第3話 シンボル
俺の朝は早い。登校日は6時に目を覚まし、顔を洗って朝ごはんやトイレや歯磨きを済ませて7時には家を出る。俺の家から学校までは自転車で40分ほどかかるので単純計算で7時40分に学校に着くことになる。ちなみに朝のホームルームの開始時間は8時30分だ。
では何故そんなに早く登校するのか。答えは簡単、道のりに障害物が多いからだ。
俺にとっての障害物とはつまり女性に他ならない。道ですれ違うだけでは気絶まではいかないが、やっぱり恐いものは恐いので出来るだけ避けて走る。そうこうしてる内に正しいルートから逸れて回り道に次ぐ回り道だ。なので俺は多少遅れても間に合うように早めに家を出ることにした。
ちなみに電車はあり得ない、何十匹ものライオンと同じ檻に入れられているのと同じだからだ。
そんな訳で早めに出てきた訳なのだが、どういう訳かほとんど全く女性と出くわさなかった。昨日の下校時もそうだったのだがこの辺はあまり女性が住んでいないのだろうか。そんな地域ある?
何はともあれ現在時刻は7時40分、速すぎた。流石にまだ誰もいないだろうと教室の扉を開くと
「あっ、灯夜!時間割伝えるの忘れてた!ホントにすまん!!」
教室に入るなりいきなり那月が謝って来た。
「え.....あ......」
那月以外にはまだ誰もいないようだ。そりゃあこんな時間だからな。
「いやー、ほんと何しに行ったんだって感じだよな。なんか新年度早々友達が出来て舞い上がっちゃってさ!申し訳ない!オレの教科書見せてあげるから許してくれぃ」
「..........」
「うん?どうした灯夜、黙りこくって。お腹でもいたいのか?それとももしかして怒ってる.....?ごめん、ごめんなさい、申し訳ありません!!オレが悪かったです!!どうか俺を許していただけないでしょうかぁ!!」
違うんだ那月。俺は別に怒ってる訳じゃあ無いんだ。わざわざ俺のために時間割を教えてくれようと残ってくれたお前に対して怒りなんて感情が出てくるもんかよ、ただ俺がいま感じている感情といえばそれは
「あばばばばばばばばばばばばばば」
恐怖だ。
「あれぇ!?もしかして灯夜まだオレのこと怖くなっちゃう感じなのか!?」
当たり前だ!昨日の今日でそう簡単に慣れるものかよ!こっちはもうお前の股間の感触も忘れてしまったんだ!
「と、とりあえず離れてくれ、.....10mほど」
「それはもう教室から出ちゃうよ!?」
流石に廊下に出ろとは言えなかったので教卓のあたりまで離れてもらった。ちなみに俺の席は一番後ろの席である。
「でもホームルーム始まったら近づいちゃうよ、だって隣の席だもん」
そういえばそうだった。
「だ、大丈夫だ徐々に慣らしていくから。」
落ち着け俺、昨日はあんなに接近しても大丈夫だったじゃないか。大丈夫だ。那月は男、那月は男、那月は男、
「ナツキハオトコ、ナツキハオトコ、ナツキハオトコ.....よし、あと二歩前に来ていいぞ。」
「あ、まだ二歩だけなんだね」
「ナツキハオトコ、ナツキハオトコ.....那月も復唱してくれ」
「えっ!?.....オレは男、オレは男、オレは男.....」
「よし、もう二歩前に来てくれ」
「地道な道のりだなあ、いーち、にーい」
「あっ、いまちょっと動いたろ!」
「え、だるまさんがころんだ方式なの?」
「少しでも不審な動きを見せたら容赦なく撃つからな!」
「あ、というか立てこもり犯に近いのね?オレが警察で灯夜が籠城する側ね?」
「よ、よし。じゃあ次は、那月にはおちんちんがある、那月にはおちんちんがある.....復唱してくれ」
「ええっ!?やだよ!!」
「何故だ!?まさかお前本当はやっぱり女の子なんだな!?昨日のあれは俺を騙すためにとっさに股間にソーセージとうずらの卵を仕込んでいたんだろ!!」
