凛々しい彼女
『クリプロ2018』参加作品です。
今日は12月9日、同期だけで忘年会兼同期会を開く予定。夜、いつもの居酒屋”青木屋”にくりだした。ここはリーズナブルな価格で料理の種類も多く、各自、好きな物を頼む。会計は合計を割り勘にする予定。つまり、たくさん食べ飲んだほうが得。
同期の気楽さもあり盛り上がる。営業は仕事が忙しくて、接待以外の場で飲む機会がないそうだ。酒のいきおいで上司への愚痴・不満がさく裂してる。料理の批評、からおいしいラーメン店の情報までと、話題はつきなかった。
僕が”総務部・皆のパシリ・落合 蓮”と、呼ばれてる事をその時、初めて知った。
確かにいろんな所へ、ヘルプという名目の”パシリ”をやってる。入社2年目だしいろいろと勉強すべき時期と思ってるから苦にはならないけど。
ウチの会社は、医療品メーカーで、営業は主に病院等を回る。同期7人のうち4人は営業で、後の2人は研究職。総務の仕事は好きだし、ないがしろにはしてないけれど、聞いていて他のメンバーと活躍ぶりは、すごいと思う反面、少し肩身が狭い気がした。
「蓮君、生ビール、おかわり注文ね」
僕のあこがれの女性、営業の春野 里奈さんが、ジョッキを渡しながら僕に頼んできた。俺も俺もと、ビール・料理の注文がまいこんでくる。まあしょうがない。戸口のそばに座ってるし、店の人に注文を伝え、空になった食器を渡す。
「蓮君、この間、ありがとうね。本当に助かったわ」
里奈ちゃんが、身を乗り出し僕の手を握った。キラキラした目がまぶしい。サラサラのロングヘアが僕の肩にかかる。ずっとこのままの距離でいたいけど、心臓がバクバクとうるさい。そんなつらい幸せの時間はそう続かなかった。2人の間をさくように、健介がわりこんできた。
「里奈っちは、大分抜けてるからな。っていうか大雑把。」
「うるさいなもう、健介は。」
は~~、この夫婦漫才のような仲の良さは営業同士だからだけだろうか。健介こと斎藤 健介君も、春野 里奈さんも、営業の次期ホープだそうだ。”恋人同士かも”って噂も。美男美女カップル誕生かな。
僕は告白前に、もう失恋確定っぽい。
里奈ちゃんがやらかした間違いというのは、書類で取引先の電話番号を、間違えたんだ。たった一つの間違いだけれど、契約書類であるし、しかも新規の契約先だったので、大変なミステイクだ。正式な契約時前にわかって良かった。
ある日、彼女が外回りに出る前、僕は、用事があって営業のセクションにきてたんだ。そして彼女のデスクの上にあった書類にミスがあるのに気が付いた。いやいや里奈ちゃんのデスクをガン見したわけじゃなく、偶然目に入っただけ。僕は総務だけれど、お得意様の名前・住所。電話番号くらいは、覚えてる。慌てて里奈ちゃんに教えた。ただその事は、彼女の上司にも同僚にも内緒にしてたはず。
「確かに大きなミスではありますが、金銭的にダメージを受けたわけじゃありませんし。でも、健介はどうして・・」
「知ってるのか?ってか、あはは。そりゃ、ライバルの行動は、注意して見て・・イテ!」
言い終わる前に、健介の背中に、里奈ちゃんのキックが入った。本当に痛いのか、じゃれあい?仲のいい事で。
「ミスは噂になる前に報告したわ。出発が少しだけ遅れた理由も納得してもらったしね。蓮にはもう一度、書類を見てもらった。他のミスはなかったんだけどね。」
そう、書類は完璧だった。ただ宛名とか日付の位置を直してみただけ。”セント・アンドレアス・ロンデロ記念病院”なんて長い名前のせいか、少しだけバランスが悪かったんだ。
営業セクションには、ヘルプで行く事が多いんだ。噂話も当然はいってくる。仕事はヘルプらしく、外回りの荷物持ちから、接待のオマケ。この間は、新入女子社員に、書類に張り付けるグラフの作り方を教えた。コピー機の紙詰まりで呼ばれた時には、ちょっと呆れた。この位、自分で覚えてほしい。
里奈ちゃんは、支社のなかで一番、美人と僕は思ってる。色が白く、目元すずやか。痩せていて背が高い。多分170cm弱くらいかな。クールビューティーって感じで、いつも姿勢がよく速足で歩く。自信満々というオーラはなく、淡々と仕事をこなすバリキャリという印象を受けた。一緒のセクションで仕事したかった気もするけど、やっぱり僕には営業は無理。
