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第23話 満ちる月 side 陽菜


車がゆっくりと海岸沿いを走っていて、私はそこから見える青い青い海を窓から見ている。

だけど本当は景色を見てる振りして、さっき霜織君が言った謎かけが頭のなかを

駆け巡っていた。

あれ以来、霜織君は何も言わないけど、それが余計に私を考えさせる時間を与える。

霜織君の言葉をどういう風に解釈していいのか分からないまま悶々としていると、車がお弁当屋さんの前で静かに停車した。

不思議に思って霜織君を見る。


「吉岡さん、お昼ってここの弁当をおごってもらっていい?」


そのまま車を降りてお店へと歩き出した霜織君を見て、慌てて車を降りる。

どうやら、ここで昼食を調達するらしい。

お当代を払うのは全然いい。

元々食事をご馳走するって約束だったから。

でも、お弁当だよ?こんなのでいいの?

もっとちゃんとしたお店じゃなくていいのかなぁ?

霜織君は気を遣ってるのかな?

心の葛藤が分かったのか霜織君が振り返る。


「今日は天気もいいし温かいから、お弁当買って海辺で食べない?」


外で食べるのは気持ちが良さそうで、思わず霜織君の提案に笑顔になって頷いた。

ちょっと申し訳ないような気がしたけど、素直に二人分のお弁当を買ってお弁当を食べる事が出来そうな場所を二人で探しながら車を走らせる。

車を停めるスペースを見つけた後、二人で海辺の堤防に座ってお昼を食べること

にした。


堤防から見える水面は太陽の光が反射してキラキラと光り、海岸から吹いてくる風は磯の香りがした。

父親は仕事が忙しくて、あまり家族と遠出をした記憶がない私にとってこの遠出はすっごく嬉しい。

今食べているお弁当も3割増で美味しく感じてしまう程。

いつもよりも食欲がでて、パクパク食べている私の隣で既に食べ終わっている霜織君は買って来たコーヒーを飲んでいる。


「吉岡さんのヒナってどんな漢字?」


ふいに思い出したように霜織君がこっちを向いて聞いてきた。


「産まれた日がとっても暖かくて丁度満開の時期だったから、太陽の『陽』と、菜の花の『菜』で陽菜って名付けたって言ってたよ。まぁ、よくある理由かな?」


霜織君は、ふ〜んと返事をしただけだった。


「じゃあ、吉岡さんって早生まれってことだね。誕生日いつ?」


「3月28日」


「なんだ、最近誕生日迎えたばっかじゃん。俺と一年近くはなれてる」


誕生日を聞いた霜織君は、ニヤっと笑ったかと思うと「じゃ、俺って年上じゃん」ってポンポンと頭を軽く叩く。それが子供扱いされたみたいで、少しムッとする。


「じゃあ霜織君の誕生日はいつなの?」


「5月30日」


何でもない様に誕生日を教えてくれた霜織君だけど・・・

えっ?それって、今日じゃない?

あまりの衝撃に霜織君を見つめる。


「それって、今日が誕生日ってこと!?」


「うん。そう」


そんなサラッとビックリさせる事言わないで欲しいよ。

当然プレゼントなんて何にも用意してないけど、誕生日って知ったからには、何かした方がいいよね?

でも、霜織君の好みとか全然分からない。

どうしよう?本人に直接聞いた方が外れないかな?