「オレは生鮮食品売り場で万引きでもしてたのか?」
「男ならば、ちんちんが生えてるならば何も問題ないだろう!さあ、言ってくれ、那月!!」
「えぇ.....だって、恥ずかしいし.....//」
「なんでそこで照れるんだああああ!男ってのは下ネタ言わないと生きていけない生物だろうがああああ」
「それは偏見が過ぎると思うよ」
「とにかく、俺はお前の口から宣言してもらわないと安心できないんだ!頼む、お前の口から『おちんちんはありまぁす!』って宣言してくれ!」
「そんなSTAP細胞みたいに言われても。.....お、おちんちんはあります」
「もっと元気よく!」
「お、おちんちんはあります!」
「もっと高らかに自信を持って!!」
「おちんちんは、ありまぁす!!」
「よし!三歩前へ」
「もう、なんてこと言わせるんだよ!」
これで机を挟んですぐ隣のところまで那月が来た。よ、よし、後は隣に座らせるだけだ。
「ふぅ.....よ、よし、あと少し、あと少しだ.....じ、じゃあ最後に、あとひとつだけ.....」
「まだあるのか.....」
「おちんちんを揉ませてくれ」
「結局揉むのかよッ!!」
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「疑って済まなかった、やっぱり那月は男だったよ」
「ハァ、ハァ、さっきの恥ずかしい宣言はいったい何だったんだよ.....」
「そんなことより那月はいつもこんな早い時間に登校してるのか?」
「軽く流さないで欲しいんだけど.....まあいいや。いつも早い訳じゃないんだけど、新学期はなんか楽しくなっちゃってさ!ついつい早起きして学校に来ちゃうんだよね!」
なんだお前は、希望に満ち溢れた奴か。
「灯夜こそ早いじゃないか、どうしたんだ?」
「あー、どうやら前世がニワトリみたいでな」
「さっさと出荷されてしまえ」
そうこうしてる内に続々とクラスメイト達が登校してきた。だがそこに男の娘の姿は見当たらない。
「なあ、このクラスにいるっていう他の男の娘はどうしたんだ?」
「あー、たいちゃんは多分寝坊したのか単純にサボりかも知れないね。あの子は結構いい加減なところがあるから。燐蔵はしばらく任務があるから来れないって言ってた」
「え、任務?」
「そう、任務。燐蔵は忍者だから」
「はぁ!?忍者!?」
「いやあオレも最初は驚いたけどマジで忍者みたいなんだよね~。もし登校してきたら忍法みせて貰いなよ、火とか吹けるよ!」
忍者って本当にいるのか.....!?にわかには信じがたいところだが那月が嘘をいうとも思えないしなあ。まあ本人に直接会ったときに確かめてみることとしよう。とはいえそいつも男の娘なんだよな、それだけでも精一杯なのにさらに忍者だとか言われたら対処できる自信がない。
「まあ燐蔵もたいちゃんも良い奴だからな!なんとかなるさ!」
忍者もそうだが、もう一人の奴も遅刻やサボりの常習犯みたいな口振りだったし本当に良い奴かどうかは疑問なところではあるのだが、ここで考えたところでどうしようもないことか。
「まあいきなり3人の男の娘と会うのもキャパオーバーしそうだしな、そういう意味ではありがたいといえばありがたい」
「だからオレは男の娘に含めないで欲しいんだけど.....」
などと話していたら始業のチャイムが鳴った。
「よーしみんな席に付けー」
結局時間割を聞いて無かったがどうやら一時間目は数学らしい。最初だからかも知れないが授業のレベルはどうにか着いていけそうで一安心だ。
隣の席の那月も真面目に授業を受けている。案外優等生なのかもしれない。しかし、横からみても美少女だなこいつ、鼻筋まで整ってやがる。なんならちょっと良い匂いまでするじゃねえか!
