東京スーパーカーショウの事件簿 一話~七話
「信長様」
その声はあまりにも遅く、突然の衝撃よりかは優しいものだった。
ある日の朝、偽美希が俺の布団の上に正座をしてのっていた。もちろん、布団の中には寝ている俺がいるわけで、偽美希はもろに俺の腹の上にいるわけだ。こいつが、俺のことを「信長様」と敬称してくれるのはありがたいけれども、それであればなんでこんな仕打ちを受けなければいけないのか少し考える必要がある。
「さぁ、今日という日がやってきました。さっさと起きてください信長様! もう朝なのですよ?」
朝なのですよ? と言われても、朝のいい気分はしない。むしろ、安眠を邪魔された挙句、このような仕打ちをしているような奴に従う理由もない。
「馬鹿野郎! 朝だろうとなんだろうと、こうなりゃ意地でも起きるか!」
「馬鹿野郎と言われましても、今日は信長様が私と約束をした日なのでございますよ?」
……? 約束した日?
「信長様! 今日は、鉄のイノシシの博覧会に行くと約束をしたじゃないですか!」
あぁ……そういえば、なんかした覚えがあるな…………。
「そういえば、そんな約束してたな」
「そんな約束とは何ですか! 私はこの日を一日千秋の思いでいたというのに……」
「ごめんごめん、悪かったよ!」
「さっさと起きて支度してくださいよ!」
※※※※
それはミスター安藤に渡されたチケットだった。
「東京スーパーカーショウ?」
「その通りだ。二枚ある。そして、交通費も出る」
「……一体、これをどうしろと?」
俺が普通に聞くと、ミスター安藤は「あぁ?」とものすごい疑問の声を発してものすごい疑問の形相を浮かべた。
「君は、私の授業を受けているんだよな?」
「そうです」
「……その、静かないつも通りの感じ。本当に素で疑問に思っているのか?」
「素、以外の何物でもないですよ?」
自分が思った通りのことを言っても、ミスター安藤はその思ったことを否定するかのように「全く、君は本当のことを嘘をついているように喋るな……」と言ってきた。もちろん、ミスター安藤が本当に俺が嘘をついているとは思っていない。
「…………まぁ、いいだろう。こう言うことは初めてなのだから、そういう風に考えるのも無理もないだろう」
「はぁ」
「と、その前にお茶を一杯飲ませてもらおう」
―――
お茶を飲み終わった後、ミスター安藤は話し始めた。
「この東京スーパーカーショウっていうのは、うちが投資している企業が運営してるやつで、チケットが上の方に回って来たわけなのさ」
「とうし? うんえい?」
「そこはまだ考えなくていい。君にはまだ早すぎる知識だ。今回重要なのは、そのチケットを使って色々なことを学んできてほしいということだ」
「?」
俺が分からない顔をすると、ミスター安藤は「つぐづく君はふしぎな奴だ」と言ってきた。
「いいかい? 君は、戦略というものを立てるのが好きだろ?」
「戦略を立てるのは好きですよ」
「それはいいことだ。しかし、戦略を作り出すことにこだわっていると、効率のいい戦略を立てられなくなってしまうんだ」
「はぁ」
「そこで、今回はスーパーカーショウに行って様々な企業の戦略について自分なりにまとめてきてもらうことにする」
「はぁ……」
自分なりにまとめてくる……か。
「もちろん、これが君に取って初めての外部学習になるだろう。だから、企業は三社調べてくればいい。車の知識も君にはないのだから、本当に簡単なことをまとめてくれればいい。まとめてくるという行動が、君に取って学習になるんだから」
「……わかりました」
まぁ、本当であればこんな形で話が終わって、後はスーパーカーショウに行くだけだったんだけれども、話はそれだけでは終わらなかった。
「あともう一つ、君に言っておきたいことがある」
話が終わったと思っていたから、お茶を飲んで少し落ち着いていたらミスター安藤が話してきた。
「なんですか?」
俺は当然のように聞き返す。
「君に渡すチケットは二枚ある。つまりは二枚分だ」
「俺と、あなた……ってことですよね?」