「誕生日って知らなくて、何も用意してないんだ…ごめんね」


せっかく誕生日なのに、ランチがお弁当だし。

それって侘しすぎるよ。

知らなかったとはいえ、あまりにも申し訳なくて持っていたお箸をおいて下を向いてしまった。


「別に気にしなくていいよ。・・・だけど、そんなに気にするなら夕食も一緒にとってくれる?」


あまりにも落ち込んだ私が哀れだったのか、霜織君は優しくフォローしてくれる。

顔を上げて霜織君を窺うと、優しそうに笑っている彼が目に入る。


霜織君はズルイと思う。

簡単に他人をドキドキさせる事が出来るから。

だってそんな顔で見つめられて優しい言葉をかけられたら、目を逸らす事が出来なくなってしまう。

目が合っている間、心臓が長距離走をしているみたいにずっとドキドキしている。

このままずっと霜織君を見ていたら、身体的にも精神的にも疲労が強くなりそうで、それとなく視線を下にやった。


「えっと、じゃあ、一緒に食べる」


一言返すのがやっとだった。


でも本当に食事を一緒にするのでいいのかな?

誕生日だよ?

そうは言っても、今からプレゼントを用意するのは無理だし…

本人が「いい」って言ってくれてるからいいかな?・・・・・・やっぱりダメかな?

