01_好きなこと友達になり、そして婚約者⁉
「ねえ、付き合って欲しいんだけど」
高校二年生に進級してから数週間経過した、五月――
少しだけ、暖かくなってきた頃合い。
双月緋色は校舎の裏庭に呼び出されていて、その視界の先には、黒髪ロングヘアスタイルの女の子。綾瀬佳が佇んでいた。
彼女は大人びた雰囲気を醸し出しているものの、どこか愛嬌があり、親しみやすい。
先ほど、付き合ってほしいと発言をした子であり、今年から同じ教室で授業を受けるクラスメイト。
普段はそこまで接点はないのだが、高二に進級してからは、比較的、会話する回数が増えたと思う。
緋色は入学当初から好意を抱いていたこともあり、告白されて気分の高鳴りを感じていた。
「ねえ、緋色君は、今は誰とも付き合っていないんだよね?」
「まあ、そうですね」
考えずとも即答だった。
今まで女の子と付き合った試しがなく、今もフリーの状態ゆえに、悩む必要性がなかったからだ。
「じゃ、付き合ってくれるんだよね?」
「はい。それはもう、断る理由が、ないですし」
緋色は気まずそうに、照れ笑いを隠すように返答した。
対面している綾瀬も、笑顔を向けてくれる。
これはいい、展開だと思う。
「じゃ、よろしくね。友達として」
「え? そ、そういう意味、だったの?」
なんか、がっかりだった。
急激にテンションが落ち込んでしまう。
「私は最初っからそのつもりだったんだけど」
綾瀬は、きょとんとした表情で、なんか変な発言をしたのかなといった顔をしている。
彼女は天然なのだろうか?
告白イコール、付き合うという流れだと思い込んでいた。が、蓋を開けてみれば、友達として関わろうという告白だったとは……
勝手な思い込みだったことに、内心、恥ずかしさが込み上がってくる。
ああッ、き、気まずい――
この空気どうしたらいいんだ?
緋色は、心の中で頭を抱え込み、この締め付けられそうな感情をどこに向ければいいのか、わからなくなっていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
心配気に声をかけられ、その上目遣いのような表情にドキッとする。
「え。う、うん、大丈夫、気にしないで」
「そう? だったらいいけど」
少しだけ、気まずい時の間ができてしまう。
そして、数秒後――
「ねえ、今日の放課後、用事ってあるかな?」
「特に用事って、用事はないけど」
「だったら、放課後、どこかに行かない?」
「いいよ」
友達としてか……
まあ、いいや。
もともと、付き合ってみたいと考えていたんだ。
友達という間柄であっても何かしらの接点ができてよかったと思う。
「じゃあ、放課後楽しみにしているから」
「う、うん。じゃあ、またね」
綾瀬は背を向け、さっさと、どこかへと立ち去っていく。
彼女とは同じ教室なので、午後の授業が始まれば、出会うことになるのだが、一応、簡単な挨拶をした。
「はああ……」
緋色は、ため息を吐く。
裏庭で一人になると、その虚無感に襲われていた。
なんか、思っていたのと、かなり違う結果になってしまったのは事実。
嬉しいような、心苦しいような、複雑な心境である。
今は昼休みで、心を癒すため、少し購買部によって、どこかで、ひっそりと食事でもしようと思った。
ガサガサッ
え?
裏庭の草陰を見やった。
なぜか、草むらが不自然に動いている。
な、なに、何かがいるのか?