「いや、私は車に興味ないから行かないさ」
「え?」
車に興味がないのは俺もだよ。と、突っ込みたくなったけれどもあえてやめておいた。
「だから、車に興味のある子を連れていってあげなさい。ちょうど、君の後ろでうずうずしている女の子がいるじゃないか」
「え?」
そう言われて初めてその存在に気づいた。
「信長様……」 震えながら、偽美希は俺の名を呼んだ。
「彼女と一緒に、君はスーパーカーショウに行く。それが今回の宿題だ」
ということで、俺と偽美希はスーパーカーショウに行くことになってしまったんだ。
東京スーパーカーショウっていうのは、東京都語っている割には東京にない千葉の新東京メッセで行われている車の展示会で、世界的な企業が一様に集まっている。
昔は本当にスーパーカーのみの展示だったらしいけれども、今ではコンセプトカー(まぁ、スーパーカーっていったらそうだけれども)とか普通の乗用車、もっというとバイクなんかも展示してある総合モーターショウになっている。ミスター安藤からもらったパンフレットにはあのレーサーのトークイベントがありますよ! とか書いてあるけれども、正直あのレーサーの“あの”っていうのが分からなかった。
偽美希が「信長様、私にもパンフレット見せてください!」と興奮気味で言ってきたので、渡してあげると「えっ!? あの人が……」と震えながらパンフレットを見たり俺の顔をのぞいたりしていた。顔を真っ赤にしているところを見ると本当に興奮しているらしい。
「スーパーカーショウ。楽しみか?」 俺には偽美希に聞いてみた。
「当たり前じゃないですか! あんなすごいところに行けるんですから、信長様ももう少し心を震わせた方がいいですよ!ここから先は戦場では無く、楽園なんですから!」
戦場も楽園も俺は同じ心持ちで行ってやるよ、と言いたかったけれどもここで偽美希を白けさせるのも気が引けたので「そうだな」と一言だけ言って偽美希を肯定してやった。
新東京メッセまでは、電車で行くんだけれども人が少ないルートがいいとミスター安藤が電車に乗り時刻まで指定してきたので、俺たちはそれに従って動いている。家からはまず秋葉原で降りてそこで日比谷方面に行く地下鉄に乗りこんでどっかの駅で地下鉄に乗り換えて、またその地下鉄の終点で陸の電車に乗りこんでそれでやっと新東京メッセに着く。
俺も初めて地下鉄っていうものに乗ったから驚いたけれども、あんな地下に電車を走らせるなんてどういう神経をしているんだろうね? びっくりしたよ。エスカレーターがどんどん地下に行くんだから、本当に怖いと思ったよ……。
でも偽美希は「地下帝国に侵攻してくれようぞ!」と小さな声で顔真っ赤にさせて目をつぶって一人で興奮していたようだから、彼女はかなり神経が図太いんだと思う。俺よりもだ。
ただ、そんな興奮していた彼女もたくさんの乗り継ぎのせいで少し疲れてしまったようで、新東京メッセに着く頃には「ふぇ」と歩くたびに息を漏らしていた。
新東京メッセに着くと、まだ会場前なのでかなりの人が列を成していた。
「えぇ……この列に並んで待つのですかぁ……信長様ぁぁ」と、弱気を漏らす彼女。
普通であれば「我慢して待つ。そして、好きなものを堪能しよう」と励ましの言葉をかけるけれども、今回は少し状況が違う。
「いや、待たないよ。違う入り口から今から中に入るから」
「?」
「これは、関係者用のチケットなんだ」
そう。ミスター安藤からもらったのは関係者用の特別なチケットで、一般であれば並ばなければいけないのをさっきも言った通り並ばずに入ることが出来てしまう。それも、開場する前にだ。もっというと、関係者ということで関係者用の休憩スペースも使えて、食事も出る。こんなすごいチケットは、初めてだ。
「それならそうと、早く言ってくださいよ!」
初めて偽美希に怒られた。いつもであれば下でに出てくるのに、こう言ってくるっていうことは、本当に怒っているんだよな。
「ごめん」
「本当ですよ!」
ぷりぷりとする偽美希の手を引いて、とりあえずスーパーカーショウの中に入ることにした。このまま外にいるのもあれだからな。
