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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢殺人未遂 : チートな聖女は名探偵です!

作者: 木村 真理

誤字報告、ありがとうございます。


ざばぁッ


え……。

なに?


裏庭をのんきに歩いていたら、頭上から大量の水が降ってきた。

な、なんなんだ?

雨?って晴れてるし、そんな量じゃないし!


混乱しつつ、上を見た。

すると、校舎の3階の窓が開いていて、バケツを持った女生徒がいるのが見えた。


え!?

あの金髪縦ロール、なんか派手なメイク顔。

まさか、侯爵令嬢アリア様!?

なんで侯爵令嬢が、バケツ持ってるの!?


あ、私に水かけたのって、アリア様!?

侯爵令嬢が、自らバケツ持って、平民の私に水かけたの!?


わけがわからなすぎて、ぼうぜんとアリア様を見る。

あ、目があった。

アリア様は怒ってるような顔をして、バケツを私に投げる。


「うきゃぁっ、危ない!」


あわてて、よける。

3階から投げられたバケツなんて、あたったら痛いじゃすまないよ!

しかしアリア様、いいコントロールしてる。

距離がなかったら、激突してたかもしれない。


それにしても、うーん。

アリア様?

確かに、あの特徴的な髪型はアリア様しかありえないけど。

でも、なぁ……。


「うわっ、ティア嬢!水浸しで、なにやってるんだ!」


考え込んでいると、通りすがりの第三王子一行に全身ぐしょぬれなのを見つかった。


「あ、殿下ー。なんか今日、暑いから、水をかぶってみました」


テヘっと笑うと、第三王子マッスル殿下と愉快な仲間たちはどんびきした。

なんでよ、君たちだって、剣の訓練の後とか半裸で水浴びしてるじゃん。

同じだよ、同じ。


「いや、俺たちだって、制服のまま水浴びはしないぞ」

「それより、ブラウスが水で透けてますから。これでもかぶりなさい」


呆れ顔で言う王子を制して、ダルス伯爵家の三男イグナス様が制服のジャケットをかけてくれる。


「わーい、ありがとうございます。さすが、イグナス様、やさしーい!」


ささっとイグナス様のジャケットを羽織って、ぶかぶかな袖をアピールする。


「わ。イグナス様。大きいですね。ほら、見てください。ぶかぶかです!」


恥じらっている感じで、上目遣いで言う。

イグナス様は、私から目をそらして、「まったく貴女という人は…」とか言ってるけど、ほっぺた赤いですよー?かーわいい!好き!結婚して!


「……イグナスはいいよな、積極的な恋人で」


いちゃいちゃしていたら、殿下がなんか言い出した。

イグナス様は「恋人ではありません!」とか言ってるけど、だいじょうぶ、未来では恋人だから。

自分が押しに弱いって、そろそろ気づいて諦めたほうがいいよ?

こんな肉食女に目をつけられた時点で、逃げ場などない!


まぁ、それはともかく。


私は、ふわふわのピンクブロンドとアメジストみたいな大きな紫の目が印象的な小動物系美少女だ。

けど、平民育ちの上、兄3人にもまれて生きてきたから、平民の中でもわりと粗野なほうだ。


そりゃ、珍しい光属性の魔力があるから「聖女」なんてもちあげられて、王子とかが通っちゃうこの魔法学園でもちやほやされてる。

伯爵家のご令息であるイグナス様に言い寄ってもほほえましく見守ってもらっちゃってる。


でも、女子としてモテるかっていうとぜんぜんだ。


いや…生まれ育った環境がね。

食堂で肉とかでると、つい周囲に奪われまいとかぶりついちゃうのは、これまでの生活環境がね……。

だって、のんきに食べてると、兄たちに奪われて肉なんて食べられない生活してたんだもん!

ちょっとガツガツ食べたくらいで、男子どんびきとか、魔法学園の男子の狭量さにはがっかりだよ!

