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10 現状打破の一手

 赤とんぼが飛び始めた頃、たった一晩の異常事態のことは表向きにはすっかり忘れ去られていた。でもあの日の空を見ていたものは、やっぱり今でも毎日空を見上げては、あの真っ黒な三日月を探してしまう。真一の隣の席は、未だ無人のままだ。


「…花帆、帰ってこないね」


 唯の血しぶくような生命の勢いも、今はすっかり大人しくなっている。


「…うん」


 親友だった唯にすら連絡がいっていないことに、真一は心配を通り越して疑問を抱き始めていた。たまに家に帰ってくる兄に話を聞こうにも「知らない」の一点張り。

 父からの情報も何もなしだと、良太も言う。病院での花帆の担当医だったのだから途中経過の情報が入ってこなければおかしいのに、父は守秘義務で教えられないのではなくて「本当に何も知らない」のだと答えるのだと、良太も訝しんでいた。


「こんなことありえないよ。普通、患者が転院したら経過を教えるべきだろ?担当医が知りたがっているんだからさ。どんな治療でどの程度回復したのか、とか、父さんも知りたがっているんだ。芹沢の場合、体も脳にも異常がないのに目だけが見えないんだから。なのに、研究所は何も言ってこない。芹沢の身体データと詳細な脳波のデータを持って行って、それっきりだ」


 良太の愚痴に、真一も続く。


「俺の兄さんも、何も教えてくれないんだ。芹沢が今いるのと同じ編笠山研究所に勤めているのに。何も知らないっていうより、口を開かない。最近は俺がしつこく聞くから、顔を合わさないように平日の昼に帰ってきて着替えを持ってったりしてるよ」


「ちょっと待った、あんた今なんて言った?」


 しおらしく良太と真一の会話を聞いていた唯の目に、にわかに光が宿った。その熱に若干おびえながら、真一は復唱する。


「え…えっと…研究から帰ってくるときは、いつも俺のいない平日の昼間で…」

「そこじゃない!あんたの兄さん、花帆と同じ研究所にいるの!?」

「あ、うん。編笠山研究所。ここから一番近い研究所」

「そんなことわかってる!てゆーか、なんで、今まで黙ってたのよ!」


 再び吹き上がるようなエネルギーを得た唯に、真一は嫌な予感しかしなかった。いや、嫌な予感の中に、この「誰にも何も知らされていない現状」を打破できるかもしれない、という一筋の希望を見出してもいたのだ。




 真暗な森の中、いや、森の中かどうかすらわからないほど靄のかかった世界。真一はそこに立ちながら、強烈な不安感と焦燥感に苛まれていた。なんだ、なんだ、早くいかなくちゃ、ここにいちゃいけない…。たまらないのに足が動かない。早く走り出さなければ、ここにいては、また…

 その瞬間、目の前に花帆が現れた。靄の中から走って来たらしい。真一には気づいていない。逃げ惑う花帆。何かに背中を切り付けられ、真一の足元に倒れ伏す。次の一撃を食らう前に、何とか起き上がって応戦する花帆。でも相手に圧されてまた倒れ、傷つき、泣く花帆。ああまただ、また俺は動けない。またここで、花帆が泣いているのに…


「…花帆っ!」


 そこで目が覚めた。耳の中が気持ち悪い。水音が煩い。


「…情けねえ」


 真一はひとりごちた。夢で泣くなんて、小学生の頃以来だ。どんな夢を見ていたのか思い出そうとしたが、さっきまで見ていた光景は真一が冷静になればなるほどすごい速さで遠ざかっていく。覚えているのは花帆が出てきたことだけだ。


 枕もとの時計は、深夜1時を指している。耳を澄ましたが何の音も聞こえない。どうやら両親は寝たようだ。ゆっくりベッドから起き上がる。真一は行動を開始した。

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