プロローグ
初投稿です。
まったり予定で遅筆なので、温かく見守っててください。
少女は飛翔する。大地を蹴る。速く、速く。
拳一振りで地が裂けて、蹴りを放てば大気が捻れる。雲は散り散りに、雨さえ吹きすぎる。
剣と盾を構えた無数の兵士は、風に舞う灰のように。綿毛のように舞い散る。
しかし、そんなものは前哨に過ぎない。奴らは唱える。長ったらしい呪文がどこかで完成したんだろう。あわよくば、諸共に吹き飛んでくれれば幸いだったが、そうは問屋が卸さないらしい。
大きな大きな影だ。恐ろしい恐ろしい闇だ。人の恐怖を集合させ、目に見えない何かを想像する。それは人の特権だろう。
けれど、これは竜巻だ、大雨だ、雷だ、火だ。そういった類いの怪物だ。
黒い影、大きなドラゴン。山さえその腕でなぎ払えるような、暴力の化身。呪いの結晶。
「ドラゴンシャドウ……」
相対する、そんな言葉さえ本来は存在しない。龍とは破壊の化身だ。神話の具象だ。戦うだとか、斃すだとか、そんな概念は現実しない。それはおとぎ話の空想だ。あってはならない無謀な思想だ。
だって、人は災害には勝てないのだから。
少女は大きく深呼吸をする。鼻から三秒すって、口から十秒吐く。致命的な隙だ。それでもかまわなかった。
「……イメージは砂時計。周囲のエネルギーが自分に落ちてくるように。無色透明なエネルギーを圧縮して、自分用に変換する」
龍を見据える。大きく静かに息を吐き、止める。
パンッ、と破裂音がする。少女は大地を蹴る。一歩で音の壁を越え、二歩で雲を引く。ただ一直線に、流星のように、龍へ跳ぶ。
「ライダァー、キイィーーックッ!!」
鬨の声だ、澄んだソプラノが雷鳴にソニックムーブにかき消される。音を超えなお加速して、弓を引くような蹴撃は龍へと突き刺さる。
金属が引きちぎれるような非協和音が鳴り響く。地割れのような龍の絶叫は、悲鳴ではなく爆発だ。感情の爆発、ドラゴンシャドウは人間の畏怖の象徴であり、恐怖の希望だ。恐れ多くも立ち向かってきた矮小な人間への怒り、そして、恐怖に立ち上がる人間への祝福。
そして、それを打ち砕く、厳然たる災害の究極だ。
無造作に振るわれる龍の腕。天から落ちる滝でさえ、その流れを断ち切るだろう。少女は、その腕の上を転げ回る。そのまま立ち上がり、腕を走り、届かせる。
「ライダァー、パアァーーンチ!!」
少女の拳が龍の顔に届く。瞬間衝撃波が周囲に走る。隕石が落ちるような衝撃。
「もう、一発!」
一度では終わらない。少女は宙を蹴り、返す刀で一回転し、同じく拳をたたきつける。
「っ! まず……」
ドラゴンブレス。火吐き龍の象徴。ナパームのような消えない炎が、溶岩のような濁流が彼女を飲み込む。
光のように地平の彼方に進む炎の流れは、その道行く先すべてを飲み込んだ。この地が数刻前まで、美しい森だったとは誰も信じまい。
少女の蹂躙で、木々はなぎ倒され、その衝撃で大地にはいくつも穴ぼこが開き、ソニックムーブによっていくつも抉れ切り裂かれた場所はあれど、それでも残骸があった。
今は何もない。大地は焼けただれガラスと化し、熱波によって木々は炭化した。少女になぎ倒された兵士の亡骸も、もはやどこにも存在しない。
焦熱地獄が誕生していた。
龍はたっぷり五秒は熱線を吐き、悠然と周囲を見渡していた。
「流、星、キイィック!!」
龍の頭頂に少女の蹴りが突き刺さる。
「当たるかよ、そんなもんがあぁー!」
水走りの要領だ。光のごとき龍の咆哮の、その上を走り抜けたのだ。熱も衝撃もすべていなし、そのエネルギーを飛翔に変換した。
天高く舞う少女は、中空を蹴り続け、加速し、雷鳴のように落ちてきた。
「ふっとべえぇーー!」
間髪入れず二発目の後ろ回し蹴り。龍が吹き飛ぶ。
怪獣映画の敵役のように、ゆっくりと宙に浮き、物理法則に従って地に堕ちる。砂埃、いや竜巻のように砂塵をまき散らし、龍は地に伏せる。
同じく、少女も地に降りる。その表情に、喜色はない。少女は、闘気を練る。
龍は困惑していた。これは一体何だ、と。虫けら相手になぜこんなことになった。相手は、触れれば果てるような、矮小な存在だぞ、と。
龍とは、恐怖の象徴だ。絶望の化身だ。頑張れば勝てるとか、努力は報われるとか、才能が必要だとか、そういう次元にそもそも存在しないのだ。
すべての生物がひれ伏し、命を差し出す、万象の王。覇道を唯一進む生物なのだ。