まぁ、イグナス様はどんびきしつつも、「そんなにお腹がすいているんですか」とかいって、肉くれたんだよね。

もう一目ぼれだったよね!


と、まぁ、女子的魅力は底辺レベルの私ごときが積極的アプローチしているのみてうらやむとか。


「王子って、侯爵令嬢のアリア様と婚約してるんですよね?あの美人さんと、ラブラブじゃないんですか?」


「アリアと俺は、家同士の利害で決まった政略結婚だよ。むかしからアリアは気がきついし、俺が馬鹿なことをすると叱ってくる……第二の母みたいな感じだ……」


うーん。

見た目はがっしりワイルド系イケメン王子と、キツめ美少女金髪縦ロールつきという、若干濃すぎるけどお似合い美麗なカップルなのになぁ。

ていうか、さぁ。


「つまり、王子はアリア様にもっと積極的にらぶらぶしてほしいと」


「お前な…、頼むから、そういうことをいちいち口にするのはやめてくれ」


はーい!褐色イケメンの赤面いただきました。うまぁ。


にしても、そっかぁ。

王子は、アリア様のことがラブっと。

なんですかねー、美少女に叱られるのが好きなんですかねー。

へへっ。


「それに、最近、アリアはめったに会ってもくれないんだ。以前は、週末は一緒に食事をしていたのに」


あ、なんか殿下が語り始めた。


「一緒にいても冷たいし、あんまり話してもくれないんだ……」


「え、それ絶対、殿下がなんかやらかして怒ってるんですよ。さっさと謝ったほうがいいと思います」


「それが……、なにか怒らせたかと聞いても『自分の胸にきいてください』とか、『どうせわたくしなんて、政略結婚ですもの』とか言うんだよ」


「殿下は、なんて答えたんですか?」


「そりゃ『心当たりなどない』、『俺たちが政略結婚なのは、わかっている』と」


「だめすぎる!」


王子の言葉をぶったぎるとか不敬だけど、女子として言わずにはいられない!


「前半はともかく、後半は『政略結婚でも、俺が愛しているのはアリアだ』とか『俺の婚約者がアリアでよかったと思ってる』とか、そういうこと言うべきでしょ!?なにしれっと言ってるんですか!」


アリア様が怒るのも当然だ。

これで王子がアリア様が嫌いなら弁護もできるけど、この王子、アリア様のこと好きなんだよね?


「だが…。アリアにとっては、不本意な婚約なのかと思って」


「あぁ…。確かにそれはありますね」


この王子、脳筋だもんなぁ。

顔と家柄はいいけど、これと結婚するのとか微妙かもなぁ。

悪い人ではないんだけど、それと結婚は別だもんね。


「私は、アリア様とは親しくないので、なんともいえませんが。他になにかおっしゃっていませんでしたか?」


王子は「うーん」と顎に手をおいて考え込む。


「そういえば!ティア嬢に近づくなと言われたな!」


「は?」


「ティア嬢は、高位貴族の男を複数はべらし、自分の恋人にしようとしているとんでもない女だと。……ははは。ティア嬢をすこし見ていれば、そんなことないってすぐわかりそうなもんなのにな!」


「で、殿下はなんて答えたんですか?」


「ん?馬鹿なことを言うなって怒っておいたぞ。ティア嬢は、そんなやつじゃないって。好きな人間に一途ないい女性だから、二度とそんなことを言うなと」


「うっわぁ……」


思わず、アリア様に同情した。

うん…、王子の気持ちはありがたいよ?

私は本当にイグナス様以外の男に興味ないし、イグナス様と親しい王子にそう評価してもらえているのはありがたい。


けど、アリア様にそれ言っちゃだめでしょ!

