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掌編小説集と詩集「ブラック」 収録作品例

掌編「ホワイト」

作者: 蓮井 遼


お読みいただきありがとうございます。

そろそろ新刊に取りかかります



「知ってる?蚕って人に世話されないと生存できないんだって」

「野生に返しても生きられないのか」

「はるか昔から家畜化された昆虫だからみたいだけど、自分で食料を特定する力さえないらしい」

「人のせいで腑抜けになっちまったか」

「けれど、人はその蚕の絹糸を重宝してて、地方ではおしろいさまだと崇めるところだってあるんだよ」

「なかには食用するところも聞いたことあるぞ」

「ううっ…気持ち悪くなりそうだからこれ以上は止めておくよ」

「お前が話したんだろうが」

カフェで明と林蔵が話をしていた。お互いに会う機会は少なくなっていたが、ふと他愛もないことを明が連絡したら林蔵も返信をくれてじゃあ会おうとなった。

「りんちゃん、まだ音楽よく聴いているんだね」

空いている椅子の上にCDショップの袋が置いてあった。

「まあね…こればかりはなおらないね」

「前と聴く種類も変わったかな」

「ああ、そのことで俺は話してみたいのだが、今は便利になり、SNSが当たり前の時代になってしまっただろ」

「そうだね、ぼくも幾つかやってる」

「明は好きなアーティストの新作なんか追ってたりしないか」

「う~ん、入ってはくるかな」

「そうして、ますます俺たちは新しいものだけに浸かりすぎていないかってふと思ったんだ」

「え?」

明はきょとんとした。 

「そもそもが、SNSもビジネスが前提にあると考えるからまあそれは仕方ない。確かにおれは明の言うとおり、音楽が好きでね、映画や小説よりも好きかもしれない、別に俺が楽器を演奏するわけでもない、ただ聴いてるのが好きなんだ」

「うん」

「おれもSNSを使うことで好きなアーティストの投稿を見たりする、それが普通になっていた。別に新しい音楽だけを聴いてるって訳ではないけれど、でもあるとき気がついた。こんな新しい時代の音楽ばかり聴いていたかって」

林蔵はテーブルの上のコーヒーカップを持って一口飲んだ。

「音楽ってのは、ジャズなら1930年、ロックなら1950年、それこそクラシックっていったら一層昔だ。だが、CDショップなど行かずとも、最近は新譜の音源をアプリで探したら、簡単に見つけ出せる。だが、俺はそんな最近の自分が聴く音楽の傾向を振り返って思ったんだ、本当にこれでいいのかと。そして、俺の問いは、実は音楽に限って言いたいことではないんだ」

明もカップのミルクティーを一口飲んだ。

「自明のことのように皆が同じ時間を生きているよ。でも、林ちゃんのいうことは、だから過去ではなく今の時間をより共有させましょうという空気があることを言いたいんじゃないかな」

「どこでそうなったかはわからないが、いつの間にかそれに気づかぬうちに飲み込まれてる人がいるようなそんな恐怖を感じた」

「他ならぬ林ちゃんがそうだったものね」

「明が蚕の話をしていたが、俺も受け身に流れ込んでくるものを与えられて、危うくつまらない繭を作ってしまうところだったかと思う」

「無理に蚕に例えなくていいよ」

そう言うと、明と林蔵は二人でふっと笑い出した。

「僕は同じ時間を生きているって言ったけど、でも皆が同じスピードで生きる必要はないなってのも思うの。ある人はどんどん効率よくこなして、世間体でいうところの得るものを得ていて、一方でその一つの課題を、十分の一くらいのスピードでのろのろやる人だっているの。まあ、会社だったら速い人が当然上に行くけど、人生はそれぞれの生き方だから、無理に自分と違う速さに合わせなくてもいいのになって思うの」

「俺はこうも思ったよ。人が世間に一人前だと認められるようになったとして、だからといって、20歳でも30歳でも40歳でも、命の危険は変わりないなって。人から見れば恵まれてると思える状況にいても、体が不調をきたすことはあって、なんか俺幾つになっても、きついとか辛いって感じちゃうんじゃないかって、そばに誰かいても、立ち直るのとはちょっと違って、俺が立ち直らないといけないんだって、不幸せの原因を頭で考えるんだ。恋人がいないからとか、広い家に住めないからとか、コンクールに受からないなとか、でもそこを通り過ぎて、根本の原因じゃなかったって気づくんだ。これは実際に体験しないとわからないものだから、若い頃は誤解しかなかったよ」

二人のカップが空になったので、林蔵は手を挙げて、店員を呼び出した。

「えっと、ヘーゼルナッツラテください。明は?」

「あ…同じので」

「かしこまりました」

店員は注文を受けてキッチンに伝えてはカウンターに戻った。

「そうだね…僕もまだ辛いかな」

「歩道橋の上でまだ止まったりするのか」

「ううん…家の近くが立体型の道路になっててさ、そこ歩くと下に車が走ってるんだよね。たまにそこ見つめると、照ちゃんが、肩に手を当ててくれるの。もう、家に戻りましょうって」

「照子さん、強いなあ」

「照ちゃんは僕のこんなとこも受け入れてくれるから本当に助かってる。反対に僕が照ちゃんのことも支えないとね」

頼んだヘーゼルナッツラテが届いた。二人してカップを持って一口飲んだ。それから明と林蔵は雑談を続けた。明は養蚕の観察に行ってみたいと林蔵を誘ってみたが、林蔵は照子さんと行ってくれと断った。カップが空になると二人は店の外で別れた。林蔵は駅に向かうとホームのベンチに座りしばらく立ち止まっていた。





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