一度霜織君の提案を受け入れたのに、まだ箸を置いたままグダグダ考えてたら隣から、プッと噴き出す音が聞こえてきた。


「気にしなくてもいいのに、吉岡さんって律儀っていうか・・・ほんとカワイイよね」


笑われているんだって分かっているんだけど、『カワイイ』って言葉に敏感に反応して顔がカーって赤くなるのが分かった。

そして、落ち着きかけた心臓がもう一度ダッシュしだす。

本当にこれ以上何か言われたら心臓が破裂しそうだし、頭の中が茹でって思考回路がおかしくなりそうだった。

ドキドキしていることがバレない様に残りのお弁当を食べる事を再開させ、食べる事だけに集中する事にした。


食事が終わった私たちは、砂浜をプラプラと歩いていると、周りには私たちと同じ様に砂浜で過ごしている家族連れがいたし、サーフィンをしている人たちもいた。

破裂しそうだった心臓や思考回路も歩いていると徐々に落ち着いてきたけど、取留めのない話の中、時々霜織君の視線を感じた。

それを確認する勇気がなくて気付いてないふりをして、なるべく視線を合わせないようにしてた。

もし、うっかり目が合っちゃったりしたら、きっと落ち着かなくなるのが分かっていたから。



 ※ ※ ※



ランチをとった場所から車で数十分行った所に、一見レストランに見えない隠れ家みたいなレストランがあった。

店内も家庭的な素朴な内装で、優しそうに微笑む夫婦が経営している所だった。

お客は私たちを含めて3組しかいないけど、テーブル毎に十分なスペースを確保していて落ち着いて食事が出来ようになっていた。


二人で「いい所が見つかった」って笑いながらメニュー表を見て、オーダーする。

せっかくの誕生日なのに車で来ているためアルコールを飲めない霜織君には申し訳なかったけど、料理は本当に美味しかった。


「今日、吉岡さんと一緒に過ごせて良かったよ。」


デザートにケーキ(誕生日だからね)を食べている時、霜織君が満足そうに言った。


「それは良かったよ。・・・でも、私なんかで良かったの・・・?」


その言葉に、小さく息を吸って、答えた。

実は、霜織君の誕生日だって分かってからずっと心の中に燻っていた事があった。

それは、他にも霜織君とお祝いしたいって思ってた人がいたんじゃないかって事。


――― 例えば、彩音ちゃん ―――


それとも、霜織君がずっと想っているっていう


――― 霜織君の『特別』な人・・・ ―――


きっと霜織君は、特別な人にお祝いしてもらいたいって思ってたはずだ。


そんなことすぐに気付いてた。

だけど、霜織君との『約束』だからって自分を納得させて知らんふりした。

本当は、心からお祝いをしたいのに、どこかスッキリしないまま一緒にいた。

なのに、満足そうな霜織君を見たら燻ってた罪悪感が一気に吹き出した。

それが彩音ちゃんや霜織君の誕生日を祝いたかった他の人に対するものなのか、霜織君に対するものなのか分からなかった。

でも、霜織君の誕生日だって知っていて今まで一緒にいたのは、『応援する』って約束した彩音ちゃんを裏切ったことになる。

それでも、卑怯な私はその事に気付きながら気付かないふりして霜織君と一緒にいた。

霜織君の隣は心地よかった。今日一日は一緒にいたいって思ってしまう程に・・・だから、気付かないふりを続けてしまった・・・


「俺の誕生日なんだから誰と一緒に過ごすかは、俺が決める。俺は、吉岡さんと居たかったんだよ。迷惑だった?」


何も言えずに、ただ首を横に振るだけだった。

霜織君のその言葉が、痛かった。

こんな卑怯な私になんかに優しくしてくれなくていいのに。

ちょっとでも気を抜いてしまうと、泣いてしまいそうだった。

ギュッと力強く目をつぶって、残りの紅茶を涙と一緒に飲み込んだ。


レストランを出るとき、優しく微笑むお店の奥さんが「また来て下さいね」という言葉を聞くのが辛かった。

周りの人の優しさが痛かった。だって、私は卑怯な人間なんだもん。

一度認めてしまった罪悪感はずっと私を責めて、ドキドキしていたものがズキズキに変わる。


レストランの隣の駐車場は、街灯だけで少し暗くなっていた。

霜織君は少し後ろを歩いているけど、特に何も話さずに車までいく。

助手席のドアに手をかけた時、フワリとマリン系の爽やかな香りと温かさを感じた。

一瞬何か分からなかったけど、眼下に腕が見えたことで、霜織君の腕に閉じ込められたことが分かった。


どの位時間が経ったのか分からなかった。長いようでとても短く感じた。

そっと私の肩に額を押し当てる様にしていた霜織君が、顔を上げたのが肩に感じる重みで分かった。

そして、耳元で霜織君はそっと囁いた。


「陽菜、って呼んでも、いい?」


ゆっくりと、しっかりと、だけど、何かを耐える様な声に胸が締め付けられた。

今まで感じた事がない様な気持ちが体中を駆け回る。

罪悪感でズキズキしたものが甘い疼きに変わる。

何も考える事が出来ず、頷いたのかどうか分からなくらい小さく、小さく頷く。

霜織君は私を振り向かせると、そっとこめかみにキスを落とし、ゆっくりと、だけどさっきより力強く抱きしめてきた。


抱きしめられて、頬に霜織君の体温を感じる。

ズキズキするのは変わらないけど、それよりも甘い疼きが強かった。

こんな気持ちがあるなって知らなかった。

ボーッとしている頭の中で、ようやく分かったコトがあった。


――― 霜織君が好きだって事 ―――


『興味』から『好き』になったんじゃない。

『好き』だったから『興味』があったんだ。



彩音ちゃんの応援をするって約束しておいて、霜織君と連絡とったり二人で会う事を言わなかった事に、罪悪感と裏切りを感じるのは事実だけど、それ以上に彩音ちゃんの話を聞いてズキズキするのは、友達と自分の好きな人の仲を応援しないといけなかったから。


何も言えず抱きしめられたまま視線を上に上げると、夜空には白く輝く満月が見えた。


いつから好きになったなんて分からない。

ただ気付いたら好きになってた。


非常階段で見た三日月がいつの間に満月になっていたように、知らない間にゆっくりと霜織君への気持ちが降り積もって私を満たしてた。



「陽菜・・・今朝車の中で俺が言った事、覚えてる?その理由分かった?」



霜織君の声が振動を通して聞こえてくる。

だけど、それには何も答える事が出来なかった。



minimoneです


3/9,11,12,14,15に拍手&コメントを下さった方ありがとうございます。

読んで下さった方、拍手やコメントくださった方には本当に励まされています。

最近更新ペースが遅くなっていますが頑張りますので、見捨てないでやってください。


陽菜ですが、やっとここまで来てくれた!って感じです。

今回で少しは颯太の頑張りが報われたかな?!

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