なんでかわからないけど、アリア様は私と殿下の関係を誤解してるようだ。

私のイグナス様へのアプローチはあからさまだから、たいていの人は誤解しないんだけど、中には「平民の聖女とか気に入らねー。貴族の男と結婚とか許すまじ」って人もいるからね。

そういう人がばらまいた噂とか、耳にしちゃったんだろうなぁ。


ああ……、だけど、なるほど?

さっきのバケツ水は、そういこと?

うーん、でもなぁ。

記憶を注意深く、掘り起こす。

あの違和感は、見逃せない。


「実は、殿下。最近、私トラブル続きなんですよね」


「ん?そうなのか?」


私が言うと、殿下は心配そうに私を見る。

うん、いい人なんだよね、この人。


そしてイグナス様が、めちゃくちゃ心配そうな顔をしてくれているのにきゅんきゅんします!

優しい!

うざく迫りくる私のこと、そんなふうに心配しちゃだめなんだぞ。

そんなんだから逃がしてもらえないんだぞ。


今まで黙って私たちのやりとりを見ていた侯爵家令息ハック様と、公爵家の双子のベリー様とアール様も心配そうな顔で私を見る。


イケメン5に見つめられて、目が幸せです!

でも、この5人、頭のほうも(王子以外)頼りになるはずなので……。


「実は……」


知恵をがっつり借りるつもりで、私はここ最近起きたトラブルと、その考察を打ち明けた。

そして、彼らと相談し、翌日さっそく行動に出ることにした。








「アリア!君との婚約を破棄する!」


「そんな……!なぜですか、マッスル殿下!」


翌日の昼休み。

アリア様を、王子は生徒会室に呼び出した。


この生徒会のメンバーは、昨日のイケメン5だ。

彼らもずらりと王子の後ろに立ち、完全にアリア様と敵対しているっぽく見える。

対するアリア様は、メイドをひとり連れているだけだ。


金髪縦ロールのアリア様と対照的に、メイドは黒髪ストレート。

しかもその髪をひっつめて、分厚い眼鏡をかけている。

そばかすだらけの顔は、メイドという職分を考えても、すごく地味。


学園に連れて来られるメイドはひとりだけで、いちばん主人に親しんでいる者が選ばれることが多い。

アリア様は派手な美女なのに、ずいぶん対照的なメイドだよね。


そのメイドは、王子たちに対面しているせいか、緊張した雰囲気で、けれどアリア様をかばうように彼女の背後に立つ。

それに力を得たように、アリア様が再度「なぜ」と問うと、マッスル王子は「とぼけるな!」と怒鳴った。


「貴様が、ティア嬢になにをしたのか、俺が知らないとでも思うのか!昨日、ティア嬢に水をかけ、バケツを投げただろう。それも、校舎の3階から!あたったら、大怪我をするところだったんだぞ!」


「そんな……!わたくしは、そんなことしていません!」


「だったら、3日前、ティア嬢を階段から突き落としたのも知らぬというのか!ティア嬢の教科書を破ったのは!?彼女のカバンを池に投げたのは!?」


「わたくし……、わたくしはなにもしていません!信じてくださいませ!殿下!」


涙ながらに、アリア様が訴える。

うーん。役者だなぁ。


「ぜんぶ、ティア嬢が見ていたといっている!いい加減、認めたらどうだ!」


「そんな!わたくしは、本当になにもしていないんです!」


「黙れ!これ以上、話しても無駄なようだな。……今しばらくは、顔も見たくない。寮の自室に閉じこもって、反省していろ……!」


王子の大声に、耳が痛くなりそう。

私ってば、王子の隣という特等席にいるから、めちゃくちゃ音が響きます。

でも、まぁ、ここらでシメでしょう。


「アリア様……、私、見たんです。昨日、アリア様が私に水をかけるのを。今までも、何度もあなたらしき人影を見ていました。でも、信じられなくて。でも昨日は、私たち、目があいましたよね?それで、確証したんです。あれが、あなただって……」


私は泣き崩れるアリア様の前に膝をつき、彼女の肩に手を置いた。


「謝ってください、アリア様。そうしたら、私、許してあげます」


「ふざけないで……!」


アリア様は、私の手をふりはらって、にらみつける。

こわいこわいこわい。美人の怒り顔、ちょーこわい!

