02_いきなりのキスと、同居⁉
双月緋色は今、自宅のリビングにいて、床で正座をしている。二人の美少女に囲まれ、対応に困っていた。
「ねえ、これはどういうことなの?」
クラスメイトであり、友達の綾瀬に問い詰められてしまう。
「いや、これは僕にもわからなくて……」
そもそも、彼女とは単なる友達だったはず。彼女がそこまで問い詰める必要性もないと思うのだが……
でも、好きな人から、指摘されるのは、内心、嬉しくもあった。
しかし、状況が状況なだけに、なんとも言えず、次の言葉が思いつかない。
「ねえ。ひーろー、なんで、このお姉さんといるの? 私だけを愛してくれるって、言ってくれたよね?」
近くにいる水色の髪をした、小柄な少女に言われ、この場合、なんて返答するのが正解なのか、戸惑っていた。
「君とは、そんな約束した覚えがない気が」
緋色は言葉に詰まりながらも言い切る。
本当に記憶にないのだ。
知り合いでもなく、身に覚えのない発言は、兎に角撤回したい。
「ねえ、本当にそんな約束をしたの? ねえ、緋色君。というか、この子とは、どんな関係なのよ」
綾瀬は近くにあるテーブルを叩き、尋問してくるのだ。
普段から想像もつかないような、怖さがそこにはあった。
「そ、それは、僕にも、さっぱりわからないんだ」
視線を逸らし、気まずそうに言う。
「どうして? こんなに親しい呼び方をされているのに、知らないわけないでしょ?」
「いや、それはさ。多分、この子の勘違いさ。別の人と間違っているだけ、だと……」
緋色はすぐに考えれず、変な発言をしてしまう。
「勘違いって、ひどいよー、私たち昔、いろいろと呼び合った仲でしょ?」
「そ、そんなことはないような」
「ねえ、忘れちゃったの?」
少女の水色の髪には、小さなアクセサリがついている。そんな彼女は、緋色の態度に、泣き目になっていた。
な、泣かれても。
というか、なんで、こんなことになってしまうんだよ。
ああ、どうしたらいいんだぁ。
「ねえ、貴女。ウソ泣きはよくないわ」
え? ウソ泣き?
「ばれちゃった?」
少女は舌を小さく出し、すぐに泣き目ではなくなり、先ほどのことがウソのように、綾瀬をジト目で見やっている。
敵対視するように。
「ねえ。恋人か、わからないけど、お姉さんこそ、帰ったら?」
「何でよ。私は本当に、緋色君の――こ、恋人なのッ」
綾瀬は慌てたように言う。
「え、こ、恋人でいいの?」
「え、まあ、そ、そうよ、恋人でいいの」
なんか虚勢を張っているようで、違和感を覚えてしまう。
「ねえ、じゃあ、お姉さんは、ひーろーと、キス。できるんだよね?」
「え、ど、ど、どうして、そんな話になるのよ」
綾瀬は動揺し、言葉がこんがらがっている。
「だってー、好きな人とは、キスをするのが普通でしょ?」
「え、まあ、そうね。そうかもね」
「じゃあ、キスをしているところを見せてよ」
「ここで?」
「うん。できるよね? 本当に恋人なら」
少女はニヤニヤして、綾瀬の戸惑う姿を見ている。
「わ、わかった。じゃ、き、キスをしましょ、緋色君」
「え、ちょっと、待ってくれ」
好きな子とキスできるのは嬉しいことだが、いきなりは、さすがに恥ずかしい。
彼女は緋色の方に視線を向け、少しだけ、瞼を閉じ始める。
ほ、本当にやるのか⁉
いきなりのシチュエーション。
こういう風な感じのキスでいいのか?
と、思いつつも、嬉しさを抱き、恥じらいを見せている綾瀬と向き合う。
彼女は頬を赤らめ、キスをしようとしているのだが、途中で――
「ちょっと待って……」
綾瀬は中断した。
「やっぱ、できないじゃん」
「で、できるわよ。緋色君。ちょっと、まっすぐになって」
「え?」
綾瀬は再び、瞼を閉じ、顔の方に近づいてきた。
そして、彼女の息がかかった直後、頬に唇が当たる。
口づけではなかったが、頬にあっただけでも嬉しい。
「やっぱり、無理だったみたいね」
刹那、
え?