それが、人間一匹に、いいようにされる。
そんなこと、あってはならない。
あれは滅ぼすべき害虫だ。全身全霊で、その存在を抹消してやる。
ドラゴンは、貴様の存在を赦さない。
純黒の龍は飛翔する、その体躯の三倍はあろう羽を広げ、飛翔する。鳥のように、蝶のように羽ばたくのではない。その両翼を力任せに振るい、大気という大気を巻き上げ、力尽くで飛ぶのだ。効率などなく、美しさなどなく。
一振りで空に到り、睥睨する。にらみつけるのだ。貴様を殺すと。
人間が龍の外敵になった瞬間である。
「踊れ踊れ大地の精、謳え謳え風吹くままに。朧にたゆたう春の月、ゆらゆら揺れる真昼の月。吹けよ吹けよ思うまま、恵む大地の、そのままに」
少女は謳う。荒れ果てた荒野の中に、命が芽吹く。焦熱地獄と化していた森の跡に、芍薬の花が咲く。白い花が、緑が、柔らかな光を放ちながら、地獄を癒やしていく。かさぶたが剥がれるように、雨が晴れるように、大地が芽吹いていく。
少女は拳を握りしめる。
「さあ、風よ運べ、命を運べ。地に花が咲き、子が宿る。芽吹く息吹をふう、と吐き、今この原初を紐解こう」
少女に、大地の精霊が口づけする。彼女のオーラが爆発する。
「変身」
麻と綿と革の戦闘服から、新たな光を纏う。新緑を透かす日差しのような、春の木漏れ日のような、柔らかいエメラルドグリーンの、力。
白い沈丁花、芍薬、そんな美しさが彼女を包み、若い大地の光が、彼女を守る。
龍が焼き払った世界の、そのすべてを自らの力に変え、少女は挑む。
命を孵す母なる力を以て、恐怖の原点を斃す。
それが彼女の使命だった。
金属同士がこすり合い、引き裂かれるような龍の咆哮とともに、再び業火が放たれる。
「還れ」
彼女は来る炎に手をかざす。百合の蕾が芽吹くように開き、その炎をすべて飲み込む。
花開いた百合は、その花弁を散らし、散った花びらが、また幾百、幾千と別れ、空へ待っていく。
龍は諸共に焼き尽くそうと再び熱線を放つ。
両翼を叩き付けるように振るい、花弁を散らし、打ち水するかのように、草花でいっぱいに埋め尽くされた大地を、炎に包まんとする。
龍の近くを舞っていた百合の花弁はその悉くが灰に変わり、暴風と火炎流によって、大地も同じく道を辿るかに見えた。
しかし花で埋め尽くされた大地は、迫り来る炎を無数の蔓で受け止め、砂漠に降る雨のように、そのすべての炎を抱き留め消した。
「ふぅああぁーーーー!!」
龍が困惑する間もなく、少女は再び吶喊する。さっきまでの比ではない。しかし、衝撃波もなければ、雲を引くような熱もない。
ただ、彼女の纏う光が置き去りにされるように線を引き、龍の懐に一瞬で潜り込む。
放つ拳。
威力の桁が違う。先ほどの攻撃では、龍を押しこくることはできても、打撃でダメージを与えられたわけではなかった。事実、龍は押し倒されたことに怒っていただけで、痛みを感じていたわけではなかった。
しかし、今は違う。拳の衝撃は緑の光を帯び、星が放たれるように、龍を貫通した。
金切り声と重機関銃の発砲音を混ぜたような、龍の悲鳴がハウリングする。
「うあああぁぁーーー!」
少女は止まらない。水の中を自在に泳ぐように宙を舞い、龍の頸椎に踵を墜とす。
長い首をぐにゃり、と波打たせて、打撃の方向そのままに、龍が堕ちる。
大地に叩き付けられた龍を、焼かれた花々は離さない。無数の蔓が鞭のように振るわれ、龍を大地に縫い留めんと縛り付ける。
龍は喉を鳴らす。そのまま火炎流と衝撃波を吐き出し拘束を振りほどこうと藻掻く。頭を激しく振り回し、自分の体にも炎を吐く。
炎は次第にオレンジから紅、そして紅からブルーに変化する。青い炎が再び世界を焼く。
これは最早毒そのものだ。焼かれずに残った草花も、その白さを腐らせ、萎れるように黒い塵になって消えた。
炎は留まるところなく、ゆっくりとだが、しかし確実に延焼していく。龍は悠然と拘束を振り払い、空を睨み付けた。
空は再び曇り始め、暗み掛かる。
少女は龍を見下ろしていた。
「これがドラゴンか……」
その声には焦りが混じっていた。地に墜とし、大地の魔装で拘束した時点で、龍討伐のフローチャートは完了していた。
侮っていたわけではない。万全の備えをし、確実に殺せる条件を探っていた。
