隣の席の女子が主人公ハーレムに入りそうで、俺の胸中は穏やかじゃない話
クセっ毛で、そばかすがあり、目付きが悪くて、背が同年代の平均より若干小さい、そんな高校一年生が、俺こと大手町 牧夫である。
突然だが、ウチのクラスには"和正ハーレム"なる集団が居る。"和正ハーレム"とは平凡な童顔のクラスメートである盆田 和正の周りに集まる女共のことを指し、当然ながら全員が和正のことが好きだ。
幼馴染み、ツンデレクラス委員長、高飛車なご令嬢、ロボット娘、カンフー巨乳中国女、宇宙人、戦国時代からタイムスリップしてきた姫様など、多種多彩な女が"和正ハーレム"のメンバーであり、今日もいつものように和正の取り合いをしている。
ギャーギャーうるさいし、いつもトラブルを巻き起こすので正直俺はアイツらが苦手だし、女にモテる和正のことは嫌いである。それにアイツらを見ていると自分はモブ的な立場なのだと思い知らされて、ため息が出る。
「おはよう、大手町君。」
俺に声を掛けてくれたのは、森本 読子という、三つ編み眼鏡の地味な少女である。この女は俺の右隣の窓際の席に座っている。
「よぉ。」
そっけない挨拶になってしまったが、俺のような陰キャが女の子と会話するのはとても勇気のいることだ。ちゃんと発音できただけでも誉めてほしいぐらいだ。
だが、森本はそんな俺のそっけない態度にも関わらず、ニコッと俺に微笑みかけ、その後に自分の席に着き、いつものように持ってきた小説を読み始めた。
隣で本を読む森本を見ていると、なんだか心が落ち着く、もう"和正ハーレム"なんて大して気にならない。勝手にイチャコラやっててくれや。
しかしながら、昼休みになり事件が起きた。
"和正ハーレム"に追いかけられて逃げている和正が、教室で歩いている森本にぶつかったのだ。それも倒れた拍子に森本の右のおっぱいを左手で揉むというラッキースケベイベントまで発生し、席でその光景を見ていた俺に激しい怒りが沸いてきた。けど、俺は別に森本と付き合ってるわけじゃないし、口を挟む権利は無いのだ。ここはグッと堪えるしかあるまい。
「おっ、大きい!!」
和正が揉んだ第一声がこれ。クソッ、なんて下劣な男だ。森本の胸が実は大きいことはクラスで俺だけが知ってる真実だったのに、よりにもよってハーレム主人公にバレてしまうとは・・・ちなみに俺は森本はEカップはあると推測している。
「ちょっとアンタ!!早く胸から手を離しなさい!!バカ和正!!」
和正の幼馴染みの近衛 隣子がいつもの様に100tと書かれた巨大なハンマーで和正の頭をドッゴーン!!とぶっ叩く。いいぞ、もっとやれ。
「眼鏡、眼鏡・・・眼鏡は何処ですか!?」
倒れた拍子に眼鏡の外れた森本は、あたふたしながら眼鏡を探す。
倒されて胸も揉まれ、眼鏡も外されるとは災難続きの森本である。
が、しかし、これは俺にとっても非常事態である。とても不味い。
「み、宮本さん!!眼鏡取ったらメチャクチャ美人じゃん!!」
ちっ、近衛の奴め、余計なことに気付いたな。
「うぁ!!本当だ!!美人だ!!」
和正の奴も気付きやがったし、ハーレムも気付いて、クラス全員が気付いた。そうともさ、森本 読子は隠れ美人、眼鏡なんか掛けてなかったら一役ヒロインに大抜擢さ。まぁ、俺は眼鏡掛けてる時点でも森本が美人ってことに気付いてたけどな。
「ふぇ?」
森本は訳も分からず変な声を出した。きっと自分にクラスメート達全員の視線が向いているなんて思いもしないだろう。
「それなら、こうした方が宜しいんじゃなくて。」
高飛車なご令嬢こと、金成 招が森本の両のおさげを解き、そうすると森本は一気にサラサラロングヘアーの美人に早変わりしてしまった。あーもう、くそったれ。
突然の美少女の登場にわぁ!!っと沸き立つクラス。うるせぇ、うるせぇ、知ってるっての。
