芹羽の好きな曲
芹羽の好きな曲の傾向。高一の頃。
春海が屋上の鍵を壊す前の話。
旧校舎の三階、旧生徒会室脇に更に上へ続く階段がある。
昼休み、颯はアコースティックギターのケースを背に負って、そこを上る。
入学してすぐ、校内で人気が少ないところを探していたところ、見つけたのだ。
屋上へ続く階段、上りつめたそこにはちょっとしたスペースがあるが、物置と化していて満足な広さは感じられない。屋上へのドアも鍵が掛かっていて、外にも出られなかった。
だが、階段の最上段に腰かければさほど不便でもない。人がいないだけで充分だった。
踊り場に差しかかって上を見れば、最上段に腰掛けた女子生徒がいた。
短いスカートから出た膝小僧が頼りなくて、細い。下着が見えそうで見えない――女子ってうまく座るよな、とぼんやり颯は思う。見えそうなら反射的に見るが、どうも色気は感じなかった。
颯は、今、年上の女性に恋をしている。
だから、どんな美人で人気あると言われる生徒であっても、一切の興味が感じられないのだった。同じ制服を着て流行りの化粧や髪型をする女子たちはどれもこれも同じに見えた。
まして、今そこにいるのは変な女、である。
「あ、颯」
女子生徒が階段を上ってくる颯に気づいて手を振った。
「……春海は?」
訊くともなしに訊きながら、数段下に座り、ギターケースを肩から外す。
「……いつもセットみたいに言わないでよ」
「ちがわないだろ」
「そうでもないけどな。……お弁当だけだと足りないからって、購買にパン買いに行った」
「やっぱセットじゃねえか」
芹羽、という名前の女子生徒は同級生だった。名字は――なんだったか。春海がいつも下の名で呼ぶから、颯は芹羽の名字を思い出せない。
最初は路上で出会った。
颯が毎週歌っている駅前に、通ってくるようになった。
同じクラスの春海の幼馴染みだという。学校でも会えば声をかけてくるし、いつの間にか、この旧校舎にも来るようになっていた。
潔く切られた襟足からうなじが覗く短い髪に、ぞんざいな口調。
春海と付き合っているわけではないようでどちらかというと兄弟のようにも見える。同中出身の春海やほかの男子生徒の間に違和感なく混じりこんでいるからか、いつも春海と一緒にいるからか、女子生徒の友人は多くないようだった。
かと言って変な媚びや色気がないからか、悪目立ちする方でもなくて風景に埋没しているというか、特に女子生徒たちから目の敵にされているわけでもないようだった。
――まあ、颯はその辺りどうであっても関係がない、と思っている。
簡単に言えば興味がなかった。
芹羽は会うたびに「歌って」と言う。
純粋に音楽が好きなようだった。
芹羽自体に興味はないが、自分の歌を「好きだ」と言われるのは嬉しくないわけではない。
颯がケースからギターを取り出すのを見ると、芹羽は制服のポケットからスマートフォンを取り出して操作した。
「……なんか、きいてたのか」
「ああ……うん。聴く?」
コードがなかったから気づかなかったが、ワイヤレスのイヤホンで音楽を聴いていたようだった。襟足は短いが、少しだけ伸びた髪をサラリと耳にかけて、小さく「……あ」と漏らす。
「片方、春海がつけてったままだ」
どうやらパンを買いに行く前は片方ずつイヤホンをつけて何か聴いていたようだ。――これで付き合ってない、というのが颯には理解できない。
「いや、いいよ。別に。何きいてたのかと思っただけだから」
「うん。感エロ」
「……ふぅん」
ポップスよりもロックが好きらしい。
エロ、とか恥ずかしげもなく口にするのか、と颯はやっぱり「変な女」と心の内で思うが口に出すのも面倒なので黙って頷いただけだった。
歌いながら、颯は思い出す。
今まで芹羽が好きだと言ったのはバンドが多い。
最初に訊いた時、芹羽は困ったように苦笑した。その顔は覚えている。「……有名なのしか聴いてない」と言った。別に何も求めてない。ただ訊いただけだ。会うたび何か聴いているから、ついなんとなく尋ねている。
――なんだったっけ、な?
そう、確か。
「……今? ストレイテナー」だったり。
「ワンオク、やばい」だったり。
「今日は、フォーリミ」だったり。
「ハロスリの気分」だったり。
「ビレッジ……すき」だったり。
「結構、ミセス」だったり。
「マイヘア……いいなぁ」だったり。
「バーンアウトの、歌詞」だったり。
「やっぱ、モンパチでしょ」だったり。
結構、振り幅あるな、という印象。傾向は、あるような気はするが。
まあ、嫌いじゃない、と颯は思う。
歌う背中に、芹羽の溜め息を聞く。
「……でもさあ、颯の曲がいいよ、私は」
囁きは、颯の歌声に紛れて消えた。




