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聖女が指さす 王女の未来-4-

「父から、王城へ即日参内するよう使いが来た。私と共に来て欲しい」


 レデリカが、ヤンベルト領を訪れて十日が過ぎようとしていた頃だった。風光明媚だと教えられた湖へ案内され、初めて乗った小舟に思わず心が浮き立った。それも、お付きの者や護衛から離れて、ランフェルドと二人で乗り込んだからだ。

 静かに佇む湖水の上で、旅や討伐の話を楽し気に語るランフェルドの声を聞いていると、胸が弾んで気づけば頬がずっと熱く、正面から相手の顔をまともに見れなくなっていた。

 今までに経験のない面映ゆい気持ちを持て余しながら、レデリカは無性に離れがたい感情を持て余したまま馬車に揺られて帰った。

 そして、晩餐の後に居間へと呼ばれてきた所で、いきなりランフェルドからそう乞われたのだ。


「私もご一緒してもよろしいのですか?」

「ええ、二人でとの仰せだ」

「承知致しました。ですが…なぜでしょう?」

「それは父に会ってみないと分からん。ただ…」


 腕を組み、難しい顔でそう言ったきり口を噤んだランフェルドを待ち、それでも後が続かない様子にレデリカは詳細を求めることをやめた。

 今の状況で、下手なことに関わりたくない。すんなりと話が出て来ないと言うことは、つまりはそういう事なのだ、と。


 翌日、レデリカは纏めた荷物と共にシェイーラを従えて、王都へと出発した。ランフェルドは護衛共々騎乗して馬車を囲み、扉の横にきっちりと馬を添わせて進んだ。

 辺境領からは、馬車を使って四日ほどかかる。行きは軽かった胸が、また正体不明な不安が積もり出した。


「レデリカ様、大丈夫です。今度はランフェルド様がご一緒ですっ。何事があっても、きっと助けて下さいますわ!」

「ふふっ、シェイーラも一緒よ?何もないわ…きっと」


 高級宿に泊まる際、顔を合せてもランフェルドはやはり何も話してはくれない。王都が近づくにつれて、挨拶以外の会話すら少なくなって行き、いつも眉間を寄せて考え込んでいる。その間にも王城からの使いが、やたらと行き来していたのが気になって、レデリカたちは眠れないほど不安を募らせた。

 王城に入って早々に議会の間へ通されてヤンベルト辺境伯の元に参じたが、すぐに円卓に揃った重鎮たちに気づいてレデリカは混乱した。


「父上、急ぎ参上致しま―――」

「挨拶は抜きだ。急を要する。で、お前の決心はついたのか?」


 挨拶もそこそこに、ランフェルドとレデリカは勧められて円卓の空席についた。

 レデリカは、ランフェルドのエスコートで席に腰を下ろしたまではいいが、なぜ己が同席を求められたのかが分からず、混乱したまま段々と血の気が引いて来ているのに気づかなかった。