「えーと……お客様」
中に入ると、係員らしき人から呼び止められた。
「何ですか?」 俺は普通に返す。
「こちらからの入場は関係者専用となっておりますので、お客様にはお手数ですが一般入場口からの入場をお願いします」
あぁ……まぁ、普通に考えたらそうだよな。普通の格好して、遊び気分で着ている奴らがまさか関係者用のチケットを持っているとは思わない。むしろ、この人がしていることは正しい行為で職務を全うしているだけだ。だから彼女を攻めることは出来ない。ただ、彼女には正しいことをしてもらわないといけない。今回に関しての正しいこというのは、俺と偽美希が関係者であるということだ。
「いや~一般の人に見られるかもしれないんですが……これを」
俺はかなり下手に出ながら係員の人にそう伝えながら、ミスター安藤からもらったチケットを見せた。
「……安藤様からのご紹介ですね? 少々お待ちください」
そう言うと係員の人は、俺たちを置いて奥の部屋へと行ってしまった。
「信長様」 偽美希が俺の名前を呼ぶ。
「何だ?」
「本当にあのチケットは本物なんですよね?」
「たとえあの人が嘘をついたとしても、こんな変な嘘はつかないだろ」
「そうです……よね」
今にでも偽美希は泣きそうになっていた。あれほど楽しみにしていたものを、入場の時に止められてここでお待ちくださいと言われている。そりゃあ泣きそうにもなるだろ。
そこから俺たちは十分間静かに待たされた。何をされるわけでもなく、何を言われるわけでもなくただ立ち尽くしていた。偽美希は時間が立つごとに体の震えが大きくなっていき、ちらちらと俺を見るようになってきた。まるで、子犬のようだった。
そして、偽美希も限界にきて俺の腕をぎゅっとしていなければ立っていられなくなってきたころ、待つように言ってきた係員の人が三人ぐらいの男を連れてやってきた。
この状況で、そんなことをされると何かをされると考えてしまうのが人間の本能だ。
俺は少し身構える姿勢を取り、偽美希は俺の腕から離れて何やら不思議な格好をしている。
「アニメで学びました。これは鶴の構えです」
アニメを見ていたことに驚いたが、今は目の前が怖い。
係員の人達が俺たちに近づき最初したことは、攻撃では無く
「大変失礼いたしました!!!!」 と大きな声で言われ、土下座をしながら謝罪されるということだった。
「え……?」
思わず動揺していしまう。しかし、彼らの謝罪は止まらなかった。
「安藤さまよりご紹介のお客様とは知らず、係員のものが無礼を働いてしまいまして誠に申し訳ございません」
「え……ぇ?」
「申し訳ありません、申し訳ありません…………」
今俺が驚いているのは謝罪に対するものでは無く、俺の前で人がひれ伏している(土下座)状況だった。久しぶりに、こんな風にされたけれどもすごい光景だな。普通だと思っていた時には思わなかったけれども、結構異常なんだな、これって。
「土下座なんてやめてください」 とりあえず、やられてるこっちがこの場所だとものすごく恥ずかしいので、お願いをする。
「いえ、それでは私たちの謝罪の念が最大限に伝えきれません」
「謝罪の念って……謝罪は念じる物じゃないですよ」
ただ、俺たちの思いが伝わったのか土下座をやめてくれて「それでは、早速ですがご案内をさせていただきます。本当に先ほどは申し訳ございませんでした」と言いながら案内を始めてくれた。偽美希はなんかよく分からない表情を浮かべていたけれどもちょっと口元が二やついていたから案内が始まって楽しい気分なんだろうな。
「最初にご案内したいのは、会場内では無く関係者専用のスペースです」
どうやらまずは、俺たちが関係者ということで関係者専用のスペースを案内してくれるようだ。案内の指揮を執っている男の人がそう言うと偽美希は静かに俺の手をつかんできた。手をつなぐというところまではいかないけれども、それに近い状態で偽美希の手の冷たさがじかに伝わってくる。建物の中に入って時間が立っているけれども、女の体というのは寒さに弱いのだろうか?