というか、それだけフルメイクしてるのに、涙でメイクが崩れていないのも怖い!

よほどメイドさんの腕がいいんですね……。


「お嬢様……!殿下、申し訳ございません。お嬢様は興奮されているようです。しばらく寮の部屋で謹慎しておりますから、今のところ下がらせていただいてもよいでしょうか」


メイドさんは、アリア様をかばうようにかけより、殿下に訴えた。

第三者に近いメイドさんに言われて、殿下は気まずげに言った。


「あぁ。アリアの言い分はわかった。もう下がるがいい。そして、いいというまで謹慎するように」






-------------------------------------------------------------------------



「婚約破棄だなんて……どうしてこんなことになってしまったの?」


アリアお嬢様が、ベッドに伏して泣いておられる。

幼いころからの婚約者であり、素直に口に出せなかったもののお互いを想いあっていた二人だ。

急に現れた平民の少女に婚約者を奪われるなんて、泣きたくもなるだろう。


いい気味。


私はゆるみそうになる頬をひきしめ、かわりに気の毒そうに眉をさげて、お嬢様に近づいた。


「殿下は、すこし気が迷っていらっしゃるだけですわ。しばらく寮のお部屋ですごして、落ち着いたらご実家へ帰りましょう?だいじょうぶです、アリア様はなにもしていないのですもの。すぐに疑いははれますわ」


優し気に言えば、アリアお嬢様はベッドから顔をあげた。


「さぁ、こちらを飲んでください。カモミールのお茶です。落ち着きますよ」


「……ありがとう、メアリ。あなたがいてくれて、よかった」


アリアお嬢様は、痛々しい笑みを浮かべて、お茶に口をつける。


「へんね……。お茶がきいたのかしら。なんだか急に眠くなって」


お嬢様は、目をまたたきながら、ベッドに顔を伏せた。

とろんとした目は、ゆっくりと閉じていく。


「今日は、いろいろありましたもの。お疲れなんですわ」


そう囁くと「そうね……」と寝息とともに、お嬢様は言って、そのままやすらかな寝息を立て始めた。


「……すべての憂いも、今日までですわ。ふふっ、馬鹿なお嬢様。その睡眠薬は強力なんですよ。明日の朝までは絶対に目が覚めません。そして、明日の朝までにはあなたはバラバラになって、学園の山に埋められるんですよ」


なめらかなアリアお嬢様の頬をつつきながら、弑逆的な気分になって、私は聞こえているはずのないお嬢様に語りかけた。


「そう。馬鹿なのは、殿下たちも同じ。水をかけたり、階段から突き落としたりしたのは、ぜんぶ私なのに、まんまとお嬢様だと思い込んで、婚約破棄だなんて……!おかげで、お嬢様は寮にひきこもり、しばらくしたら実家に帰るっと」


眼鏡をとり、顔にかいたそばかすをぬぐい、かわりに濃い目のメイクをする。

毎日お嬢様にしてきたものだから、お嬢様そっくりにメイクするのは簡単だ。

なぜなら、私たちは………、




「嘘でしょ!?アリア様、そっくり!」


知らない声が部屋で聞こえ、ばっと振り返る。

するとさっきまでお嬢様がいた位置にいるのは、……聖女ティア!?