緋色が気づいた頃には、水色の髪をした少女の顔が目の前にあり、そのまま抵抗する間もなく、唇を奪われていた。
頬へのキスではなく、互いの唇が重なっている状態。
え? え⁉
緋色は、頬を赤く染め、心臓の鼓動が高まった。
「ちょ、ちょっと……」
その光景を見ていた綾瀬も、言葉を失いつつあった。
「ね、私はできるよ、このようにね。お姉さんより、私の方が相応しいの」
初めての口づけが、こんな感じにあっさりだとは思っていなかった。
緋色は一瞬、時間が止まったような感覚に追い込まれ、硬直する。
好きな子がいる前で、見ず知らずの女の子と、キスするなんて、あ、ありえない。
「嫌らしい」
「え?」
緋色は聞き取れなかった。
「い、嫌らしいって、言ってるのッ」
「え、それを僕に言われても」
綾瀬は怒りをあらわにしていて、少女はその光景を見て、勝ち誇った表情を見せていたのだ。
好きな子と友達になったばかりなのに、こんな経験をするなんて――
今後が不安でしょうがなかった。
緋色は、水色の髪ショートヘアの少女からキスをされ、動揺している。
心が揺さぶられているような感じで気まずい。
「キスして、よく普通に対応できるものね」
「まあね」
「褒めてないんだけど」
綾瀬は、少女を見やる。
「ねえ。き、キスのことは一先ず置いといて、貴女はどこかから来た子なの?」
「私は、遠い場所から」
「遠い場所って、どこ?」
「何でそんなことを聞くの?」
「貴女、どう考えても部外者だし、素性も不明で怪しいじゃない」
「そんなことないもん」
少女は不満げな態度をとっている。
「緋色君だって、知らないって言ってるんだよ? 家の持ち主が知らないんだったら、部外者じゃない」
「ひーろーが忘れているだけ。だよね、ひーろー」
「え、いや、さあ? わかんないけどさ。なんで、ひーろーなの?」
「え? 前に、名前聞いた時、ひーろーって言ってたじゃない」
少女は以前あったかのような話し方をする。
この子のことは本当にわからない。
というか、いつまでこの家にいるのだろうか?
「緋色君も困ってるでしょ。今から警察に連絡するから」
綾瀬はスマホを取り出す。
「警察? って何?」
「え? 貴女、そんなものも知らないの?」
「え、知らないとまずいの?」
「普通は知っているわ」
綾瀬は驚きを隠しきれていない。
「ひーろー、そうなの? 知らないとダメなの?」
「まあ、そうだな」
警察を知らない少女って、本当にどこから来たんだ?
現代文明と違うところか?
「まあ、いいわ、今から警察に連絡するから、許可も取らずに入っているって」
綾瀬は、スマホを操作する。
「私、許可とってるよ」
「え?」
緋色は首を傾げる。
まったく、そんなことを両親からも聞いていないからだ。
「僕は知らないんだけど」
「緋色だって、そういっているじゃない。嘘ばっかり言わないで」
「嘘じゃないもん。だったら、ひーろー、電話してよ」
「どこに?」
「ひーろーの親に」
「僕の?」
「うん」
少女は頷き、緋色はしょうがなく、スマホを片手に、父親と連絡を取ってみることにした。
そして、通話が始まる。
『お、緋色か、どうしたんだ?』
「いや、なぜか、家に帰ったらさ。知らない子がいるんだけど。お父さん知ってる?」
『ん? ああ、もしや、あの子のことかな?』
え?
緋色は衝撃を受けた。
父親が次の発言が怖く感じる。
『その子はね。父さんの昔の友人の子供でね。家庭の事情か、村の都合かなんかで、同居しないといけないらしんだ』
「え? そ、そうなの?」
嫌な感じしかしない。
なんで、そんなことを勝手に決めたんだよ。
「父さん、そういう風なのは、勝手に決めないでくれないかな?」
『ごめん。仕事が忙しくて、気づいたら、約束してたんだ』
「それ本当に困るよ」
緋色は嫌そうな顔をしつつ、それを二人に見せないように、電話先の父親に返答していた。
『まあ、頑張りなさい。父さんの友人の子だから親切に接するようにな。そろそろ、仕事が始まるから、ここで切るから』
「え、ねえ、ちょっと」
通話が終わった。
「……」
そして、緋色は無言で放心状態になっていた。
彼は苦笑いをしながら、少女を見やる。
「ね、そうでしょ」
「ああ。本当だったな」
まさか、こうなってしまうとは。
「ちょっと、それって。二人はど、ど、同居するってこと⁉」
「そうだね」
「ううう、だ、だったわ、私もここに住むからッ」
「は? ……え? い、いきなり⁉」
嬉しいけど、二階の自室を特にいろいろなものが散乱している。
すぐに泊めるわけにもいかなかった。
「二人っきりだと、絶対、変なことが起きるでしょ?」
「そんなことは」
「ないって、言い切れるの?」
綾瀬が顔を近づけてくる。
「それは、断定できないけど」