隣が気になって仕方なかったものの、授業はつつがなく進行していき3時間目が終わった頃、俺はトイレに行きたくなった。
「トイレはどっちにあるんだ?」
「あ、トイレならオレも行こうと思ってたんだよ、連れションしよう連れション!」
「ちんちんは恥ずかしがる癖に連れションは平気なのか」
「ええー、だって、ち、ちんちんはエロい単語だけど連れションは排泄行為だから」
ちんちんも排泄行為のための棒だと思うんだけど。
「それに、連れションってなんか友達って感じがするだろ?」
うーむ、まあ仲良くない奴とは連れションしないわな。
「ここがトイレだよ」
トイレについてはわざわざ語るほどでも無いだろう。廊下の端っこの方にごく一般的な男子トイレと女子トイレが作られていた。
「って女子トイレ!?」
普段目にするものとなんら変わりの無いトイレが故にスルーするところだったが、変わらないことがおかしいのだ。なぜならここは男子校だから!
「なんで女子トイレが男子校にあるんだ!?」
「ここは正確には女子トイレじゃなくてジェンダーレストイレなんだけどね、うちは性的マイノリティな生徒が多いからトイレも分けようってことで理事長が作ったんだよ。」
そうだよな、男の娘と男子が一緒のトイレを使ったらお互いに色々な問題があるもんな。流石だぜ理事長!
「じゃあトイレトイレっと」
そう言って迷いなく男子トイレの方に入ろうとする那月
「待て待てい!お前はあっちのトイレじゃないのか!」
「なんでさ!オレは正真正銘ただのジェントルマンだぞ!」
そういえばこいつは見た目が可愛いだけなんだったな。可愛すぎて忘れるところだった。
「連れションするって言っただろ、さあ連れションだ!」
そんなに意気込んでやることかな連れションって。並んで用を足すだけだぞ。
.....でも、隣に那月がいるってことは隣に那月のちんちんもあるってことだよな。ほんとうに生えてるんだよな?俺が握ったあの感触は確かに本物だったのか、こいつが本当に男なのかついに証明される時が来た!
「なあ那月、ちんちんを見せてくれないか」
「はあ!?」
「頼む、この通りだ!」
「いや、いやいやいや改まって頼まれても嫌だよ!変態みたいじゃないか!」
「ええー、でもトイレだからチンチンの見せあいっこぐらい普通やるって」
「そうなのか.....?いや、やらないだろ!大体見るとしたら人がおしっこしてる時にチラッと覗き見るもんじゃないかなぁ!見せてくれって言われちゃうともう意味合いが違ってきちゃうじゃん!」
「じゃあ覗き見るから!さあ、俺のことは気にせずやってくれ!」
「宣言しちゃうとアウトなんだってば!」
「全くもう注文が多い」
「なんでオレが悪いみたいになってるんだよ」
「でもそろそろしないと休み時間終わっちゃうぞ?」
「誰のせいだと思ってるんだ.....じゃあこうしよう、灯夜は最初向こうの方を向いててくれ。オレは普通におしっこするから、音が聞こえてきたらこっそり振り返って覗き見るんだ。いいな?」
「分かったそれでいこう」
「.....いや待って、音聞かれるのがそもそも恥ずかしくない?」
「なんだよ!音まで気にしてたらもうトイレできないだろ!」
「そうだけど改まって聞かれると思うと嫌なんだよ!」
「じゃあ分かった、俺が先におしっこするからそれをお前がガン見ガン聞きしててくれ!これでおあいこだ!」
「なんでオレが灯夜のおしっこ見てなきゃいけないのさ!!」
「ああもう分かったよ、じゃあもう同時にしよう!それなら文句無いだろう」
「しょうがないなあ!もうそれでいいよ!」
あれ?俺達はそもそも連れションしに来たんじゃなかったっけ。
「じゃあいっせーので出すからな!?行くぞ、いっせーの!」
「.....」
「あっ、ずるいぞ灯夜!裏切りやがったな!」
おおっ!これが見たくてたまらなかった那月のちんちん!!うむ、確かに彼の股から生えているな、本物だ!!どれ、もっと近くで見せておくれ!!
「バカぁ!そんなガン見すんなよお!ち、ちくしょう.....おしっこ.....止まんない.....!」
かくして作戦は遂行され、俺は那月が男であるということをこの眼でしっかりと確認した。男ではあったが、男らしくは無かった。現場からは以上です