わたしたちの恋は
いつものカフェで、わたしは親友と会っていた。話は主に親友ののろけである。親友は最近、彼氏が出来たばかりなのだ。
長い長い話を聞くのは嫌ではないのだが、そろそろ飲み続けていたカプチーノでお腹がいっぱいになりそうなのだが。
まぁ、本当に、恋というのはおかしなものである。
例えばラブラブのカップルがいたとしよう。
彼らは周りなんて見えないほど自分たちの世界に入り込んでいて、もう勝手にしろよって非リア充は言う。まぁ、確かに?目の前でいちゃこらされても困るっちゃあ困るけど。
まるで熱病のような恋をしている彼らは、とっても幸せなんだと思う。この世界に、自分たちより幸せなものなんていないって、思ってるだろうね。
彼からプレゼントを貰っただの、この前キスをされただの。まったく、高校生の恋はきらきらとしている。
あぁ、もしかしたら話してくれていないだけで、あの子たちはキス以上もしてしまっているのかもしれない。
ラブラブで熱々なカップルほどすぐに別れるとか言うけど、そうでないカップルだって山ほどいるし、一様には言えないだろうね。
「ねーねー、みーちゃんは彼氏とかいないのー?」
わたしの可愛い親友がそんなことを聞いてきた。その、彼氏とラブラブの子である。
「彼氏ねぇ、なにそれオイシイノ?ていうか、その呼び方辞めてよ。猫かよ。」
「またまた~、みーちゃんツンデレだぁ。可愛いんだから、彼氏くらいすぐできるでしょ?」
わが親友は目が悪くなったらしいね。わたしが可愛い?まぁ、ブスではないさ。だが、わたしの可愛いはイコール子供っぽいに通じる。なにせ150に満たない身長、ふっくらした赤い頬、丸い目(これは二重だから許す)にふわふわうざい癖っ毛だ。はっきり言って、高校生には見えない。
「だいたいねぇ、普通の高校生がわたしと付き合ったらなんかこう、犯罪臭するよね。え、あの人ロリコン?的な。」
「あのね、みーちゃん。みーちゃんは自分を卑下しすぎだと思います。みーちゃんはその大きさだからいいんだよ。その猫みたいな性格も良い。見た目とプラスして、子猫がじゃれてるみたいで可愛いです。」
「は?」
「だって、みーちゃんって実は甘えん坊でしょ?それを頑張って隠してるのがさらに可愛い。」
始まったよ。親友の可愛い攻め。女子って言うのは、これが始まるとなかなかとまらない。が、今これに付き合っている暇はないのだ。
「……りん、わたしちょっと用事あるから、今日はばいばいね。」
「はーい、じゃあねみーちゃん。」
「だから、その呼び方……」
ため息をつきながらカフェを出て、わたしは待ち合わせの場所にむかった。これもまたカフェである。ただ違うのは、こちらは音楽好きが集まる、音楽専門のカフェだということだ。今日も店に入ると曲が流れていた。
ジャズアレンジの吹奏楽の曲だ。わたしも知っている曲。ていうか、演奏したことがある。わたしは中学から吹奏楽部で、これも演奏した。そうだ、この曲で彼はドラムを叩いていた。普段はとても穏やかな彼が、すごくかっこよく見えたのを覚えている。そして後輩が彼を見て、「かっこいいです!」と言ったのを聞いて、苛ついたのも。
「拓斗、待った?ごめん。」
奥の席にいた彼に声をかけると、彼はぱっと顔をあげて笑った。
「全然大丈夫だよ。美春」
「ん、よかった。」
彼の向かい側に座る。
「急にどうしたの?拓斗から呼び出すなんて珍しいよね。」
会いたいと言うのも、デートに誘うのも、いつもわたしからだ。まったくもって、この男からは頼りがいというものを感じられない。
あぁ、言い忘れていた。ちょっと色素薄くて茶色い髪で、ひょろっと細いこの男は、わたしの彼氏である。
「ちょっとね……美春に聞きたいことがあって。」
「聞きたいこと?」
「うん。」
はて、なんだろか。わたしはちょっと首をかしげる。
「美春はさ。」
「うん?」
「……ずっと一緒にいたから、僕のこと好きになったの?」
「は……?」
「だから、刷り込み?好きだって、錯覚したの?」
返す言葉を失った。なかなか今更の質問である。だが、それはわたしもずっと考えていたことだ。
拓斗とわたしは同じ中学出身である。
初めましては、吹奏楽部で同じパートになったときだ。それから拓斗とわたしはずっと一緒だった。悔しさも、喜びも、全部。