「だから、私もここに住むの。今日からね」
「え、きょ、今日から⁉」
「そう決まったの」
「いや、でもさ。寝るとこなんてすぐには用意できないし」
「使っていない部屋でいいわ」
「え、それは……」
自室だけじゃなくて、大半の部屋が散らかっているのだ。
今は父親と出張で居ない母親は、そんなに掃除とかもしない人だったので、いまだに汚いままである。
好きな子に、そんな汚い部屋を見せたくはない。
「今から必要なものを持ってくるから、ちょっと待っててね」
綾瀬は颯爽と緋色の家から立ち去っていく。
また、来るのか。
嬉しいような、大変なような、複雑な心境だ。
なんか、静かになった。
嵐が消え去ったかのように。
「ねえ、あの子がいなくなったし、ゆっくりと、昔の話をしましょ」
「昔の話?」
少女とはそんな仲でもなければ、初対面。
父親の知り合いの子だったとしても、身に覚えがない。
「それで、まだ聞いていなかったけど。君の名前は?」
緋色は、隣に座っている少女に問う。
「そういう風なの。気になるの? ひーろー、エッチ」
「いや、なんでそうなるんだよ」
少女は頬を赤らめ、恥じらう素振りを見せている。
「私は、葵でいいよ」
「葵? 上の名前は?」
「上だなんて」
「いや、まったく卑猥な発言はしていないんだが」
「双月」
「は?」
「だから、双月葵」
「僕とたまたま同じってこと?」
「だって、将来結婚するんだし、いいじゃない」
「本当は違うってことか?」
「うん。でも、いいでしょ」
はああ、なんか、先が思いやられる。
「ねえ、本当に私の事、思いていないの?」
水色の髪の少女――、葵が見つめてくる。
「覚えてないよ」
「じゃあ、昔。とある森で迷子になったことってなかった?」
「とある森で?」
考え込んでみる。
けど、まったくわからないが、どこか、心に引っかかる記憶が脳内をよぎる。
「多分、そんなことがあったような? あったかな?」
「そこの森で、ひーろーが落とし穴にはまっていたの。それを私が助けたの。覚えてない?」
「なんか、そんな気が……」
しかし、ハッキリとは思い出せなかった。
「私と婚約するなら助けるって。そんなやり取りがあったでしょ?」
「ん? ああ。なんか、そんなことが、あったなぁ」
そんな遠い日のことを、少しだけ思い出す。
あれが葵との出会いだったのか?
でも、なぜ、あの場所にいたのか不明である。
疑問に感じ、いくら考えても、そのモヤモヤが解消されることはなかった。
でも、あの時は、助けてもらわないといけない状況でだったはずで、その流れで言ってしまったような気がする。
「それが、私に対する、ひーろーからの告白だったの♡」
「いや、それはさすがに強引すぎるというか、都合のいい解釈じゃ」
あの一言で、人生が変わるきかっかけになったのか?
だが、落とし穴から助かる方法はそれしかなかったと思う。
しょうがないと思いつつも、あまり納得はできていなかった。
「それでね。私の村のしきたりで、婚約した人と一緒に生活することになってるの」
「村のしきたり?」
「うん。私が結婚できる年になるまで、ひーろーは婚約者として、一緒に付き合うの。そのあとは、村に戻って、いろいろなこと、きゃッ♡」
葵は、一人で妄想しながら頬を両手で抑え、興奮していた。
「いろいろなことって?」
「私に言わせないでよ。決まってるでしょ、子作り」
葵は、耳元で囁くように呟いた。
不覚にもドキッとしてしまう。
「え、ちょっと、僕は好きな人がいて、それは無理だって」
「……もしかして、さっきの人?」
「うん」
緋色は頷く。
「じゃあ、別れて。私だけど愛して♡」
「いきなりは、ちょっと」
「えー、いいじゃない」
葵が執拗に話しかけてくる。
そして、服の隙間から、チラッと、嫌らしく胸元を見せてきた。
そんなに大きい方ではないが、それを見ている彼の方が恥ずかしくなってくる。
「ねえ、いろいろなことしよ♡」
「でも、ほぼ初対面だよ」
この子は、まだ未成年である。
体との関わりは、あまりよくない。
むしろ、緋色自身が、警察と関わってしまう可能性だってある。
「じゃあ、夜だけにしてあげる♡」
自分自身よりも、年下の子になびいてしまうなんて、ありえない。
今は冷静さを保つしかないだろう。
そう頑なに、心に誓うのだった。
「ま、いいわ。夜のことについては、暗くなってきてから、きゃッ♡」
そういうと、彼女は立床から立ち上がる。
「今日は私が、料理を作るね」
「料理? できるの?」
「うん、当たり前でしょ。ひーろーのために一生懸命頑張ってたんだから。楽しみに待っててよね」
少女はキッチンの方へと向かっていく。
本当に任せてもいいのだろうか?
少々不安を抱きつつ、緋色は少女の後ろ姿を見ているのだった。