「信長様」
「どうした?」
「私たちは、会場に入れるんですよね?」
小声で、震えた声で、偽美希は俺に聞いてくる。
「関係者専用のスペースで終わりってこともないだろう。希望を持て」
とりあえずそう言う風に言っておいた。そうすると、偽美希の手の温度が少し温かくなった。
関係者以外立ち入り禁止とでかでかと書かれた看板の横を通り、黒い布で仕切られたところをくぐり、少し暗い通路を通り明るく広いところへと出る。
「ここは、新東京メッセ一番ホールを貸し切っている関係者用のスペースで、休憩スペース商談スペースと関係者限定の展示を行っています」
「関係者限定?」
関係者限定に興味を示したのは俺では無く、偽美希だった。今の今までだんまりを決め込んでいた彼女は、案内の人の言葉を聞くなりすぐに質問をした。
「はい、関係者限定です。関係者限定のスペースでは一般展示されないコンセプトカーの展示や、非公開の資料などを特別に公開しています。ただ、全般的に非公開となっていますので写真撮影の方は禁止となっています」
「なるほど」
「興味がおありですか?」
「それはもちろん」
「良ければ専任の案内スタッフをご同行させていただきますが、どうなさいますか?」
「その専任の案内スタッフというのは、どういうことをしてくれるんですか?」
「資料やコンセプトカーについて、より詳しくご説明しながら案内をしていきます」
「……それでは、お願いしたい」
「わかりました。では、まず休憩スペースの方へご案内してから、専任の案内スタッフを向かわせますので、よろしいでしょうか?」
「うむ」
なんで、こんなにしゃべれるんだろうと思ってしまうほど、彼女の饒舌っぷりはすごかった。
休憩スペースに着くとそこには報道関係者らしい人達や、スーツをびしっと着こなしていかにも商談をしに来た人たちがうようよと動いたり、お茶を飲んだりしていた。
「どうぞ」 休憩スペースの人が、用意されていたパイプ椅子二脚をひいて、座りやすくしてくれた。
「どうも」 と言って、俺と偽美希は座った。
「案内スタッフの方ただいま一般入場の整理のためまだ席をはずしておりますが、あと一分ほどで参りますので、もう少々お待ちください」
全然待ってなどいないのだが、スタッフの人が懇切丁寧にお辞儀をするものだから少し悪い気がしてきた。だけれども、これが彼らの仕事なんだから何も言わないでおこう。
スタッフの人がいなくなると、偽美希が俺に話しかけてきた。
「なんだかすごいところに来てしまいましたね!」
確かにそうだ。ものすごいところに来てしまって、何だか場違いな気がする。
「早く案内すたっふなるものが来るといいですね!」
「そうだなぁ」
確かに、さっきまではそこまでこのイベントに対して楽しみというものを見いだせなかったけれども、会場の大きさやスタッフの人達の仕事ぶりやこれだけの関係者の入りようを見ると、興味が湧いてきた。車に対する興味なのかイベントに対する興味なのかは分からないけれども、どちらにせよ興味が湧いたことは良いことだろう。
案内スタッフでは無くて休憩スペース専用のスタッフの人が来てくれて、「本日はご来場誠にありがとうございます」と言ってお茶を配ってくれた。
「どうもありがとうございます」
「商談スペースの方は1番から12番ルーム、A出入り口より一般会場、B出入り口からは関係者専用会場に向かうことが出来ます。それではごゆっくりお楽しみください」
業務的な中にも、人間本来の優しさを感じることが出来る接客だ。本当にしっかりと育成されている。
ゆっくりとお茶を飲みながら、案内スタッフの人が来るのを待っていると肩をトントンと優しくたたかれた。
案内スタッフの人が来たのかと思い、後ろを向いてみると案内スタッフっぽいスーツをしっかりと着こなしている男の人がいた。
「もし、よろしければお話よろしいですか?」
この言葉から察するに、この人は案内スタッフではないようだ。
「なんですか?」
「いやぁ、ここにいられる方の中でかなり異質な方々だったのでお話を聞いてみたくなりましてねぇ……あっ! 勘違いされると困るので言っておきますが、別にここにいてはいけないって言っているわけじゃないですからね! ただ、スーツを着ていなくて、普通の服を着ているので気になったので……」
「まぁ、そうですよね」
なんだか、あれだけれども考え的には普通の考えだ。一瞬イラッとしたけれども、冷静になれば場違いなことに気づくよな。
俺たち二人が男の人に対して疑惑の目を向けながらお茶を飲んでいると、男の人も自分が怪しまれている事に気づいたようで慌てて胸元から名刺を取り出しながら「申し遅れました、私の名前は幸田宗次、陽明出版という会社で車関係の記事を書いている者です」と言った。彼はニコニコと笑いながらそう言ってくるものだから、さらに怪しさを増していったが、自己紹介をされて、こっちは自己紹介しないというのは礼儀に反するのでとりあえず自己紹介はしておこうと思う。