そんでもって、和正の奴がこう言うわけだ。
「森本さん、眼鏡やめて、コンタクトレンズにした方が良いんじゃない?そっちの方が可愛いよ。」
天然系のジゴロである和正は、こんなことばっかり言って多くの女を落としてきたわけだ。それを聞いた森本は顔を真っ赤にして満更でも無い表情をしていたのだが、俺はそんなアイツを見たくなくて、机に顔を突っ伏した。
俺と森本が仲良くしたエピソードなんて指で数える程しか無いが、初めての交流と呼べる交流は、三ヶ月前の昼休みだった。
いつもの様に森本が自分の席で小説を読んでおり、俺は隣の席でボーッとしていたのだが、たまたま森本が目に入った時、アイツは小説を机の上に置いて、フーッとため息を着いて、肩を手でトントンと叩いていた。その時、叩いた振動で森本の胸が上下に震えるのを確認し、森本が隠れ巨乳なのを発見した。だが、そんなことよりも、肩こりに悩む森本の姿が去年亡くなったバアちゃんの姿に重なった。そうなると自然と体が動いた。
「肩こってるなら、俺が揉んでやろうか?」
「えっ?そ、そんな悪いですよ。」
「いいから、俺、肩揉みは上手いんだぜ。」
戸惑う森本をよそに、俺は問答無用で森本の肩を揉み始めた。
「あっ、気持ちいい・・・本当に上手いんですね。」
「へへっ、そう言ったろ。肩結構こってるな。」
しばらく森本の肩を揉んでいると、冷静になってきた俺の頭が警鐘を鳴らした。それもそうだ、クラスメート達が大勢居る中で、男子が公然と女子にボディタッチしているんだからな、こんなのやましい気持ちがあってやってると思われても仕方がない。
「あっ・・・うっ・・・・あはぁ。」
森本も気持ち良くて変な声出し初めて、いよいよ俺のクラスでの立ち位置がスケベ野郎になるかと思われたが、"和正ハーレム"の巻き起こすトラブルに慣れているクラスメート達は感覚が麻痺しているらしく、男子が女子に肩揉みしてるぐらいでは見向きもしなくなっていた。助かった、本当に助かった。
「終わったぞ、楽になったろ。」
「ほぇえええ・・・本当にありがとうございました。私は肩こりが酷くて。」
肩こりの理由はその隠れ巨乳なのだろうが、その事を指摘しては本当にスケベ野郎になってしまうので、俺は言うのをグッと堪えた。
「また肩こったら言え、いつでも揉んでやるよ。」
「えっ・・・本当ですか?じゃあお願いするかもしれません。ありがとうございます。」
その時、ニコッと微笑む森本の顔を見ると、心臓の鼓動がおかしくなったんだが、今になって考えると、それは恋の始まりだったんじゃないかと思う。
俺は自分の家のベッドに寝転がり、悶々と考えてしまっていた。
森本が"和正ハーレム"に加入してしまうかもしれない。そう考えると何も手に付かないし、体が熱くなってくる。
「何が和正ハーレムだ。ふざけんな。」
こんなことを一人で呟いてしまうぐらいである。重症だな。
しかしだ、もうあれだけ女に囲まれているんだから良いだろうに、欲張りすぎだ。
もし森本が和正のことが好きになり、"和正ハーレム"に加入したとして、そこに幸せはあるのだろうか?過酷な正妻戦争の後に敗戦し、見も心もズタズタになってしまうのでは無いだろうか?そんなの目も当てられないし、見たくもない。
止めるべきか?・・・いや、俺はタダの隣の席の男、森本の恋路を邪魔する権利など無い。思い上がるな俺。
でも、だけど、しかし・・・。
そんな風に思い悩み、気が付くと日付を跨いでいた。自分が一人の女のためにここまで思い悩むとはな。
てっきり感情が希薄で、このまま恋だの愛だの無縁の人生を送るものだと思っていたのに、これでは人生プランが狂ってしまう。
すると突然、俺は森本の裸を想像してしまった。そんな自分が許せなくて、俺は自分の顔面を思いっきり殴った。
"ガンッ!!"