わたしが泣いていたとき、彼はなにも言わずにじっと傍にいた。彼が落ち込んでいたとき、わたしは黙って彼の話を聞いていた。
一緒にいるのが普通だった。いなくなるなんてこと、考えられなかった。だから、付き合っちゃえば~というからかいも笑って無視した。心が鈍くなっていたのかもしれない。いや、鈍くしていたのだ。もし、今以上を求めてしまったら、気まずい。部活がやるづらいのは困る。わたしは部活が好きだった。
「……刷り込みじゃないもん」
こんなときでも、彼はわたしに言わせる。一緒にいたから?って聞きたいのはわたしもなのに。告白だって、結局中学のうちには出来なくて、高校に入ってからメールでした。いや、わたしがしたわけではないか。わたしが、彼が言うような流れに仕向けた感じだ。
「………一緒にいたから、それは間違いじゃないよ。ずっと一緒だったから、拓斗のいいとこも悪いとこも知ったんだもん。」
「そうか、それで?」
それで?ってなんだ。……そうだった。こいつは言葉が足りないやつなんだ。だから、わたしが言わなきゃいけない。
「いままで言ってなかったけど」
「うん。」
「わたし、高校の吹奏楽部に入って最初の合奏で、すっごく手が震えたの。合奏なんてもう慣れたものって思ってたはずなのに、高校では初めてだからって以上に、怖かった。」
「……泣かなかった?」
拓斗が笑いを堪えながら言った。わたしは泣き虫だ。彼の前でも、何回泣いたことだろう。
「泣いてない。……でね、そのときわたし思ったの。拓斗がいないとダメだって。拓斗がいないとわたし不安で、だからっ。」
あぁ、泣いてしまうつもりはなかったのに。ぽろっと涙がこぼれて、わたしは慌てて頬を拭った。
「……わたし、ちゃんと拓斗のこと好きだよ?拓斗だってなんでわたしのこと好きなのか言ったことないくせに、こんなこと聞くの意地悪だよ!」
涙目で威力がないとわかっていながら、わたしは彼をにらむ。彼は明らかにたじろいだ。
「そ、それはごめん。だけど、だって……」
「だって、なに。」
「だって美春はいつもきらきらしてるから。部活頑張って生徒会にも関わってて、僕のことなんてなんで好きになったんだろうって……」
それに、と拓斗は言う。
「あんまり、べたべたしてこないし。甘えてはくれるけど、たまにだし。……でも、そうやって泣くとこ久しぶりに見た。」
はにかんだ拓斗がわたしの隣に来て、そっと、こわごわと抱き寄せた。
「……わたし、べたべたはしないよ。」
「そうだね、知ってる。」
「でも好きだよ。」
「ありがとう。僕もだよ。」
はい、こいつの残念なとこ。わたしは苦笑して、わたしを抱きしめる腕を叩いた。
「……そこは大好きだよって言うとこだと思う。」
「う、ごめん。恥ずかしい。」
そうか、恥ずかしいか。
我が彼氏さんは、やっぱり草食系だ。いや、もはや草そのものかも。
「……可愛いから許す。」
「えっ、可愛いってなに!?」
「可愛いは可愛いだよ、拓斗くんや。」
なんか嬉しくないと不満げに言った彼が愛おしいのだ。心がぽかぽかする。
わたしたちの間に、熱病のような恋はない。わたしたちの恋は互いの存在が互いに染みこんでいくように、始まった。少しずつ、少しずつ離れられなくなっていって。
まぁ、まとめるとしたらこうだ。「付き合いたての初初しさで、熟年夫婦なみの信頼と阿吽の呼吸」。
ラブラブカップルのようになんて出来ない。でも、わたしたちなりの恋は出来る気がする。なんとなくはっきりしていなかったわたしたちの関係だが、今日幾分かはっきりしただろう。やっと親友に報告出来そうだ。
「拓斗、とりあえずもう離れて。」
「やだ。」
やだって……ほら、カフェのマスターが微笑ましそうに見てるぞ。顔見知りだろう?恥ずかしいだろう?
「……ガキかよ。」
「美春は子猫だよね。」
「……その口縫い付けようか?」
「ごめんなさい、やめてください。」
ぱっと手を離した拓斗に、わたしは苦笑した。
「……でもそうだね、もうちょっと甘えてみるよ。」
「うん、実は今のままでも十分だけどね。もっとって嬉しいかも。」
二人でくすくすと笑う午後三時。
軽く指を絡ませながら、たぶん、人はこれをリア充と呼ぶのだと思った。