「花うさぎ」(シナリオ)
人 物
天野ほのり(21)(26)大学生
辻本隆(55)教授
藤田幸生(28)店員
男1(45)客
男2(65)客
女店員A(20)
女店員B(30)
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○山手キリスト美術大学・構内
西洋建築の美しい校舎の
真ん中にある芝生の庭。
その中の舗道を足早に
歩いている天野ほのり(21)。
辻本隆(55)が、
苦々しく回答用紙を見ている。
その向かい側に、ほのり。
辻本「・・・知っての通り、我が校は
キリスト教学が必須科目で、
これひとつの単位が取れなかったが
ために卒業できなかった
生徒もいるんだよ」
ほのり「・・・知っています・・・
就職も決まっていたのに、
留年して心を病んだ人もいるって」
辻本、大きくため息をつく。
辻本「・・・真偽はともかく、
これはヒドイと思わないかね?」
32点という点数を見せられて、
ほのり、がっくりと肩を落とす。
ほのり「・・・返す言葉もありません・・・
私の勉強不足です
・・・でも、先生」
ほのり、顔を上げる。
ほのり「イエス・キリストは、
前途ある若者の足を
引っ張りたいとお思いに
なるでしょうか?
キリ教ごときで、
せっかく決まったデザイナーの
職をあきらめて、留年しろと・・・」
ハッとして口をつぐむほのり。
顔を引きつらせる辻本。
○地下鉄・M駅・入口(夕方)
エスカレーターで地上に
上がってくるほのり。
ほのり「あーあ、やっちまったよ。
まいったなぁ・・・あれ?」
雪が舞っていることに気付くほのり。
ほのり「二月に雪かよぉ・・・」
○路地(夕方)
ほのり、雪を避けるように、
裏路地のアーケードに入る。
と、そこに、花屋といっしょになった
カフェがある。
ほのり「こんな所にこんなおしゃれな
カフェ、あったっけ?」
ほのり、雪を見てぶるっと体をふるわすと、
カフェに向かっていく。
○カフェ・花うさぎ・中(夕方)
扉を開く音に、藤田幸生(28)が
顔を上げる。
藤田「いらっしゃいませ」
ほのり、藤田を見て、頬を赤らめる。
店内の何個かのテーブル席のうち、
ひとつに人が座り、
広いカウンターの端に、
もう一人いる。
ほのりがちょっと悩んでいると、
藤田「こちら、いかがですか?」
と、カウンターの真ん中を勧める。
ほのり「あ、ハイ」
ほのり、カウンター席につき、
藤田を見る。
ほのりの声「こんなにきれいな男の人が
世の中にいるんだなぁ・・・」
細身の体型に白いシャツ、
黒いエプロンに、
髪を覆う青いバンダナ。
藤田をうっとり見つめるほのり。
○同・カフェ・中(夕方)
コーヒーをかきまぜるほのり。
ちらちら見ていると、
藤田と目が合う。
ほのり「・・・あの・・・静かですね・・・」
藤田「平日はいつもこんな感じですよ」
ほのり「・・・お花屋さんもやってるんですか?」
藤田「ええ。店の名前も花●うさぎ、ですから」
ちょっとおもしろそうに言う藤田。
と、突然、カウンター端にいた
男1(45)が、
思い出したように立ち上がる。
男1「ああ、時間がない、時間がない」
男1、そういうと、代金をカウンターに
置いて店を出ていく。
キョトンとするほのり。
○同・カフェ・中(夕方)
コーヒーを半分ほど飲んだほのり、
ハーと溜息をつく。
藤田「・・・学生さん、ですか?」
ほのり、うなずくと、
藤田はにっこり笑う。
藤田「そうですか、うらやましいですね」
と、その時、テーブル席の
男2(65)が立ち上がる。
ほのりが振り返ると、男2、
ド派手なハットをかぶり、
カウンターに近づいてくる。
藤田の勘定を待ちながら、
男2、ほのりの方をチラッと見て、