「な……!どうやって、この部屋に入ったの?」


「どうやってって、あなたと一緒に入ったに決まっているじゃない。ね、メアリ?」


目の前で、ティアの姿がゆらぎ、一瞬後にはお嬢様の顔に変わる。


「びっくりしたー?聖女チート、変化の術です!短時間なら、他の人になりすませる幻惑魔法なの。で、ね。メアリ。聖女チートって、他にもいっぱいあるんだけど、そのうちのひとつはね」


またたくまにお嬢様の顔から、元のティアの顔に戻った「ティア」は、にやにや笑いながら、私のほうへ歩いてくる。

そして、目の前でたちどまり、私の目を覗き込むようにして、言った。


「他人のオーラが見えるの。だから、昨日、あなたと目があったとき、アリア様じゃないって気づいたんだよ。だってアリア様のオーラは清廉な深いブルー。あの時の女のオーラは、よどんだ沼みたいな色だった。そう、今日の生徒会室にいた忠実なメイドみたいにね」


「カモミールのお茶から、睡眠薬が検出されました」


公爵家令息のベリー様が、部屋の手洗い場から出てきて告げる。

続いて、王子と取り巻きの男たちがぞろぞろと出てきた。

そして、王子にかばわれつつ、最後に出てきたのは。

顔を蒼白にした、アリアお嬢様。


「メアリ……、どうして?」


そういうことか。

私は、罠にかけられたのか。


10年近くも、綿密に練ってきた計画だったのに、うまくいくと確証したのに。

こんなにもあっさりと敗れるなんて。


先ほど手洗いにいった隙にでも、お嬢様とティアは入れ替わったのか。

つまり、最初から……、王子とお嬢様の婚約破棄も、演技だったのか。


「どうして、ね。見てわからない?私たち、そっくりでしょう?」


もういい。

なにもかも、終わりだ。

ならば、すべてバラしてやろう。


私は腹をきめて、お嬢様に笑いかける。

お嬢様は、顔をひきつらせた。


「え、ええ……。そうね。あなたがそんなにわたくしにそっくりだなんて、知らなかったわ。あなたは初めて会った時から、ずっとその眼鏡をしていたから」


「そうですね、そばかすもあるし、前髪も長くして、顔が見えにくくしていました。なぜだかわかります?私が、あなたの妹だからです。私の父は、あなたの父と同一人物。私たちは、腹違いの姉妹なんです」


「そんな……、まさか、お父様が」


お嬢様は、ショックを受けたかのように、息をのんだ。

だいじょうぶですか?まだまだ序の口ですよ?


「私の母は、あなたの家に勤めるメイドでした。婚約者もいたのに、無理やり父に襲われ、子どもができたからと解雇されました。実家に帰っても、もちろん婚約は破棄。結婚もせずに子供をうんだ女だと周囲からは笑われ、家族からは疎まれ、私が6歳のとき、首をつりました。そして、私はあなたの家に身を寄せることになったのです」


信じたくないというように、アリアお嬢様は首をふる。

ならばもっと、信じたくないような話を聞かせてあげましょう。


「初めてお父様にあったとき、お父様は私の顔を見ていいました。アリアにそっくりだ。使えるな、と。そして私には普段は目立たないようにこの眼鏡をし、髪を黒く染め、そばかすを顔にかくよう命じました。そのうえで、私にあなたと同じような教育をひそかに与えていたのです。なぜだか、わかりますか?」


私は、アリアお嬢様をにらんで叫んだ。


「私が、スペアだからです!王子の婚約者であるあなたの。もしあなたになにかあれば、王子との縁もなくなる。その保険として、私をあなたの身代わりになりうるものとして、育てたのです!」


アリアお嬢様は、もう言葉もない。

もともと侯爵が冷たい男だというのは知っていただろうが、自分のことも完全に手ごまだと切り捨てていたとは思っていなかったのだろう。

あの男にとっては、アリアお嬢様もまた、替えのきく駒にすぎなかったのに。


「初め、私はいきどおりました。このような生き方を押し付けられて、憎みました。けれど、ふと思ったのです。あなたになにかがあれば、私があなたになれるのだと。侯爵令嬢アリアになれるのだと。……期待がうまれるのは、しかたないでしょう?あなたになにかが起こることを期待するのも、しかたないでしょう?」