会も進み、みんなお酒がまわってきた。もちろん僕も飲んだけれど、会計係なので、そこそこの量にしておいた。
僕の横に、健介がグラスを持ってどっかり座った。あれ、だいぶ酔ってる。さっきも愚痴をこぼしてたけど、営業はストレス溜まるんだろうな。それとも、僕が里奈ちゃんを、何度も盗み見てた事がバレて、からみにきたとか。
「なあ、俺と同じ道場にかよわねえか?」
??なんの事だ?肩に回された手を、はがしながら、尋ねようとするも、健介は膝の上に倒れこんできた。
「もう駄目。飲みすぎた。蓮君、家まで送って。」
しょうがないな~もう酔っ払いは。今日は終わり次第、健介を送っていかないと。2次会にいくメンバーもいるだろし。
「そろそろ、撤収しますか。合計金額を出してもらいますね」
「蓮、あまり健介を甘えらかすな。こいつ、蟒蛇級の酒飲みのくせに、今日はあまり飲んでない。」
営業の早坂がいぶかしげに耳打ちする。何か健介に関して隠し事があるっぽいな。まあいい。里奈ちゃんは、コートとバッグを手にとり、帰り支度だ。戸口まできたけど、ああまだ、合計が出てないんだけど・・と謝る。
「健介、ふざけるのもいい加減になさい。蓮君、私の通ってる道場へ一緒に行きましょう。健介の処はコイツがいるからだめ」
と、猫の子を掴むように、服の後ろを掴み、僕の膝で沈没していた健介を、引きはがした。しかも、片手で。こういう一面があるのを、はじめて知った。
”ほらシャンとする”という彼女の声と一緒に、頬を叩く音が聞こえた。”張り手はやめて、大事な顔なのに”と健介がおどけてる。怒れる女神様なのだろうけど、僕と目があうと、菩薩さまのような柔らかい笑顔をかえしてくる。
「私と健介はね。空手道場に通ってるの。道場は違うけれどね。ね、それで連君、私と一緒の道場に通わない?体力つけるのにぴったりだし、力仕事で駆り出される事もあるんでしょ?」
そうなのだ。医療器具の運搬、資料の整理(USBにいれるだけで充分だと思うのだが)その他、力仕事は結構あった。
力は男子に必須。そして何より、里奈ちゃんと一緒の道場という点が、僕の心をガッシリとつかんだ。
「うん、でも、来年5月の株主総会が終わるまでは、仕事に集中したいかな。まだ、覚えないといけない事も多いし」
「連君は真面目なのね。今からでもいいから、営業に異動願いださない?そうしたらウチらも助かるし」
「そうそう、セクション一つに連君一人、貴重な戦力だよ」
「わ、それは名案だ。さっそく係長にそれとなく聞いてみようか」
「いえいえいえ、僕は、総務の仕事が大好きですし、まだ、半人前ですので、申し訳ないけど」
営業の4人が、がっかりする様子だけど、どうせ総務にいてもヘルプで呼ばれるんだから、同じことじゃないか。僕には医者や海千山千の事務局長相手に、営業トークなんて出来ないよ。
一人4500円。ほんとは45円の端数がでたのだけれど、健介が僕に迷惑かけたっていって、315円余分に出した。僕の膝の上で沈没したくらい、大した迷惑ってほどでもなかったんだけど。
店を出る時には、もう12時近かった。雪が少ないけれど、そのぶん冷えてきてる。前方には、健介と里奈ちゃんが腕を組んで歩いてる。やっぱり噂は本当だったんだ。
通りで呆然とする僕に、早坂が肩を叩いた。
「あー、強制連行されちゃって。ざまぁねえな健介の奴。」
「仲がいいですね。里奈ちゃんの方が積極的なんだな」
早坂にこらえきれないように、吹きだした。
「あれは、連行。健介、酔ったふりしてお前に面倒をかけたからな。」
「姉さん女房で、尻にひかれますね」
「何いっちゃってんのお前。あ、そうか知らないんだな。俺らも秘密にしてるからな。あのな、あの二人はいわゆる犬猿の仲。さすがに仕事では、2人は組むことがないし、表に出てないけどな。この間、内容はよく聞き取れなかったけど、言い争ってた、ガチで。同期の営業に話しをきいてみたら、2人の口論を聞いた奴が他にもいる。」
「でも、里奈ちゃんと健介はベストカップルだと噂が」
「ああ、それ、俺らが流したブラフだから。嘘さ」
なんだかよくわからない。なぜそんなウソの噂を流す必要があるんだろう?