ハットの後ろを引っ張る。
と、ハットのてっぺんから
手品用の赤い造花がパッと飛びだし、
そしてパッと引っ込む。
男2、くくっと笑って、
男2「留年しかけている学生の
どこがうらやましいもんかね」
男2、キザに後ろ手に手を振ると、
カフェを出て行く。
○同・カフェ・中(夕方)
ほのりと藤田、二人きりになる。
ほのり「・・・今の・・・何ですか?」
藤田、くすくす笑う。
藤田「さぁ・・・何でしょうか」
ほのり「気 マ ッ違いドの帽子屋ハ ッ タ ー?」
藤田「そうかもしれません」
ほのり「じゃあ、その前は、時計うさぎ・・・?」
藤田、おかしそうに笑う。
○同・カフェ・中(夕方)
ほのりのコーヒーカップが
空になっている。
カウンターの中で、
静かに皿をふいている藤田。
その穏やかな美しい姿に、
ほのり、微笑む。
ほのり「・・・なんだかよくわからないけど、
元気になったような気がする」
藤田、顔を上げて、うれしそうに、
藤田「それはよかった、何よりです」
ほのり「・・・雪はまだ降っているのかしら?」
藤田「・・・降っていないと困ります」
ほのり「・・・え?」
藤田「いえ、雪の日には、不思議と、
どんな夢も叶いそうでしょう?」
ほのり「夢かぁ・・・」
ほのり、ちょっと考えると、
コートを持って立ち上がる。
ほのり「ありがとう、すっかり温まりました。
また来ます」
藤田、やさしく微笑む。
厨房のポットから温かそうな
湯気が上がっている。
○地下鉄・M駅・入口(夕方)
それから五年後。
エスカレーターから地上に
上がってくるほのり(26)。
化粧は垢抜け、おしゃれな装いに
なっている。
外はかすかに雪が降っている。
ほのり「・・・あれ?
どこかで見たような・・・?」
○路地(夕方)
ほのり、首をかしげ、
裏路地をのぞく。
ほのり「・・・昔、この辺りのカフェに
来たことあるような・・・」
ほのり、ふらふらと裏路地に
入っていく。
○カフェ・花きりん・中(夕方)
扉を開け、中を覗き込むほのり。
昔と似てはいるが、
明らかに違う店内。
女店員A(20)がやってくる。
女店員A「いらっしゃいませ」
ほのり「・・・あの・・・ここって、店、
変わりましたか?」
女店員A「・・・いえ、十年以上前から
同じですが・・・」
ほのり「・・・お店の名前って・・・?」
女店員A「・・・花きりん、ですが」
ほのり「・・・きりん・・・? きりん!?」
ほのりの様子に当惑する女店員A。
ほのり「あ、あの、じゃあ、
若い男性の店員さんはいますか?」
女店員A、首をかしげる。
と、その時、厨房の奥から、
女店員B(30)が現れる。
女店員B「・・・あの、それって、
今日みたいな雪の日、でしたか?」
ほのり、二度うなずく。
女店員B、女店員Aに場を
はずさせる。
女店員B「・・・すいません、ごく稀に
耳にする話なんですが、
あまりにも突飛なもので」
ほのり「・・・え?」
女店員B「雪の日に、このカフェで
そういう体験をされる方が、
たまにいらっしゃるんです。
でもその後、また来られると、
前のカフェと違うって・・・」
ほのり、ぞくっと身をふるわす。
ほのり「・・・うそ・・・」
女店員B「でも皆さん、そのカフェで
元気になって夢が叶ったと
言って来て下さるので、私共は、
その青年に感謝してるんです」
ほのり、神妙にうなずく。
ほのり「私もデザイナーになる夢が
叶ったんです」
女店員B「それは何より。よかったです」
ほのり、女店員Bに勧められて、
カウンター席につく。
カフェの窓から、
雪が降っているのが見える。
厨房のポットからは、
湯けむりが上がっている。
ほのり、神妙な表情で首をかしげながらも、
微笑んでいる。
了