アリアお嬢様は、がたがた震えている。

それを抱きしめる王子は、アリアお嬢様を気遣いながら、私のことも気の毒そうに見ていた。


「計算違いだったのは、王子とアリアお嬢様の仲がよかったことです。素直にいえなくても、お互いを想いあっているのは明らかでした。私はたびたび間に入ってふたりの仲を邪魔しながら、このままでは私がアリアお嬢様と入れ替わっても、すぐ見破られると思いました。そして、今回のことを計画したのです」


しゃべりすぎだな。

喉がかわいた。


「王子とお嬢様の婚約は、王家の契約。王子の一存で破棄できるものではありません。きちんと調べれば、アリアお嬢様にはアリバイがあるように注意しておきましたら、聖女へのいじめをした疑いなど、簡単にはらせます。王家は謝罪し、二人は結婚することになるでしょう。けれどこんなことがあれば、結婚後アリアお嬢様が王子を避けても、前と態度が違っても、王子は”アリアお嬢様”が別人だと疑うこともない。あの父は、アリアお嬢様が死ねば、私と王子を結婚させるために、真実に気づいても口をつぐむ。今日、お嬢様を殺して死体を隠せば、私がお嬢様になりかわれる。そう思ったんですけどね」


私はエプロンのポケットに隠していた瓶を取り出し、一気にあおった。

喉がやけるような痛みと、心臓をつかまれるような痛みが一気に襲い掛かる。


「毒か!」


「し……なせて、ください。このさき……いきてなど…いたくな…」


倒れた私にかけよってきたのは、王子のご学友のイグナス様か。

私を抱き上げ、毒をはかせようとする彼に、やけた喉で必死

に訴える。

なのに。


「はい、解毒ー!」


ティアののんきそうな声がし、直後、痛みが言えた。

解毒……?


「死なせてくれと!言ったじゃない!!」


「いやだって、そんな希望叶える義理ないですし。自分は人の命を勝手に奪おうとしておいて、命を救われたら自分の希望が通らなかったって怒るって図々しすぎじゃない?」


「お前になにがわかる……!」


しれっとした顔で言う聖女に、いらだちが募る。

子どものころからずっと報われず、愛されず、生きてきた。

この先だって、アリアのスペアとして生きていくだけ。

よその家で働くこともできず、結婚もできない。


アリアになりかわることだけが、希望だった。

そのために、危険だとわかっていてこの賭けにでたのだ。

失敗したなら死ぬ、それが私のささやかな未来の希望だったのに……!


目の前には、ふわふわした印象の聖女。

無邪気な顔で、私のささやかな夢をすりつぶす。

こんなにかわいらしく、聖女という力ももち、誰からも愛されて。

恵まれるばかりの人間に、私の夢がつぶされるなんて……!


「わからないよ。でも、あなたが死ぬのも違うと思う。……とりあえず、死ぬのは延期しなよ。どうしてもっていうなら、あなたとアリア様の父親の侯爵、殴ってからでもよくない?」


「は……?」


「元凶、そいつだよね?今のところ、あなたがしたことの損害って私しか被っていないし、さっき聖女チートで、あなたがこれから誰かに故意に害を与えるの、禁じちゃったんだよね。ベリーが、法律的にも裁きがでるまではそれで拘束扱いとみなされるっていうからさぁ」