そう思っていると、突然、人が現れる。
「うわッ」
「なあ、お前。綾瀬から告白されていただろ。すごいな」
出現するなり、話しかけてきたのは、クラスメイトの驫木疾風だった。
疾風とは数少ない友人の一人で、中学生の頃からの付き合いがある。
彼は普通にイケメンの類なのだが、何を考えているのか、よくわからないところがある人。でも、そこが、魅力に感じる女子もいるらしい。
「なんで、そこにいたんだよ」
「まあ、いいじゃんか。お前の観察だよ」
「観察? 僕を?」
「ああ」
「同性を観察しないでよ」
疾風特有の、あっさりとした性格ゆえに、嫌みさを感じなかった。
「まあ、気にすんな、じゃ、告白されたってことで、今日は俺が何かおごってやるよ」
「告白じゃなかったんだけどな……」
緋色は悲しく、呟いた。
「まあ、細かいことは気にすんなって。行くぞ、購買部に」
友人に肩を掴まれて、パンを中心に売り出している購買部へと向かう羽目になった。
今日くらい、一人で食事をとりたかったのにと、内心思いながらも、疾風と一緒に裏庭から立ち去っていく。
現在、放課後――
授業が終わるなり、大半の人は帰宅するか、部活にいくかで教室を後にしている。
「ねえ、約束通り、一緒に帰ろ」
緋色が席に座っていると、綾瀬が話しかけてくる。
教室内では、あまり話したことがなかったので、周辺にいる人たちも驚き、まじまじと見られてしまう。
周囲の視線が気まずい。
「なあ、さっさと帰る準備して、行ってきなよ」
隣の席の友人に言われ、緋色は頷き、バッグに必要なものを入れ、立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
緋色は彼女の顔を見て発言するものの、恥ずかしくなり、視線を逸らしてしまう。
「おい、あいつら付き合っていたのか?」
「まさか、そんなことは」
「ああ、なんで、あんなパッとしない奴が付き合えてんだろ」
嫌な言葉が聞こえてくる。
本人がいる前で、そんな発言をしないでほしい。
でも、そんなことを言える勇気もなく、しぶしぶといった感じに教室を立ち去ろうとしていた。
刹那――
「なあ、あいつに彼女がいてもいいだろ。別に変なことをしているわけじゃないしさ」
友人は先ほど発言していた連中に、気さくな感じに伝えていた。
「な、なんだよ。思ったことを言っただけだろ」
「そもそも、お前は悔しくないのか?」
「というか、お前のような奴だったら、モテるだろうし、そんなことを言えるんだよ」
三人は苦しみの表情を疾風に見せていた。
「だったら、俺が何とかしてやるからさ。君たちの悩みを言ってくれ」
疾風は気軽に、そこにいた人たちに問いかけていた。
友人は何かと人が良すぎると思う。
そして、苦しみに打ちひしがれている三人を慰めていた。
「なんか、緋色君の友達って、なかなかいいひとだよね」
綾瀬が優しく言ってくれる。
「まあ、そうかな? いろいろ、おせっかいというか、不思議な人だけどさ」
「でも、よかったじゃない。ちゃんと悩みとかを相談しやすそうで」
「そう、かもな……?」
緋色は疑問口調で、そんなことを口にしながら教室を後にする。
二人は学校の昇降口、校門を通り過ぎ、通学路を歩いていた。
「ねえ、どこに行く?」
「え、僕が決めるの?」
「それ、普通でしょ」
誘ってきた綾瀬が事前に決めていると、勝手に思っていた。
自分が行き先を決めないといけないのか。
綾瀬とは付き合いたいと高校入学当初から考えている。一応行きたい場所くらい、おおよそ決まっているので、問題はなかった。
「だったら、まだ夜になるまで時間があるし、街中に行かない?」
「街中? いいね。行こ」
彼女は学校にいる時は、比較的落ち着いた口調なのだが、学校との距離が出てくると、次第に、声のトーンが上がってくる。
どちらかというと、本音で打ち明けたいと思っていたので、むしろ、今の綾瀬の方がいい。
そんな中、一つだけ疑問に感じているところがある。
「でも、なんで僕に告白してきたんですかね?」
「それはね。秘密」
「え、何で?」
「いいじゃない。秘密の方が」
いろいろと疑問が残るものの、余計に聞き出して嫌われたら元も子もない。
余計な発言は控えるようにした。
なんか、もやもやするな。
