聖女が指さす 王女の未来ー1-
連載最終にて、レデリカ様が誰の嫁になったのか。
フォルウィークの新王とは誰か。
エリエンスク王国の王城奥で、フォルウィーク王国レデリカ王太子妃は侍女シェイーラに手伝われながら着替えの最中だった。
レデリカ付きの女官がいつにも増して緊張をはらんだ様子で現れ、フォルウィーク王国からの使者の訪れを告げた。
「とうとう来たわね…」
ほんの二か月程前、レデリカ王太子妃は夫であるレオン王太子を、父王の見舞いと騙して生国へ出奔して来た。いや、とある女性の助言に従って、フォルウィーク王国から避難して来たのだ。
その手引きをした生国エリエンスクの父王は、涙目で馬車を下りて来た娘を見て、黙って抱き締めて城内へと迎え入れた。
「これから聖女様による裁きが始まる…」
レデリカの輿入れの時に従い添った者達の中に、何人かの細作が侍女として紛れてフォルウィーク王城に入った。始めは離宮に閉じ込められていたが、晴れて王太子妃となったレデリカが城内に移ると、彼らは静かに暗躍し出した。
属国紛いの小国と侮っている上に、侍女しか連れて来なかったのが良い目くらましになったようで、里帰りと称してレデリカが去った今でも城内の情報を送って来ている。
その中でも一番新しい報告が、聖女指名の儀に関してだった。
父王の元に次々と届けられるフォルウィーク王城内の状況は、王家と大神殿が刻一刻と断罪への階段を登っているのが見て取れるものだった。
どこか半信半疑だったレデリカは、父王から情報が書かれた書を見せられて漸く本当に聖女様が裁きに出向いて来ることを実感した。
そしてあの日、世界中の誰もが知ることとなった、怒れる女神様の冷酷さと残虐さ。晴れ渡った空が黒雲に覆われ、耳を塞いで閉じこもっても頭に響く厳かな声。
遠くで稲光が幾本も下り、轟音と閃光が天空を走る中、血の気の引いた顔を窓越しに天に向け、跪いて震える手を組み、レデリカは一心に懺悔し祈った。
己の罪と生国の罪。いまだ王太子妃である者の責と、フォルウィークの民の無事を祈った。
エリエンスク王国は、二人の上級貴族家の当主と数人の大臣、領地へ引き篭もっていた中級下級の貴族たちが三人。それらが女神様の天罰を受け、王国内を混乱させた。
それは、なにもエリエンスクだけに限らず、もっと多大な罰を受けた国が多々あったと聞かされた。
「…女神様は全てを見ておられる。弱腰だなんだと言われようとも、国と民に胸を張って国王だと言える証しを頂いた。努々忘れぬようにいなければ…」
晴れ戻った天を仰いで呟いた父王の声を耳に、レデリカはその場で深く平伏した。
そんなある日、フォルウィーク王国から使いが来た。
王太子妃の立場をどうするか、を話し合うために一度戻って来て欲しいとのことだった。
この世界では、国王以外の王族が罪を犯して罰せられることとなった場合、その伴侶は関与確認されて無実と証明された後に、本人の意思確認がなされる。
離婚して生国や実家に戻るか、別の王族と再婚しても良いかだ。王女や高位貴族の女性のほとんどは、その国の残された王族と再婚するか高位貴族へ降嫁することが多い。
生国や実家に戻っても、『出戻り』と傷が付いてしまっては、王女であっても他国の王族へ嫁ぐのは困難になる。
それくらいなら、残された王族と再婚する方がまだマシだった。ほとんど政略結婚である王家同士の婚姻は、相手を変えても何ら問題はなかった。
とは言え、フォルウィーク王国にはレデリカの夫であるレオンしか王子はいなかった。王妃亡き後、第一側妃が王妃になったが、他の側妃を含めて誰も子を宿すことは無かったのだ。
レデリカの元には、すでに王と王太子の処遇が伝えられてて、空いた玉座を誰にするかはまだ詮議中だと聞いている。そんな状況下に、他国から嫁いできた王太子妃が出張ってよいものか悩む。
「私に招聘を願う方は、どなたですの?」
「ヤンベルト辺境伯レイモンド様でございます」
その名を聞いて、レデリカはすぐにその人物を思い出した。
国の要である辺境伯であることに加え、現時点での先王の妹王女が降嫁された家だと聞いている。つまりは王族。それも一番新しい血を継いだ家になる。
いかにも辺境を領地とするだけに大きな体躯と厳つい顔つきの貴族離れした壮年の姿を思い浮べ、これではきっと彼が王の座に座ることになるだろうと直感した。
「では、直ちに準備を整えて帰国しましょう。先触れを頼みます」
「仕りました」
レデリカは漏れそうな溜息をのみ込み、肝を据えると出奔当時と同じく侍女シェイーラを伴ってフォルウィーク王城へと戻った。
王太子と民を見捨てた妃と非難されることを覚悟し、それでも頭をしっかりと上げて、久しぶりの顔合わせになるヤンベルト辺境伯の元へと案内された。
だが、ヤンベルト辺境伯の第一声に、レデリカはド肝を抜かれることとなった。それはあまりにも予想だにしなかったものだったから。
「レデリカ様、離婚後すぐにウチの長男の嫁にならんか?」
「……」
何を言ってるのだ?このジジィは!と内心で罵倒しながらも、唇を引き結んで動揺を抑えた。
あの強面の厳つい顔に、にやりと悪い笑みを浮かべたヤンベルト辺境伯は、レデリカの目には油断ならない相手に映った。