思いっきり殴って鼻に当たってしまったので、目から涙は流れるし、鼻から血は流れるしで、鼻血が口に入って鉄の味がした。
痛い、痛いな、畜生。
俺のしたかったことは分かっている。森本が自分から離れてしまう前に、妄想の森本をおかずにしてオナニーでもしてしまおうという下衆な考えだ。そんなので自分を慰めるなんて間違ってる。恥を知れ。
そうして俺は再び答えの出ないことを考えて再び悶々とし、気付けば一睡もしないまま朝を迎えた。
自分の席に着くなり、倦怠感と眠気でどうにかなりそうだった。
そうなると森本のことも考えなくて済むかと思ったが、そんなに人生甘くなく、頭の中は森本でいっぱいである。アイツめ、つくづく罪な女だぜ。
「おはようございます。」
来た、森本だ。コンタクトレンズにしたサラサラヘアーの美女が居るのだろうと考えると気が滅入りそうだが、俺は決意を決めて恐る恐る声のする方を振り向いた。
しかしながら、振り向いた先には、いつものおさげ髪の眼鏡の見慣れた女が立っていた。
「お前・・・えっ?」
「おはようございます。牧夫君。」
「お、おはよう。」
挨拶はしたものの、予想外の展開に訳も分からず、それ以上は何も言えなかった。森本の奴はいつも通り席に着くと、いつも通り読書を始めた。
まぁ、昨日の一件でクラスメート達も森本が美女姿で来るかと思っていたようで、代わる代わるやって来ては「どうしてコンタクトにしないの!!」だの「勿体無い!!」だの良いに来たが、森本は苦笑しながら「これが気に入ってるので」と言うばかりであった。和正もハーレムの面々もやって来たが、森本は今の姿を維持したいらしく、結局自分の今の姿を貫き通した。
昼休みになると、ようやく森本を訪ねてくるクラスメート達も居なくなり、俺にも森本に話し掛けるチャンスが回ってきた。
「なぁ、どうしてコンタクトにしなかったんだ?」
俺がそう聞くと、森本は真剣な顔で俺を見つめてきた。
こ、こんな顔初めて見た。ド、ドキドキが止まらん。
「牧夫君は、私がコンタクトにした方が良いんですか?」
「お、俺?」
「そうです、私にとってそれが一番重要です。」
「お、俺は・・・。」
言い淀んでしまったが、俺の答えは決まっていた。
「お、俺は嫌だ。いつもの森本が良い。」
俺が素直な気持ちをそのまま伝えると、森本はいつものように微笑み「なら、私はこのままで良いです」と言った。
森本がいつも通りなのは嬉しいが、これでは勘違いしてしまいそうだ。
だってこれでは、まるで森本が俺のことを・・・。
「あの気付いてますか?」
「な、何をだよ。」
「私、今日アナタのことを牧夫君って呼んでます。」
「そ、そういえばそうだな。」
いつもは大手町君なのに、今日は名前の牧夫君って呼んでやがる・・・意味は分からんが。
「だから牧夫君も私のことを読子って呼んでください。」
「なっ!!」
名前呼びなんて正直気恥ずかしいのだが、森本の顔が真っ赤なことに気が付き、コイツも恥ずかしいのに無理をして言っているのだと考えたら、呼ばざるをえなかった。
「ど、読子。」
「ふぁ!!・・・あ、ありがとうございます!!じゃあこれからも宜しくお願いします!!」
「こ、こちらこそ。」
このやり取りのあと、読子は相当無理していた反動で顔を机に突っ伏して動かなくなり、時折「ふぁああ!!」とか「ふぃいいい!!」とか言いながら悶えている。それが可愛くて堪らないのは俺だけだろうか?
今日も"和正ハーレム"の面々が騒いでたようだが、とうとう俺は全くアイツらの騒ぎに気付くことは無かった。