心に穴が開いたような感じに、通学路をしていると、その途中にバス停が見えた。
それに乗って、街中へと向かう。
数分程度で、街中に到着し、そこから少し歩く。
「ここなんだけど」
緋色は店屋の間に立ち止まり、入る場所を指さした。
「へえ、こんな場所も知ってるんだ」
そこは喫茶店であり、二年前にできた、比較的新しい建物である。
以前から、付き合えたら一緒に入店しようと考えていた場所で、一応願いが叶ったような気がした。
二人は入店する。
今の時間帯、比較的に、お客の数は少ない。
「お客様は何名様ですか?」
入店するなり、スタッフが現れる。
「二人で、お願いします」
緋色がスタッフの方を見て伝える。
「では、こちらへ、どうぞ」
店内にはBGMが流れていて、心地よい環境で雰囲気がいい感じの空間だ。
二人はテーブルを挟むように座り、対面する。
テーブル上には、商品名だけが記されたメニュー表があったる。
綾瀬は見開き、何を注文しようか、考えていた。
「ねえ。緋色君は、何を注文するか、決めてる?」
「僕はまだ」
実際、大まかに決まっているのだが、今は綾瀬が触っているメニュー表を見て、じっくりと考えながら選びたかった。
「じゃあ、私はこれで」
綾瀬はメニュー表の名前を指で示す。
彼女が選んだのは、サンドウィッチ。
なんか、彼女らしいと思う。
「緋色君は?」
綾瀬にメニューを渡され、見る。
「僕は……」
商品名を見ながら、少し考えたのち、コーヒーを選択した。
スタッフを呼び出し、注文したい商品を伝え、一旦、席に落ち着いた。
「ねえ、今日の、あの授業とか、わかった?」
「え、いや。あまり」
「だよね。あれは結構、面倒だったと思うの」
綾瀬は授業のこと話している感じだった。なんでも器用にこなす人だと思っていたので、わからないところがあるなんて意外だ。
そして、数分後――
テーブル上に、綺麗に切られ盛り付けられたサンドウィッチと、少し優しいほのかな香りがするコーヒーが置かれた。
「ご注文はこれでよろしいでしょうか?」
「はい」
緋色は返答すると、スタッフは立ち去って行く。
「結構、良さそうな感じね」
「好きになってくれてよかったよ」
同じ空間で、同じ時間を共有できているのが嬉しかった。
自分自身が選んだ場所が評価されたようで気分がいい。
「緋色君も食べる?」
「え、いいよ」
「遠慮しなくても」
綾瀬が見つめてくる。
「でも、僕たちは友達でしょ? そんなにお腹はすいていないし」
昼休み、友人から強引に食べることになり、十二分にお腹は満たされていた。だから、コーヒーを注文したのだ。
これ以上はあまり食べられない。
「今は友達だけど。今後、どうなるか、わからないよ」
「え」
今後、どうなるか、わからない?
もして、恋愛に発展するってことか?
緋色は、内心、ドキッとした。
「食べさせてあげるから、はい、あーんして」
これは素直に受け入れた方がいいと思い、口を開けた。
そして、サンドウィッチを食べる。
美味しい。
なんか、初めて食べたような感覚だ。
以前、試しに二回ほど来たことはあったのだが……女の子に食べさせてもらえるだけで、まったく味が違った。
友達という関係でも、今はよかったと思える。
それから少しだけ、会話し、注文したものを完食した後、喫茶店から立ち去った。
「ねえ、緋色君って、まだ時間に余裕がある?」
喫茶店近くの場所を歩きながら、綾瀬が笑顔を見せてくれる。
「大丈夫だけど」
腕時計を見やると、まだ夕方五時を過ぎた頃合い、まだ余裕がある。
「じゃあさ、緋色君の家に行ってもいい?」
い、いきなり、自宅に?
いや、まだ、心の準備が……
そんな風に感じるのだが、まだ、友達という感覚であれば普通だ。
「うん、来てもいいよ」
緋色は頷き、近くのバス停まで心を躍らせながら向かうのだった。
今は帰宅途中である。
バスから降り、綾瀬と一緒に自宅へと向かっていた。
緩やかに、心臓の鼓動が高鳴ってくる。
今まで女の子を自宅に招待したことなんて、一度もない。
だからこそ、緊張で、体が硬くなっていた。
「ねえ、緋色君の家って、どこらへんなの?」
「あともう少しだから」
好きな人が自宅に興味を持ってくれているだけでも嬉しい。
一緒に道を歩いているだけなのに、視界に映る景色が、一段と違って見えた。
ん、あれ?
