第9話 入学式:スタートライン side 颯太
四月。大学の正門へと続く道の両側を五部咲きの桜が咲いている。
天気も快晴で俺の大学生活が明るいものである様に思える。
ーーーやっとこの日、彼女に会える日が来た。
彼女に会って変わろうと決意した高校二年の冬。
あれ以来彼女に一度も会った事はない。
『彼女に向き合える様な男になる事』
それまでは、彼女に会わない事を自分に課した。
会いたかったが、俺は願掛けをした。
自分でも、こんなことを考えているなんて笑ってしまいそうになる。
一年半前、彼女と話した後、鞠と別れた。勿論、俺の周りにいた女全てを切った。
鞠と別れたことは、あっと言う間に学校中に知れ渡った。
二人でいるが全くなくなったこと、別れた日に鞠が泣いている所を多くの生徒が目撃していたからだ。
その噂のせいで、俺に対する誘惑は増えたが一度もその誘いにのることはなかった。
正直な所、自分が女なしで生活を送ることが出来るなんて自分でも驚いた。
携帯の番号もメアドも変えた。簡単に番号を教えていたわけじゃないが、どこからか流出していたみたいで、よく知らない子から電話がかかってきていた。
家族と結衣以外の女の子の番号は消去したし、登録番号以外は着信拒否にした。
これまでとは正反対の生活を送る様になった俺を、友達は初め「出家でもしたか?」と冷やかし半分、心配半分で声を掛けて来た。
とにかく、『彼女に向き合える様な男』になるためにはまず、彼女の恋愛の土俵にも立つことだ。
彼女にとって問題外の俺がその権利を手にするには、俺に付いて回る噂を消すこと。
これに関しては後悔しても始まらないが、とにかく噂が消える様に真面目に生活を送ることにした。
人の噂も七五日って言うだろ?
そして、ちょっとストーカーっぽいかな?思ったが、彼女と同じ大学に進学することに決めた。
一緒にファミレスで食事した時、彼女が言っていたK大。
もちろん、そのことは覚えていた。
周囲以上に俺の変わり様は結衣を驚かせた。
それだけ俺が彼女に本気だと言うことを知って、翔と応援(?)してくれているみたいだった。
まぁ、積極的にとういうわけじゃなかったが・・・
たまに彼女の志望大学に変更がないことや、このままだった合格できそうなことを教えてくれた。
遊ぶ事に充てていた時間は、自然と勉強時間となった。
そうなると成績も上がる。
これまでもK大は合格圏内だった俺は、担任や進路指導主任からもっと上を目指せと言われた。
それを、やんわりと断りK大に照準を当てた。
まぁ、K大も難関大学に変わりないので反対はされなかったが・・・
いくら自分が真面目になったところで、彼女に彼氏が出来たら・・・と不安になる時もあった。
彼氏がいたぐらいで諦める気は毛頭なかったが、彼女が付き合うってことはそれだけ相手のことを思っているということだ。
そう考えると言いようのない焦燥感が俺を襲う。
そして彼女に会いにいこうと何回も思い、その度に思いとどまる。
それを繰り返しながら、時間は過ぎていった。
高校を卒業する頃には、本気で好きな子が出来て俺が変わった。という事が周囲にも浸透してきたのか、遊びで声を掛けてくる子もいなくなった。
それでも告られる事はあった。どうやら、真面目になったことが逆にウケたらしい。
軽くお手軽なものではなく、明らかに本気が分かるようなものが多くなっていた。
鞠とのことがあって以来、言い寄ってくるのが全て軽いというわけじゃないことを知った。
きっと、彼女を好きになっていなければずっと気付かずにいたと思う。
そして、今日は待っていたK大の入学式。
結衣からの情報で、すでに彼女がK大に合格しているは知っていた。
ついでに言うと、翔と結衣も同じ大学だ。
俺と翔は家から入学式に向かったが、結衣は彼女と待ち合わせして大学に向かうと行って先に家を出たらしい。
二人とは、大学で落ち合う予定だ。
といっても、彼女にとって俺はおまけみたいなものだと思うが・・・
それでも、彼女に会うのは一年半以上ぶりで緊張する。
「やっと、スタートラインだな。これら頑張れよ。」
「焦らずやるわ。てか、へましない様に?」
翔にかけられた言葉が何を指しているのか、すぐに理解して頷くと気持ちを落ち着ける為に、冗談ぽく返答する。
正門前は、新入生やサークルの勧誘が大勢いた。
この中で二人を見つけるのは、難しいかと思ったが一際目を惹く二人組がいた。
そこには、多くの男達に囲まれていた結衣と彼女がいた。
無意識に体が動き二人に近づくと俺は彼女の腕を引いていた。
それは翔も同じだったようで、俺たちは周りの男を牽制した。
「吉岡さん。そろそろ式の時間だから、行こう。」
なまじバスケしているせいか、身長は高めで不機嫌になった顔で睨みを利かせてる俺たちに、先輩であろう男達がたじろぐ。
(簡単に、近づくんじゃねーよ。俺だって、話したの一回しかねぇのに)
そんな周囲を尻目に俺と翔はそれぞれ結衣と彼女の手を引いて、会場へと歩いた。
「あの、霜織君。手、そろそろ話してくれない?」
独占欲丸出しの俺は、だまって手を引かれていた彼女に言われて気付いた。
男達にムカついて手を繋いでいたことを忘れていた。
「ご、ごめん。つい手なんか握っちゃって。急に連れ出して迷惑だった?」
ほとんど自分勝手な思いで、彼女を輪の中から連れ出しものの不安になってしまった。
「ううん。あんまりしつこいからどうしようか困ってたら助かったよ。ありがとう。」
少しハニカんで礼を言う彼女は、以前会った時よりも綺麗になっていた。
肩までのフワリとした髪はそのままに、桜の色と同じ淡いピンクのワンピースは俺の中の彼女そのままだった。
意識し始めると、急に緊張してきて何も話せなくなった。
入学式の会場に向かう俺たちの前を翔と結衣が歩く。
一年半ぶりの彼女を前に何を話そうか、悩んでいると彼女から話しかけてくれた。
「今日の新入生代表って、霜織君って結衣から聞いたよ。」
彼女の歩くペースに合わせながら、きもちゆっくり歩く。
身長差は20センチ以上あるのか、少し見上げながら俺に話しかけてくる彼女。
その仕草も可愛かった。
きっと彼女の事を可愛いと感じるのは俺だけじゃないんだろうな。
実際、結衣と男達に囲まれていたし・・・
「あー。そうだね。入学式前に何度か教授に呼ばれて、内容確認とかで結構大学に来てたよ。」
心の中で、意識しないように念じてみるけど、彼女を感じたいと全神経が彼女へと向かっていく。
平静を装って、会場までなんとか話すことが出来た。
四人とも学部が違うため、それぞれの席に着く。
やっぱり、俺と同じ様に感じている奴は多かった。
惚れた欲目なんかじゃない。
自分の席へと歩く彼女に、皆注目しているのが俺の席からも見えた。
それを遠くから見ながら「こんな、ただ見ているだけの関係を早くなんとかしたい。」と強く思った。