「納得してないな。つまりだな、美男美女のカップリングが成立すると、それ以外の男女が二人に目を向けなくなる。俺にも社内で恋愛できるチャンスがあるかもって魂胆。どっちにせよ、健介にはきをつけろ、蓮。」
「そうですね、今度は酔っぱらった健介は一度疑う事にしますが、だからといって、どうという事はないですけど」
早坂は、お手上げのポーズをとった。なんなんだ。
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次の日、営業に保険関係の事で営業部へいくと、健介がやってきて、なにやらチラシをくれた。
「25日、空手道場合同の、クリスマス演武会があるんだ。よかったら見に来ないか?ちょうど祭日だけど。差し入れも大歓迎!!」
「そうそう、ウチの道場も出るし、是非来てね」
里奈ちゃんが急いでそばで、付け加えた。行くともさ。里奈ちゃんに”クリスマス”に会えるのなら。健介と里奈ちゃんの視線が火花を散らしてる。試合でもあるのかな?2人は空手のライバル同士とか。
25日当日、僕は、ポットにいれたコーヒーとサンドイッチを持参で体育館に行った。驚いたのは、子供の多さと、その父母の多い事。きっと習い事の一つなのだろう。
体育館の隅にいた里奈ちゃんとその道場仲間(子供多し)を見つけ、声をかけた。
「おはよう、今日はサンドイッチの差し入れを持ってきたけど、食べてくれるかな?」
「うれしい。手があいたら、観覧席に行くわ。それまで空手の演技を見ててね」
昼休憩は、賑やかというかうるさかった。健介がやってきて、僕の差し入れをすごい勢いで食べるので、里奈ちゃんと健介が口論になった。本当に仲が悪いのか?
里奈ちゃんと一緒に帰ろうと待ってると、健介がやってきた。昼間のサンドイッチのお礼と、僕に的ハズレな忠告をしてきた。
「蓮君、悪い事はいわない。里奈だけはやめた方がいい。あいつ、口より手のほうが早いし、気も強い。別れたくなっても、暴力でひどい目にあうぞ」
「健介、言ってる事、わからないよ。彼女は優しいじゃないか。今日、一日で感動したよ。道場の子供をよく面倒みてるし、他の道場の子にも何かと目をかけてた。空手をするといっても、所詮、たおやかな女性だから」
「蓮がそう思うのなら仕方ない。でも仲を取り持ったりはしないから。後、困った事がおきたらなんでも相談してほしい。里奈に対抗できるのは俺だけだと思う」
帰って行く健介の後ろ姿がなぜか寂しげだ。里奈ちゃんが暴力だなんて、ありえないよ。営業部では、いつも周りに親切だったし。
「おまたせ~。サンドイッチもコーヒーもおいしかったわ。どうもご馳走様。昼間はバタバタしててちゃんとお礼も出来なくて」
「僕、大学時代に喫茶店のバイトをしてたんです。簡単なものはそこで任されてました。」
彼女は急に立ち止まり、僕を見つめた。
「そうよね、今どきの男子は、料理の一つも作れなきゃ。あのそれで、突然なんだけど、私達、付き合わない?いえ、付き合って下さい。お願いします。」
うわ、告白されちゃったよ。本当は僕から言いたかったのに、行動力があるな。あ、なんか又、動悸してきた。どう答えたらいいんだっけ?こういう場合。
結婚を前提に付き合って下さい。
好きです。デートしてください。
お嫁さんになって下さい。
お父さん、娘さんをお嫁さんに下さい。
いろんな言葉が僕の中でグルグル回ってる。落ち着け僕。空を見上げ深呼吸して、答えた。
「僕を、お嫁さんにして下さい」
あれ?どこを間違えたか、アセったせいでわからなくなった。
里奈ちゃんはといえば、ちょっとポカントした後、りりしく答えた。
「ありがとう。うれしい。家事は半分こね。会社は辞めなくてもいいから、育休はとってね」
いろいろ課程は間違ったきがするけど、結果OK。将来、結婚したら、家事も育児もするつもりだったから。