後に駆け足で階段を上り、二階へと到着する。
一応、自室だけ片付けておこうと思い、扉を開けた。
「あれ?」
部屋を見渡してみると、なぜか綺麗になっている。
床に散らかっていた、いろいろな本も本棚に入っていて、ベッドも整っており、換気のために窓まで開けられていたのだ。
外から吹いてくる風で、カーテンが靡いている。
「僕って、掃除なんかしていたっけ?」
いや、そんなことはない。
まさか、と思い、その一人の人物像が、脳内に浮かぶ。
葵かな? だよな、葵しかいないよな。
緋色は、いろいろなものを見られてしまい、今になって恥ずかしさが込み上がってくる。
ああ、あんな本とかも見られてしまったのかあ。
恥ずかしい。
もう、どこかに消え去りたくなる。
けど、綾瀬が来る前に、綺麗になっているということで、まあ、助かったといえば、助かったと言えるだろう。
部屋が片付いているのに、いつまでもこんな場所にはいられない。
緋色は一階のリビングへと向かうと、キッチンから葵が現れる。
「ねえ、ひーろー。作ったから食べてみてよ」
「な、なに、それ……」
緋色は、少女が持っている皿を見た。
その上には、普段は口にすることのない、代物が炒められていたのだ。
「私の自信作の野菜炒め。はい、たくさんあるから、何回でもおかわりしていいからね」
「え、う、うん……」
葵はテーブルに野菜炒めを置く。
「でも、それって、雑草じゃないか?」
「え、私が住んでいた村では普通だよ。私の実家と同じ味を味わってほしいの」
少女は恥じらいを見せつつも、嬉しそうな笑みを浮かべ、伺うように瞳を向けてくる。
怪しすぎる食べ物だ。
これが野菜炒めなのか。
葵と結婚したら、絶対に地獄だ。
緋色は、テーブル前に座り、箸を持ち、その異形な野菜炒めと対面することになった。
今、葵と一緒の部屋にいる。
彼女と二人っきりの環境に馴染みつつあった。
「いいから食べてみて」
「……」
これは本当に食べられるものなのか?
見た目も黒いし、匂いもなんか、おかしい。
どこから取ってきた雑草なのかもわからないのだ。
雑草の寄せ集めみたいなものをまじまじと見た後、箸で摘まんでみる。
「ねえ、ねえ、早く食べてみてよー」
「あ、ああ」
緋色は、箸で摘まんだそれを口へと向ける。
苦そうだし、臭いもきつい。
そう思いつつも、口へ含む。
んんッ
「ねえ、どう? 美味しい?」
「ん、あれ?」
緋色は意外な感想を抱いた。
「なんか、美味しい」
「なんかって、失礼な言葉ね。でも、口に合ったみたいで、よかった♡」
なんだ、これは?
見た目に寄らず、食べた後の触感がよく、今まで食べた料理の中でも、トップ5内に、食い込んできそうな満足感。
むしろ、葵の料理には好感を持てた。
「葵って、料理上手なのか?」
「うん、何年もひーろーのことを想い続けながら作ってたんだから、当然よ」
「そうか」
なんか、結婚するのなら、料理ができる方がいい。
綾瀬が料理できるかは、まだわかってはいないから、比較できないのが残念である。
葵は意外と真剣に考え、他人のために料理をしてくれていた。
そんな思いがひしひしと伝わってくる感じで、今までこんな風に思いを寄せてきてくれた女の子なんていない。
けど、葵と付き合うとか、結婚するとか、そんなこと今は考えられなかった。
「ねえ、もっと食べる?」
「うん、あと少しは」
葵は小走りでキッチンに向かい、野菜炒め風の雑草がのったフライパンを持ってくる。
「私が分けてあげるから」
「ありがと」
年下だと思うが、意外にも家庭的というか、親切な子だと感じた。
「ねえ、もっと食べてもいいからね」
緋色は頷く。
もう少しだけ、食べてみたくなる味でもある。
「ねえ、あの人よりも、私の方がいいでしょ」
「え? それは」
「だって、私の方が何千倍も、ひーろーのこと考えてるんだもん♡」
緋色は箸を置き、悩み込む。
個人的には綾瀬のことが好きなのだが、今、少しだけ揺らいでいるような気がした。でも、まだ、どっちがいいかなんて告げられない。
「ねえ、私の方がいいでしょ」
葵は、緋色の腕を掴み、揺らしながら、返答を待っている。
「ねえ、ねえ」
せかしてくる。
「いや、今は難しいよ」
「え、どうして?」
「僕は綾瀬の方が好きなんだ」
「なんで?」
「だって、今日いきなり出会った子を突然好きになるなんて難しいよ」
緋色は言葉を紡ぐ。
「どこがそんなに好きなの?」
