望月の異変
望月の人間として、その言葉だけでなにかあったんだろうと僕は察した。
各地域にはその地を治める家が存在し、地域の安全を守っている。
結城先輩はこの地域を治める望月家の実質当主だ。
地域の安全を守るというのは何も犯罪から地域を守るというものだけではない。
この世界が始まってからずっと、今の今まであやかしのものの端くれのような存在が社会問題となっている。
時空が歪んで、そこからこの世界のものではないものがこの世界を襲っていた。
これは人類の歴史を語る上でずっとつきまとっていた問題。
最近ではこのあやかし、僕たちが「怪」と呼んでいるやつらが人類に襲いかかるという事件が多い。
今回もきっとそのことだろう。
「わざわざみんなをうちに呼んで報告するのも面倒だからね。」
「お兄ちゃん? 」
結友那も望月の人間だが、今回のことは何も知らされてないんだろう。
必死に思い出そうとしているが、何も浮かんできていないように見える。
結城先輩がいつになく真剣な様子で話はじめる。
「さっきうちから連絡があって、月駒高の生徒が怪の犠牲になったそうだ。」
やはりそうか。
結城先輩が望月の名前を出して話をするときはだいたいこうだから。
部屋にいる全員が自然と真剣な表情になる。
「…それは襲われたってこと? 」
考え込んでいた舞姫先輩が口を開く。
結城先輩は軽く首を横に振った。
「いや、喰われた。」
「えっ…。」
結友那が思わず短く声を漏らす。
でもそうなってしまうのもわかる。
ここにいる全員が言葉を失った。
生徒会は全員顔見知り、という話をしたが、生徒会役員になった全員がこの怪に関してのスペシャリストである。
そのスペシャリストたちが言葉を失った。
なにか大変なことが起こっているということは容易に理解できた。
「喰われたって… 結城。」
舞姫先輩がいてもたってもいられなくなったのか立ち上がった。
それとは逆に結城先輩は冷静だった。
いつもより落ち着いた、低い声で言う。
「遺体も、跡形もないそうだ。」
その場に残されていたのは革靴の片方とスクールバッグだけだったそうだ。
僕が知っている普通では襲われたにしても命を落とすことは稀だし、怪我をして病院、またはこの辺だったら望月の家に搬送される。
僕は喰われるという事案を全く知らない。
「それに、その怪が未だに見つかっていないらしい。」
「それって…! 大丈夫なの? 」
舞姫先輩が冷静さを取り戻して言う。
二人のやり取りを見ている嗣柚と結友那の表情もどこか暗かった。
「ついさっき避難指示を出したよ。ちょうど生徒会室に来たときくらいかな。」
「そいつが今どこにいるとかは? 」
舞姫先輩の問いに結城先輩が静かに首を振る。
「わからない。」
部屋に一旦静寂が訪れる。
それぞれ何を考えているんだろう。
みんなの表情は暗く、なんだか僕の気持ちまで重くなってくる。
一旦の静寂を結城先輩が破った。
「…僕が今言えることはこれしかないけれど、今家の方で調べを進めているらしい。」
「…用心、しなくちゃっすね。」
嗣柚がぎこちない笑顔を見せる。
舞姫先輩はお茶を一気に飲み干した。
結城先輩の表情が少し緩む。
「とりあえず他の生徒や一般の人々には内密に頼むよ。」
いつもどおりのトーンで結城先輩が話し始めるとその他の人の表情もだんだん緩んできた。
「こんなこと他に言えないわよ。」
舞姫先輩もいつもどおりに戻ったようだった。
先輩は自分で急須からお茶を注いでそれを飲む。
「そうだよね、だから帰りもみんな気をつけてね。」
結城先輩は僕から見てもわかる作り笑顔を浮かべた。
これまで一言も発しなかった結友那が少し気まずそうに口を開いた。
「お兄ちゃん、領域の人にはなんて言ってあるの? 」
「周辺の磁場が乱れ、怪の被害が確認されているため、って放送が入ったんじゃないかな。」
それを聞いた舞姫先輩がまた難しい顔をした。
なにかおかしなことがあっただろうか。
聞いている限りおかしなことはない気がするが……。
「もちろん状況的にはそうなんだけど、放送で怪に喰われたとは言っていない。だったら避難しない人たちもいるんじゃないかしら。」
それはそうだ。
怪の出現は日常茶飯事だし、地震速報が来ても大雨で避難勧告が出てもびくともしない人だっている。
今回は怪のプロたちも状況がつかめていない。
危険だ。
そう思ったのは僕だけではなかったようだ。
嗣柚と舞姫先輩と何も言っていないのに考えていることが通じていた。
「結城、その怪を探しに行きましょう。」
「当たり前っすよ! なあ彩樹。」
「もちろんです。」
僕たちの発言に結城先輩は少し考えるような仕草をした。
どうするんだろう。
僕は結城先輩をじっと見つめた。
少ししてから結城先輩が話し始める。
「わかった。でもこの件はあまり目立った行動をしないほうがいいと思うんだ。」
「人食いの怪がいるなんて言ったら大パニックになるもんね。」
「結友那の言う通り、だから僕たちは普通に下校するように装う。 それで密かに捜索し、見つけ次第交戦して構わない。 いいかな。」
全員が結城先輩の作戦に同意した。
「僕は一度望月に帰って状況を確認する。 何かあったらいつものチャットか無料電話で情報を提供してくれ。」
「わかったわ、そうと決まれば早速行きましょう。」
舞姫先輩の一言で全員生徒会室を出る準備をした。
生徒会室を出る時、時計はもう7時を回っていた。
結城先輩が生徒会室の鍵を閉めた。
「あくまで目立たないように頼むよ。」
結城先輩はそう言い残して職員室へ向かった。
そのあとに結友那が小走りでついていった。
2018.11.28 サブタイトルの変更をしました。