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人生笑ったモン勝ち!《番外編》  作者: りぃん
ヤンベルト辺境伯編
5/8

獣はその盃に死を満たす-1-



 《女神の守護するフォルウィーク王国》は、聖女と女神の裁きを受けて、一夜にして崩壊した。

 その噂は、疾風のような速さで世界の隅々まで走り、様々な感情で民を震わせた。だが、それは他の国も同様だった。

 女神の断罪は、何もフォルウィーク王国だけに留まっていた訳ではなく、同時にありとあらゆる隠された大罪を天罰として暴き晒された。

 酷い国などは、一瞬の内に城内のあちらこちらに光の矢が天から降り注ぎ、王を含むその家族ともども臣下の命をも根こそぎ奪った。そこまでの罰は下らなくとも、何処の国も誰かしらの命が女神によって狩られる結果となった。


 多方面から続々と飛び込んで来る国内外の情報に、フォルウィーク王国城内にある王の執務室で、文官と共に色々と国の政に関わる重要な書を整理してたヤンベルト辺境伯のレイモンドは、頭を抱えていた。

 王と王太子は詮議の為に、今は一旦幽閉の身に置かれている。きっちりと白黒結果が揃った段階で、同じ幽閉であっても薄暗く湿気の多い地下牢になるか、高位の者が収監される牢塔の上階へ幽閉されるかが決定する。

 

 ―――まぁ、どちらにしても地下牢行きだろう―――


 それがレイモンドの見解だ。

 聖女と結んだ約定は生涯幽閉だが、レイモンドの胸の奥でふつふつと煮えたぎる恨みは、高位専用の牢などで死ぬまで自由を奪うだけでは晴れるはずがない。

 王族の一人としてではなく、これは言うなれば私怨に他ならなかった。



◇◆◇



 ヤンベルト領は、元々は隣国サイール王国の一領に過ぎなかった。だが、戦乱の頃に他国から攻め込まれた小国サイールは、王族を匿う交換条件としてヤンベルト領を差し出し、フォルウィーク王国へ助けを求めた。すぐに時の王は条件をのんで密かに王族を救援に向かわせ、その間にヤンベルト領の譲渡を締約し終えて、一気に国境線をヤンベルト領の向こうへと上げたのだった。

 敵は攻めた小国の背後に、大国フォルウィーク王国が付いたことで兵を引き、それ以降は睨み合いが続くだけにとどまった。

 その後、女神の顕現により指名された聖女が世を巡り、戦乱の時代は終焉を迎えた。


 その時から、ヤンベルト家は領と共にフォルウィーク王国の臣下となった。

 しかし、元は他国の領地であり異国人であったことが原因で、フォルウィーク王国の貴族たちはヤンベルト家を遠巻きにするばかりだった。それでなくとも辺境の地。魔獣や魔物が、昼夜構わず跋扈する野蛮な危険地帯だ。おのずと、そこに住むヤンベルト家を蔑む兆候が王侯貴族の中に現れ、その悪意は、ヤンベルト領側にも反感の念を生じさせた。

 このままでは、ヤンベルト領が離反の声を上げるのは時間の問題だった。

 サイールの王族を国へ帰してしまった今、ヤンベルト家を縛るものはない。この乱れをどう解決するか、国王と宰相は頭を痛めた。


 そんな時だった。ヤンベルト領にほど近い山野部を含む他領で、魔獣の氾濫が起こった。

 魔獣や魔物は、時期を見極めて間引きをしないと一気に増えて氾濫することがある。それを怠っていたらしい領地は、人死にまで出してなお被害が広がっていた。

 すぐに国軍を派遣したが、慣れない戦いに二次被害が増えるだけで結果は出ず、混乱はいや増すばかりだった。

 そんな時だった。ヤンベルト家当主が王に進言した。私兵と共に討伐に向かう許しをくれと。王は即座に令を発し、ヤンベルトは王命を手に他領へと向かい、少数精鋭で見事に脅威を退けたのだった。

 その功績に辺境伯の爵位を与え、同時に裏では抑えとして、未婚だったヤンベルト当主へ年若い王女を降嫁させることになった。


 その王女ジュリアが、レイモンドの祖母にあたる。

 成人してまもなく、祖父の元へ嫁いで来たと聞いた。王国にとって重要な意味のある降嫁と言っても、年若い王女ジュリアにとっては辛い輿入れだったろうとレイモンドは同情したものだったが、彼の両親は微妙な表情で首を横に振った。

 王女ジュリアは、嫁いでまもなく子を次々と授かり、夫の制止を聞かずに子と共に領内を駆け回り、その子供が結婚する年頃になっても、若々しく快活な辺境伯夫人だった。


 レイモンドにも記憶があった。まだ王太子だった先王がヤンベルト領へ視察に訪れ、久しぶりに会った妹王女が幼い孫の手を引いて現れた時の、王太子(せんおう)の驚愕した顔を。そして、そんな兄に向って「まだ結婚すらしていらっしゃらないの?」と、溌溂とした笑顔で言い放った祖母の顔を。

 以降、王太子は王に即位しても、やたらとヤンベルト領へ現れた。


「あの祖母が…ヤンベルトの血をより強化したのだな」


 幼いレイモンドには、時折来訪する高位の者たちが跪礼する姿や、子供心に惚れ惚れする気品あふれる仕草などが、王女だった頃の名残となって思い出の中に残っていた。

 思えば、祖母が他の王族や貴族との縁を引き結んだのだと、レイモンドは考える。その甲斐あって、先王には祖母が亡くなった後も当主夫妻共々可愛がられたものだ。


 良い時代だったと、レイモンドは追想に浸った。

 それだけに、簒奪王の犯した罪は情をかける気にもならない。それに加えて、王の側で甘い汁を啜るだけの女神の信徒を騙った愚者も許せるものではなかった。


 それにしても、とレイモンドは思う。

 一番血の近い王族が、ヤンベルト家の流れのみになってしまった。傍系はいるが、あまりにも離れすぎている。

 

「こうなったのは、もしかしたら女神様の与えた定めなのかも知れんな…」



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