ごめんね、と軽く謝りながら、聖女がとんでもない発言をした。


「馬鹿な……」


「あー、信じられないなら、ちょっと私を殴ってみて」


この信じられない聖女を殴っていいというなら、殴らせてもらおう。

そう思って、全力でこぶしをふりかぶり、


「な、殴れない?」


なぜか手が途中で動かなくなる。

何度挑戦しても、だめだ。


「ね」


聖女ティアは嬉しそうに胸をそらす。


「というか、これでは父も殴れないのでは……」


なんだか馬鹿馬鹿しくなってつぶやくと、ティアは「あ!」とあわてていた。




------------------------------------------------------------------------


「王子ー。後片付け、ありがと!」


あれから1週間。

まるっと丸投げしたあれこれが片付いたってきいたので、生徒会室に顔をだした。


「やぁ、ティア嬢。その節は、世話になった」


王子は、立ち上がって頭をさげる。

王族に頭をさげされるのって、恐縮するわ。

この場にいるのは、イケメン5だけだけどね。


「アリア様にもお礼をいただきました。殿下も、侯爵家に婿入りじゃなくてよかったですね。アリア様も卒業後すぐ結婚して、家をでるんですよね?ぶっとび義父と、距離おけますね!」


「アリアの立場も悪くなるのでおおやけにはしていないが、父たちには知らせた。侯爵が重用されることはないだろう」


「まぁ、いくら腹違いの妹とはいえ、王子の婚約者をスペアで間に合わせることを考えていたとか不敬ですもんね」


「そもそものメアリへの対応へもお怒りだったぞ。……メアリのことは、残念だったが」


王子は、辛そうにいう。

あんなことしたメアリに同情してるんだな。

まぁ、私も、あの話を聞いたから同情的ですけど。

大した被害もなかったしね。


いちばん気がかりだったのは、アリア様がどう思うかだったんだけど、アリア様もメアリに同情的だった。

あの侯爵、そもそもアリア様にも冷たかったみたいだし、父のやらかし具合のほうに怒りがいってたようだ。


メアリに対してはふたごころあったとはいえ、ふだんはよく仕えてくれていたし、10年ちかくずっとそばにいたからか、親愛の気持ちがあるみたい。

「わたくしだって、逆の立場なら……。そう考えると、怒れないのよ」だって。

いい子だ。


とはいえ、聖女を階段からつきおとしたり、バケツなげたり、侯爵令嬢に対しては、殺人未遂だからね。

罰として、国外追放することになった。


さすがに国外を女性一人で旅するなら「他人に害を与えられない」という戒めはヤバ過ぎるから解呪しようと思ったんだけど、メアリに断られた。

それが自分への罰だって。


ふっきれたみたいにいい笑顔してたので、こっそり祝福かけといたから、今頃無事に新天地にたどり着いているんじゃないだろうか。


って伝えると、王子は心の底からほっとしたように笑う。


「ほんとうに、ティア嬢には世話になったな。なにか、礼がしたいのだが」


「なら、イグナス様とデートさせてください!」


食い気味に言うと、イグナス様が「なっ!あなたはなんてことを!」とか言いながら、顔を赤くする。

王子は不思議そうに、


「いや、それは礼っていうか、勝手にすればいいだろ」


「だって、イグナス様が、王子のそばを離れたくないっていうからー」


「誤解を招くような言い方をしないでください!私は護衛としての立場もあるからと」


真っ赤になって、イグナス様が言う。

王子は、ひらひらと手を振って、言った。


「あー、わかった。イグナス、仕事だ。ティア嬢とデートしてこい」


「やった!さすが王子!大物!」


「わ、私はまだ了承するとは……」


王子の許可をもらったので、ごちゃごちゃいうイグナス様を無視して、腕にだきついた。

やった!

デートだ!デートだ!


「イグナス様は、どこに行きたいですか?やっぱりケーキ屋さん?」


うきうきと問うと、イグナス様はあきらめたように溜息をついて、


「ほんと、あなたにはかないませんよ。あなたの好きな場所でいいですよ。初めてのデートなんですから、エスコートくらいさせてください」


そういって、私に手を指し伸ばしてくれたから。

うきゃあああああああああああああああああってなって、私は、顔を真っ赤にして、その手をとった。


それ以来、私たちが何度もデートして、付き合うことになるのは、そう遠い未来じゃなかった。





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