不思議な夢の話
「自分がこの世界で一番不幸だなどと、思い込んではいないかい?」
黒い帽子を深くかぶったその人は、呆れたような口調でそう言った。
帽子の下の表情はうかがえないが、きっと呆れた顔をしているのだろうと思う。
「君程度の不幸なんて、不幸と呼ぶことすらおこがましい。
いっそ、その程度で悩むことができるのだから幸せだと思うべきだ」
そう言いながら、その人は頬杖をついて宙を指さす。
「思うに、君は今の自分の状態を不幸だと思うことで、これより下はないと思いたいわけだよ。
今がどん底だと思えば、あとは上がるだけだなんて言って、前向きになれると錯覚できるからね」
深いため息をつき、その人はこちらを見る。
帽子のつばに隠れてよく見えない視線は、けれど確かにこちらを向いている。
「何にしたって、君が世界で一番不幸だなんてことはないさ。
……まあ、そう考えること自体が『不孝』ではあったとしても」
おかしな言葉遊びをする人だ。
そんなことを思いながら小さく首を傾げたら、その人は鏡写しのように、一緒になって首を傾げた。
「変なこと言うなぁ、って顔してるね?
いやいや、そんなことはないよ。何も変なことはない。君も分かっているはずさ」
にやにや、帽子の下からのぞく口が、弧を描く。
楽しそうに、愉しそうに。
「ねえ、そうだろう? 僕は君なんだし、君は僕なんだからね」
そう言って顔を上げたその人は、僕と同じ顔をしていながら、僕とは全く違う表情で嗤った。
***
不思議と、晴れ晴れとした気持ちで目が覚めた。
昨日まで何かいろいろと悩んで、いなくなってしまいたいなどと思っていたはずなのに。
どんな夢を見たのかは全く覚えていないが、寝覚めだけは妙によかった。
あと、何故か起きたら胸の上に黒い帽子が乗っていたのだけど、これはいったいどういうわけか。
「まあ、いいかァ」
黒い帽子をサイドテーブルに置いて、ベッドを出る。
大きく伸びをしながら、洗面所に向かった。
自分の悩みと向き合うことを考えていたら、こんなおかしな話が思い浮かんだので書いてみました。
夢の中で出会った『彼』については、主人公の別の人格、主人公の深層心理など、お好きに解釈していただければと思います。