 そんなレデリカを放置して、親子の会話は続いた。


「決心はつきましたが…一つだけ条件があります」

「なんだ?言ってみよ!」

「王女レデリカ様を私の妻に」


「え…?」


 突如でてきた自分の名にも驚いたが、妻にとは…?と頭の中が真っ白になり、混乱の極みに達した。

 ふっと目の前が暗くなり、前後不覚に陥る。そして、そのままレデリカは、横に座ったランフェルドの懐に倒れ込んで気を失った。


「レデリカ!!」


 遠くで名を呼ぶ焦った声がしたが、その声に応えることはできなかった。




 硬く暖かな何かに、冷たく凝った自分の手が包まれている。

 その安らぎは、またすぐに去って行くのではないかと疑い、そして酷く悲しくなった。

 あの日のように、悲し気な顔をした父王に見送られ、行きたくもない隣国へ、誰にも寿がれることなく密かに越境して連れ去られ…。


「レデリカ…」


 低く少し掠れの入った男の声が、手の暖かさと一緒に静かに身体を巡った。

 ああ、名を呼んでくれている。早く目を覚まさなくてはと焦りに押されて、重い瞼をゆっくりと上げた。長いまつ毛の影を落とした瞳に、涙が浮かんで視界を歪ませていた。

 だが、レデリカは自分の手を強く握り締めている男の顔を正確に脳裏に蘇らせていた。


「ランフェ……?」

「レデリカ!気が付いたか…すまん。具合が悪かったのに気づいてやらなく…すまんっ」


 握った手に額を押し付け、疲れの滲む弱々しい声で詫びるランフェルドに、レデリカはまた目に涙を盛り上がらせた。すでに、両の目尻はいくつもの涙の痕が付き、意識のないまま泣いていたことを知った。


「違う…違うのですっ。なにが起こったのか分からなくて…私はなぜ呼ばれたのですの?」

「ああ……そうか。それこそ、俺が全て悪い…」


 レデリカの要領の得ない説明にも、ランフェルドはすぐ見当をつけた。そしてまた頭を下げて詫びを繰り返した。

 その間にも、レデリカは頭の中を何度も流れるランフェルドの言葉が、夢か現か判断できずに惑っていた。


「あれは、何だったのですか?私を貴方の妻にと…私の聞き違いだったのでしょうか?」

「―――いや、あれは現実だ。貴女を…俺の妻にしたいのだ。ただ、そうすると貴女に多大な負担を掛けることになる。それが申し訳なくて……すぐに言い出せなかった」


 レデリカの手を握ったまま、ランフェルドはそこで言葉を切ると腹を括った。


「俺は明後日、フォルウィークの国王として戴冠する。貴女を妻に望むこと、それはすなわち王妃として―――」


 そこまで聞いて、レデリカは止めどなく涙を溢れさせた。もうきっと化粧も流れて醜い顔になっているだろと、頭の隅で考えながら、しかしなぜか奇妙なほどの嬉しさと幸福感に満たされた。


「貴方のお傍に…ランフェの妻になれるのなら、辺境でも王城でも、どこへでもご一緒しますわ。王妃になれと言われるのなら、魔獣を討伐する王妃にだってなりますわ!」


 最後は叫びだった。

 その思いが何なのかまで理解できていなかったが、今この手を離したら、自分は一生後悔して生きていくことになるだろうと、それだけは確実に断言出来た。


「でも、私でよいのですか?私はあの―――」

「あれは貴女には関係ないことだ。むしろ、貴方は断固として加担することを拒んだと聞いた。そんな貴女だから……レデリカ、俺と結婚してくれ。そして、俺と共に民と国を幸福にして欲しい」


「はい。ランフェルド陛下。私は貴方の横に立ちましょう」


 はっきりとしたレデリカの返事に、ランフェルドは我慢できなかったと言いたげな勢いで、その太い腕と厚い胸に小柄な王女を抱きしめた。


 なんて、素敵じゃない求愛の場面なのかしら。

 貴方は、髪は乱れて目が血走り、情けないくらいにきりりとした眉を上げてしまって。

 私は、化粧がぐちゃぐちゃで髪はほつれて、ドレスなんてきっと皺だらけ。


 そう思ったところで、悲鳴のような泣き声を上げたシェイーラが飛び込んで来て、ランフェルドの胸に抱かれて泣いている姫様を見つけた。そこからまた悶着があったが、二人の懸命な説明と、補佐の騎士に宥められて主従は互いに泣き笑い合った。


 

 フォルウィーク王国は新たな王を迎え、若々しくも雄々しい王は、女神の加護の国の名を返上し、これからは自らの力のみで国を造り人生を謳歌するようにと宣言した。


 花びらの舞う王城のバルコニーで、王の横に立って手を振る美しい王妃を見た国民は、不幸な結婚生活を強いられていた隣国の愛らしい王女が、王妃になって戻って来てくれたことに祝福の歓声を上げたのだった。


 レデリカが視線を向ける遥か彼方。隣りには愛する王。

 もう、聖女様の指先は後方に去って見えない。ただ、ひたむきに先へ進むだけ。


END

レデリカ編終了。

次回も、辺境伯が登場!


誤字訂正 2/8

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