これ以上、被害を広げるわけには行かない。一辺五キロメートル、二五平方キロメートルのリング、これが少女たちが用意した龍討伐のフィールドだった。
そのすべては、一度焼却され、再び芽吹き、そして今、毒の炎によって浸蝕されている。この炎は、対処を誤ればどこまでも広がる。
龍を殺せば炎も消える、なんて都合の良いことはないだろう。延焼速度はそう速い訳ではない、しかし、時間を掛けられるわけでもない。
ここが少女にとって正念場だった。
「確実に当てられる一瞬を作る。そこに総てを賭ける」
短い思考、短い作戦。龍相手にできる小細工などない。今しがた、その総てを打ち破られたのだから。
正面から、力押しで押し通る。単純明快かつ、最も難しい道だけが、少女に残された道だった。
「春の宵に見る夢は、母に抱かれて眠る夢。白い光に照らされて、夜の香りに触れる夢」
大地の精霊の力をつなぎ合わせる。喜び、育み、美しく、清廉に、強く、気高い、大地の力。
暗く、見にくく、妬み、悲しく、恐ろしく、かわいそうな、大地の力。
「変わらぬ夢を見続けよう。いつかの喜びをたたえよう。いつかの後悔を悲しもう。いつしか我が子に伝えよう、この打ち震える感情よ」
一対二条の光の柱が、少女の手に剣と伸びる。これが本当の、正真正銘。
「魂の鳴動」
究極の一撃。
龍は少女の剣を瞠目した。これは本当に虫けらか、と。凄まじい力を感じた。恐怖を感じた。恐怖の象徴が感じる恐怖は、己以外に存在した。それは、本当に恐怖なのだろうか。
龍は確信する。総てを賭けねばならないと。あれなるは、宿敵。害虫でも、矮小な存在でもなく、全くの同胞。
ただ、立つ場所が違うだけの、輩だ。
なればこそ、全霊でもって相手するのは、強者の務め。そう確信した。
龍は全身を全身を青白く淡く発光させる。黒い龍の巨体が、怪しく光る。黒く塵となった大地は浸蝕をさらに進め、龍は力を蓄える。絶対破壊の一撃を、少女に放つために。
雨が降る。黒い雨だ。龍の残滓に汚染された、腐敗の雨。総てを塵に変える、死の雨。最早周囲に生き物などいない。
総てのものが逃げ去り、逃げられなかったものは最早この世に存在しない。
少女と龍だけが、死の中にいた。今まさに、飲み込まれんとする死の中にいた。
終焉は唐突に訪れた。
互いにエネルギーの充填が終わり、その一撃を放つタイミングが、全くの同時だったからだ。
「ぜえああぁぁーーー!!」
少女が緑の柱を解放し、その剣を振り下ろす。地平の彼方まで伸びるようなその剣は、ただただ龍を目指し、迫った。
不協和音の絶唱とともに、龍の放った青白く、そして黒い炎が入り交じった咆哮は、少女の振り下ろした剣と交錯し、その先に待つ少女を滅ぼさんと、放たれた。
「うううぅぅっ、あああぁぁぁーーー!!!」
交錯を境に、世界が分かたれる。一方は緑に溢れる命の世界。一方は総てを滅ぼす灰と漆黒の世界。
エネルギーの交錯は、その出力を互いに削り合い、火花が散るように鍔迫り合い、龍はその身を草花に絡みとられ、少女は白い姿をテザリングされていくように、黒く穢されていった。
数秒か、それとももっと長かったのか、エネルギーの拮抗は終わり、戦争のような喧噪は、すん、と雨上がりの水たまりのように、静寂に包まれた。
龍は空を仰ぎ、その全身を植物に絡まれ、大地に還っていた。龍の足下を中心に、また花が咲き乱れる。
今度は小さな花が、色とりどりに咲いていく、白、青、紫、黄色、そして何より、黒い塵となった大地が、緑に包まれていく。
黒い雨が上がる。少女が手をかざすと、台風が過ぎ去った空のように、灰の雲は消え去り、太陽と蒼穹が、緑の大地を照らした。
最早周囲に戦闘の痕跡はない。残るのは、ただただ美しい野原と、傷ついた少女一人だった。
少女の戦闘体も綿毛が飛ぶように解放され、布と革の戦闘服は至る所が破け、少女の肉体も、血まみれになっていた。
大地に倒れ伏すと、大地の精霊が、彼女を労るように近寄ってくる。
「ああ、……ありがとう」
おわった……、と思わず零す。何事もうまくいかないものだなあ、と考えながら、あまりにも美しい空に、どうでも良いかと少女は目を閉じた。
彼女の名前は、エレオノール。彼女は『悪役令嬢』、と呼ばれる存在らしい。
読了ありがとうございます。
登場人物主人公のみ、敵、龍!
学園もヒーローも出てこねえ! 大丈夫かこのペース!?
また続きをよろしくです。




