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歌う君短編集  作者:
2/7

屋上の思い出


 はじめまして、こんにちは。

 めずらしい、お客さまですね。

 わたしなんかのお話をききたいなんて。

 わたしに話しかけた人は、何年ぶりでしょう。うれしいこと。

 もう、存在さえ忘れられかけているのです。




 ……ええ、はい、そうでしたね。この屋上の、お話でしたね。

 ええ、見ていましたから、知っています。

 いいですよ、お話ししましょう。




 あれは――そう、一年半くらい前のことでしょうか。

 まだ、初夏といっていいくらいのころあいでした。

 学年章は一年生のものでしたから、当時一年生だったことはまちがいありません。

 彼らは――男子生徒がふたり、女子生徒がひとり、でした――久しく人が出入りしていなかった、この屋上にやってきました。




 彼らは鍵の閉まった屋上のドアノブをガチャガチャと回し、どうにかして外に出られないかと思っているようでした。


「ダメだよ、春海。鍵かかってる」


 女子生徒が一番背の高い男子生徒に残念そうに言いました。

 背の高い男子生徒が、うぅん、とうなりました。


「えー。でも、屋上出たいよなぁ」


 すると、小柄な男子生徒がすばらしく印象的な声で、つぶやきます。


「……自由に歌えるとこ、ほしいんだよ」


 女子生徒は当然だ、とでも言うように同意しました。


「だよね」


 背の高い男子生徒がうーん、とうなった後、ぴん、と指を立てます。

 にやり、とその口元が笑いました。


 ……わたしは知っています。経験上、こういう「にやり」にろくなことはありません。こういう笑い方は、乱暴ないたずらっ子がきまってするものです。そういうことの後にはわたしのお腹あたりに風穴があくことなど、しばしばありました。……おお、おそろしい。


「……蹴れば開くんじゃね?」


 言うが早いか、背の高い男子生徒はガツンとドアを蹴りました。

 バキン、と音がして、屋上ドアの鍵は簡単に壊れました。……ああ。


「な?」

「おー」


 得意そうに笑う男子生徒に、残りのふたりは拍手を送ります。

 バーン、と開け放つには建てつけの悪い、老朽化したドアはギギギと音を立ててなんとか開きました。

 薄暗かった階段に、明るく光がさします。

 わたしも照らされて、緑色の皮膚がいくらか血色良く見えることでしょう。


「わあ。いい天気!」


 外から女子生徒の弾むような声がきこえます。

 壊されたドアの鍵にはかわいそうなことをしましたが、楽しそうな声をきけばやはりわたしの気持ちも浮き立ちます。……そう、もう何年もここでひっそりと、人が来ることも、だれかをよろこばせることもなく、ただひとりで、立っていたのです。幸い、お腹に穴があくような事態からはまぬがれたようですし。


「颯、歌ってよ!」


 わくわくした女子生徒の声が催促します。


 ――うた。


 それは、もしかして、音楽、というものですか?

 ……ああ、何年もきいていなかった、心浮き立つもの。

 旧校舎が使われなくなって、屋上のドアが閉ざされると、ここはひっそりとしてしまい、授業中や部活中の音楽も、届かなくなってしまっていました。

 ……それが、きけるなんて。


 最初、調子っぱずれなおかしな音はしましたが、男子生徒が歌い出すと、それも気にならなくなりました。


 ……なんて、すてきな声!


 ヘンな歌詞ではありますが、それもどうでもよくなります。

 こんなに良い声の持ち主は数年に一度しかあらわれません。ましてやわたしに歌をきかせてくれる人なんて。


 男子生徒は数曲歌ってくれました。

 ここ数年途絶えていた、楽しいひとときでした。


「ねぇ、ここ、ちょっと見えにくくしとこうよ」


 昼休みが終わりに近づいて、彼らは教室に戻ることにしたようです。

 壊した鍵が気になるのか、女子生徒がそう言いました。


「じゃあ、コレ、少し動かしとくか」


 あっ……!


 背の高い男子生徒にわたしは抱きつかれます。

 ちょ、やめてください、やさしくして。

 でも、またあの歌声をきかせてくれるなら、そう、少しぐらいがまんしますよ……。

 だから、また、あの歌をきかせてくださいね……。





◇◇◇





「……っていう夢をさー、この間見ちゃってから、このゴジラ? が可愛く見えてさあ……」


 鷺本は、あの時その場にいなかったはずなのに、まるで見てきたかのように語った。ゴジラの出来損ないの緑色をした怪獣を愛しそうにそっと撫でる。


「せつないよな……、こいつとももうすぐお別れなんだぜ……?」


 心なしか、目に涙まで浮かべてる。まじか。


「鷺本、想像力豊かだなぁ……」


 俺は、妙に感心してついそう呟いた。そういや、屋上ドアの鍵壊したの、俺だったな、とちょっと懐かしくなった。

 旧校舎はあと三カ月くらいで取り壊し工事が始まる。四月からは出入りも禁止になってしまう。ここにあるガラクタたちも、校舎と一緒におさらばなんだなあ、と思うと、なんだか鷺本の感傷がうつったみたいに、俺も少しだけ寂しくなった。

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