そんな時、緋色は疑問を抱く。
考えてみれば、今日はあまり自室を片付けていなかったことを思い出す。
ああッ、やば――
なんで今日に限って、片付けていなかったんだぁ。
悲しくなってくる。
綾瀬から、校舎の裏庭に呼び出されたのは今日であり。まさか、今日、彼女が自宅を訪れるとは考えていなかったからだ。
どうしようか。
「どうしたの? 表情暗いよ?」
隣を歩いている彼女は、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「え、いや、なんでもないよ、気にしないで」
緋色は誤魔化すように反応した。
何事もなければいいのだが、あの散らかった部屋を見られたら、幻滅されそうな気がして、心苦しくなる。
けど、今更断るのも勇気がいるし、次の言葉が咄嗟に思いつかなかった。
でも、まあ、自室じゃなくとも、リビングに案内すればいいか。
と、内心、思う。
そうこう考えている内に、すでに視線の先には、自宅が見えていた。
「ここが僕の家だよ」
「へえ、こういう風な場所にあるんだね」
緋色の自宅周辺は、沢山の家が立ち並ぶ場所。
特にコンビニとか、そういった建物はなく、比較的静かなところである。
綾瀬は除き込むように見入っていて、自宅に招いて正解だったのかもしれない。
あとは、うまく誤魔化すように、リビングに案内すればいいだろう。
「じゃあ、案内するから、こっちに来てよ」
緋色は扉前に立ち、バッグから鍵を取り出し、ドアノブに近づける。
と、何か、普段とは違う嫌なオーラを感じた。
「あれ?」
ドアノブを回してみると、なぜか、簡単に扉が開くのだ。
「どうしたの?」
戸惑っている緋色に、彼女が問いかけてくる。
「なんか、空いてるんだ」
「閉め忘れ」
綾瀬は彼の隣にやってくるなり、少しだけ開かれた扉を見ていた。
「いや、そんなことは……」
絶対にない。
学校に行くときに閉めたはずだ。
二回ほど確認したのだから間違いはないと思う。
でも、なんで、空いているんだろ?
両親だって、今月中は、仕事の関係で帰宅しないし、兄弟がいるというわけでもない。
だからこそ、その扉の先に誰がいるかなんて、わからないのだ。
も、もして、空き巣?
一般家庭の自宅には、奪われるほどの貴重品などない。
確認のために、扉に耳を近づけ、自宅の音を聞こうとする。
が、何の音もしない。
誰もいないのか?
わからない。
しかし、このまま入って、綾瀬に危害を加えるわけにはいかず、一旦、自身が入って、確認してみようと思った。
「ねえ、少し離れてくれない?」
「危ない感じ?」
「た、多分」
「じゃあ、警察に相談した方が」
「いや、いいよ、何もなかったら、警察も迷惑すると思うし」
ゆっくりと扉を開け、玄関を見る。
「……」
「どうなの?」
綾瀬は、心配気に、緋色の腕を横から触っている。
玄関のタイルに視線を向けると、知らない靴があった。
誰のだ?
女の子?
小さい感じの靴で、小学高等部か、中学生くらいかと思われた。
いや、知り合いの女の子なんて、いないし。
緋色は考え込むのだが、まったく、その靴の人物が想像できない。
「やっぱり、警察に」
綾瀬は怖がっている。その振動が体に伝わってくる。
そんな時、部屋の奥から誰かの足音が聞こえた。
ひ、人?
「お帰りー、ひーろー」
そこに姿を現したのは、見たこともない、小柄な女の子だった。
見た感じ、幼い容姿に、可愛げのある口調。そして、水色のショートヘア。
愛らしい中学生くらいの子だった。
そして、その少女は緋色に勢いよく抱き着いてくる。
その言動に迷いなどなかった。
「だ、誰?」
「えー、ひどいよ、忘れるなんてー、私はひーろーの婚約者なのに」
「え? ど、どういうこと?」
緋色は何が起きているのか、わからなかった。
婚約者?
「それより、お帰りのキスー」
「え、いや、今はちょっと」
その少女は、強引に口づけをしてくるのだ。
この態勢だと、回避するのは難しく、そのまま頬っぺたにキスされてしまう。
「ねえ、その子は誰?」
背後から暗い声が聞こえてくる。緋色の腕を掴んでいた綾瀬の力が強くなっていく。そして、黒いオーラを感じた。
意外と、彼女の握力は強いらしい。
「いや、その」
緋色は弁解する余地などなく、言葉が出てこない。
「ねえ、緋色。その後ろにいる女の人は?」
抱き着いている少女に、質問されてしまう。
「と、友達だけど」
緋色が言うと、その直後。ある異変が生じた。
「いいえ、恋人よ」
「え? さっき、友達って」
「いいから、そのようにしなさい」
「い、いたッ、は、はい」
綾瀬に強く、腕を抓られた。
彼女の声のトーンがまったく違う、今まで聞いたことのない口調。
「ねえ。このことについては、しっかりと説明して貰わないとね。緋色君」
「そうだよ、ひーろー。説明してよ」
いや、どう考えても、この状況を彼自身も知りたい。
緋色は近くにいる綾瀬と、婚約者と名乗る少女を交互に見、ため息を吐くのだった。
これからどうなるのだろうか?