「私は織田……です」
「織田さんですか……そちらの女性は?」
「俺……私は、美希だ」
「美希さんですね……分かりました!」
名前の復唱は大きかった。
復唱が終わった後幸田さんはニコニコとしながら「今回あなた方に話を掛けたのはですね、まぁさっきも言った通りこの会場では珍しい普通の服を着ていたからなんですけれども……もしかして何ですけれども、安藤さんのお知り合いですか?」
「……そうですけど?」
なぜ、幸田さんが彼のことを知っているのだろう。そして、俺が彼の知り合いだということを告げると彼はものすごい笑顔になった。
「本当ですか! 本当に安藤さんの知り合い何ですか!?」
「そうですよ」
「いやぁー……本人に会うことは不可能だと思って知り合いの方に会えればと思ってここに来たんですけれども……まさか、ここでこんな風に会えるとは……」
「?」
よく分からない。いったい、彼になぜ会いたいと思っているのだろう。それに、なんで知り合いの方でもいいと……訳が分からない。
「織田さん、早速何ですが取材をしてもいいですかね? もちろん無理なのであれば別にいいんですが」
「取材と言っても、俺に何の取材を?」
「とぼけないでくださいよ! ハハッ!全く……安藤さんといったら今の経済界の重鎮じゃないですか! その人が今回来場しないってことで知り合いを送り込んだとうわさには聞いていたんですが、まさか本当に送り込んでいたとは……それで直接取材が出来るなんて……」
「だから、俺に何の取材をするんですか?」
「……心当たりとかは?」
「全くないですよ」
本当に心当たりなんてない。俺はただ単にチケットを渡されただけだし、正直偽美希が興味なかったら行かなかったかもしれないぐらいだ。いくら社会見学だとしても興味がなさすぎるからな。
幸田さんは俺がそう言うと「えぇ……」と声を漏らして、「本当ですか?」と尋ねてきた。
「本当ですよ」
「今後の日工自動車と本戸自動車の統合案についても何も?」
「なんですか、それ?」
「……」
絶句と言った表情をして、幸田さんは黙ってしまった。なんか悪いことをしてしまった感じがする。
「なるほど……わかりました。どうやら、本当に知らないようですね」
「そうなんです」
幸田さんはボールペンを自分の顎に当てながらカチカチとしながら俺のことをじっと見ていた。そして小さな声で「このまま帰るわけにもいかないからなぁ……」とつぶやいていた。
「あのぅ、お話し中失礼いたします」
突然、この少し緊迫した空間を切り裂いて入ってきた人物が現れた。見てみると、そこには髪を後ろで結んで名札をぶら下げたスーツ姿の女性が居た。ビジネスメイクをしていて少し顔は派手な印象だが、暗いところでは美しく見えることだろう。
「私、今回案内をさせていただきます藤枝とお申します。……その、伺っていたのが男性一人と女性一人の計お二人様だったんですが……その、その方はお連れの方でしょうか?」
「いや、ち……」
「そうです! 少し遅れて着てしまって連絡が遅くなりましたが、三人でお願いします!」
「あっ、承りました。それでは会場の方をご案内させていただきます」
案内の人が人数が合わないことに疑問を感じて俺に聞いてきて、俺がそれを否定しようとしたら幸田さん、なぜか三人連れだと言ってくる。別に人数が増えることは構わないけれども、なぜこんな風に喰い気味に言ってきたんだろうか。全く持って不思議でたまらない。
俺は小さな声で幸田さんに聞いてみる。
「幸田さん。なんで、三人連れだなんて嘘をついたんですか? 俺と美希二人で案内を受けるはずなのに」
「織田さん、世の中多少の嘘をつかなければ、好機というものは過ぎていってしまうんですよ。私にとっての好機はまだ過ぎて行っておらず、今まさに私の手の中に転がり込んできているんですよ」
「?」
俺はどうも複雑な話をされるとダメらしい。もう少し優しくしゃべってはもらえないだろうかね。美希もなぜだか浮かない顔をしていて、それなのに目はらんらんとこれからの楽しみに対して輝いている。こんなにも複雑な状況、俺が耐えられるわけもなかった。
案内の人が「ただいまからご案内します場所は、一般会場の入り口になりますエントランスゾーンという場所です。後、十分いたしますと一般入場が開始になりますのでパパッとご案内したいと思います」と言うと、美希は「おぉう!」と威勢のいい声を出した。女の子らしい威勢のいい声だから、中々深いものだった
エントランスゾーンと呼ばれる場所には、案内の人曰く最近発売したばかりの車種が十社十二台並べられていて、きっと入場した人の心を惹きつけることだろう。全く車に興味のない俺が少し気になってしまうほどだから、車好きであれば狂うほど喜ぶことだろう。
故に、ここで一人狂い始めてしまう者がいた。




