屋上の思い出
はじめまして、こんにちは。
めずらしい、お客さまですね。
わたしなんかのお話をききたいなんて。
わたしに話しかけた人は、何年ぶりでしょう。うれしいこと。
もう、存在さえ忘れられかけているのです。
……ええ、はい、そうでしたね。この屋上の、お話でしたね。
ええ、見ていましたから、知っています。
いいですよ、お話ししましょう。
あれは――そう、一年半くらい前のことでしょうか。
まだ、初夏といっていいくらいのころあいでした。
学年章は一年生のものでしたから、当時一年生だったことはまちがいありません。
彼らは――男子生徒がふたり、女子生徒がひとり、でした――久しく人が出入りしていなかった、この屋上にやってきました。
彼らは鍵の閉まった屋上のドアノブをガチャガチャと回し、どうにかして外に出られないかと思っているようでした。
「ダメだよ、春海。鍵かかってる」
女子生徒が一番背の高い男子生徒に残念そうに言いました。
背の高い男子生徒が、うぅん、とうなりました。
「えー。でも、屋上出たいよなぁ」
すると、小柄な男子生徒がすばらしく印象的な声で、つぶやきます。
「……自由に歌えるとこ、ほしいんだよ」
女子生徒は当然だ、とでも言うように同意しました。
「だよね」
背の高い男子生徒がうーん、とうなった後、ぴん、と指を立てます。
にやり、とその口元が笑いました。
……わたしは知っています。経験上、こういう「にやり」にろくなことはありません。こういう笑い方は、乱暴ないたずらっ子がきまってするものです。そういうことの後にはわたしのお腹あたりに風穴があくことなど、しばしばありました。……おお、おそろしい。
「……蹴れば開くんじゃね?」
言うが早いか、背の高い男子生徒はガツンとドアを蹴りました。
バキン、と音がして、屋上ドアの鍵は簡単に壊れました。……ああ。
「な?」
「おー」
得意そうに笑う男子生徒に、残りのふたりは拍手を送ります。
バーン、と開け放つには建てつけの悪い、老朽化したドアはギギギと音を立ててなんとか開きました。
薄暗かった階段に、明るく光がさします。
わたしも照らされて、緑色の皮膚がいくらか血色良く見えることでしょう。
「わあ。いい天気!」
外から女子生徒の弾むような声がきこえます。
壊されたドアの鍵にはかわいそうなことをしましたが、楽しそうな声をきけばやはりわたしの気持ちも浮き立ちます。……そう、もう何年もここでひっそりと、人が来ることも、だれかをよろこばせることもなく、ただひとりで、立っていたのです。幸い、お腹に穴があくような事態からはまぬがれたようですし。
「颯、歌ってよ!」
わくわくした女子生徒の声が催促します。
――うた。
それは、もしかして、音楽、というものですか?
……ああ、何年もきいていなかった、心浮き立つもの。
旧校舎が使われなくなって、屋上のドアが閉ざされると、ここはひっそりとしてしまい、授業中や部活中の音楽も、届かなくなってしまっていました。
……それが、きけるなんて。
最初、調子っぱずれなおかしな音はしましたが、男子生徒が歌い出すと、それも気にならなくなりました。
……なんて、すてきな声!
ヘンな歌詞ではありますが、それもどうでもよくなります。
こんなに良い声の持ち主は数年に一度しかあらわれません。ましてやわたしに歌をきかせてくれる人なんて。
男子生徒は数曲歌ってくれました。
ここ数年途絶えていた、楽しいひとときでした。
「ねぇ、ここ、ちょっと見えにくくしとこうよ」
昼休みが終わりに近づいて、彼らは教室に戻ることにしたようです。
壊した鍵が気になるのか、女子生徒がそう言いました。
「じゃあ、コレ、少し動かしとくか」
あっ……!
背の高い男子生徒にわたしは抱きつかれます。
ちょ、やめてください、やさしくして。
でも、またあの歌声をきかせてくれるなら、そう、少しぐらいがまんしますよ……。
だから、また、あの歌をきかせてくださいね……。
◇◇◇
「……っていう夢をさー、この間見ちゃってから、このゴジラ? が可愛く見えてさあ……」
鷺本は、あの時その場にいなかったはずなのに、まるで見てきたかのように語った。ゴジラの出来損ないの緑色をした怪獣を愛しそうにそっと撫でる。
「せつないよな……、こいつとももうすぐお別れなんだぜ……?」
心なしか、目に涙まで浮かべてる。まじか。
「鷺本、想像力豊かだなぁ……」
俺は、妙に感心してついそう呟いた。そういや、屋上ドアの鍵壊したの、俺だったな、とちょっと懐かしくなった。
旧校舎はあと三カ月くらいで取り壊し工事が始まる。四月からは出入りも禁止になってしまう。ここにあるガラクタたちも、校舎と一緒におさらばなんだなあ、と思うと、なんだか鷺本の感傷がうつったみたいに、俺も少しだけ寂しくなった。