「理想的な感じなんだ。普段から優しいし、気が利くし。なんでか知らないけど。二年生になってから、親しくしてくれるようになったんだ。もともと、僕の方が一歩的に片思いしている感じだったんだけど」
「……」
葵の声が小さくなっていくのが分かった。
「だったら。私がひーろーの望む女の子になれば、好きになってくれるってこと?」
「それは」
答えられない。
「でも、私、諦めないから」
葵は将来のことについて、希望を抱いた発言をしていた。
少女は前向きだ。
刹那、空気が一瞬、変わる。
「ねえ、緋色君、持ってきたから、今日からよろしくね」
緋色は振り返ると、リビングの入り口のところに、キャリーケースと、大きなバッグを持つ綾瀬の姿があったのだ。
彼女は走ってきたかのように、少々息を切らしていた。
「本当に住むのか?」
「ええ。そのつもりで来たの」
綾瀬は本気なようだ。
彼女の表情からは迷いを感じなかった。
「あれ? 何かの匂い? もしかして、料理でも作っていたの?」
綾瀬は二人がいる場所に近づいてくるなり、テーブルにある禍々しい、料理を目にする。
「ねえ、何それ、臭いんだけど」
「雑草らしいよ」
緋色は説明してあげた。
「ざ、雑草? な、なんでそんなものを作ってるのよ」
綾瀬は床に座っている少女を見、睨む。
「これでも私の自信作なの。お姉さんに言われる筋合いはないわ」
「ああ、これじゃあ、体に良くないでしょ」
呆れた感じに、彼女はテーブル前の床に座り、箸を使って試しに、それを口に含んでみる。
どうせ、まずいに決まっているといった表情を見せていた。
「んんッ、な、なに、これ。お、美味しいね」
「当たり前ですから」
葵は自信満々に胸を張っていた。
「く、悔しい」
「お姉さんの負けよ」
「ううう、こんな子に負けるなんて、ありえない」
綾瀬は年下の子相手に、好戦的な態度を見せている。
「ねえ、緋色君。私も何か作るから、キッチン使わせてもらうわ」
彼女は立ち上がると、キッチンへと向かっていく。
二人は綾瀬の後を追う。
「ああ、なんで、あの子が料理うまいのよ。見た目があんなのに」
綾瀬は悪口のような言葉を漏らしながら、何か作業を行っていた。
そんな彼女の姿を見てしまうと、緋色は少し幻滅してしまいそうになる。
学校にいる時は、優しさが溢れていて、どんなことも肯定する女の子らしい人物だったのに。
「あんな子が好きなんですか? ひーろーは」
「え、うん」
二人はキッチンの入り口付近で、小声でやり取りを行う。
「何、なんか、言った?」
聞こえていたみたいだ。
「な、なんでもないから、ゆっくりと料理してもいいから」
緋色は、引き気味な感じで葵とキッチンを後にする。
綾瀬があんなことを口にする子だとは思っていなかったからこそ、少しイメージが変わってしまう。
「本当に、あの人でいいの?」
「んんー」
結婚したら、あのような性格の彼女と向き合っていかないといけないのだろうか?
今になって、悩み込んでしまう。
そして、数分後――
綾瀬がお盆を持ってやってくる。
「ね、できたよ。食べてみて」
「意外と早かっ……え?」
緋色は言葉を失う。
「こ、これは?」
「カップ麺だけど」
「だ、だよね」
緋色はお盆に乗っている、蓋が開けられたカップ麺を二度見、いや、三度見してしまう。
「なんですか、これ」
「だから、カップ麺よ。知らないの?」
葵からしたら、あまり馴染のない、食べ物のようだった。
「知らないですけど。それ……作ったんですか?」
「いいえ、お湯を入れて、三分待つものなの」
「そ、そんなんじゃ、愛情を感じないです。それでも、恋人なんですか?」
「これでも、私の全力なの。貴女はまだ、未成年よね」
「そ、そうですけど。まだ、十三歳ですし」
「私は十六で、今年中には十七になるわ。どう考えても、貴女は緋色君を手に入れられないわ」
彼女は高圧的な態度を見せている。
「そんなの関係ないです。年齢なんて」
葵は立ち上がり、自身の思いを必死に伝えていた。
「私には、私なりの、やり方があるの」
「だ、だったら、どっちがひーろーのことを想っているのか。ここで白黒はっきり付けたいですッ」
「いいわ。のってやるわ、その勝負。私だって、ここで住むんだもの。どちらが緋色君の相手に相応しいか、白黒ね」
少女は睨みながら、闘志を燃やしていた。
緋色の意見を聞かず、話がストレートに進んでいく。
ええー、どうなってんだよ、これ。
次第に居場所が失われている感覚。
緋色は敵対する二人の女の子を見、ため息を吐くのだった。