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4 ザトウクジラと少年

 本堂と呼ばれる場所は、思わずつま先をぎゅっと丸めたくなるくらいに広く威厳に満ちていて、そして高圧的だった。ここは、かつてこの合宿所が宗教施設だったとき、多くの僧の修行場であったという。


「1組から順番に、集会隊形で並んでください。そこ、さっさと入ってきて。先頭はこの畳の淵の線に合わせて整列してください」


 教員の声も、昼間ほど高らかではない。いや、彼らは声を張っているのかもしれないが、本堂の空気がそれを押さえつけているのだ。昼間はざわざわと落ち着かなかった生徒たちも、今はなんだか大人しい。


「では、僧侶の方に来ていただきます。大変高僧の方で、座禅のやり方をご教授していただきますから、みなさんしっかり聞いてください」


 そう言われて真一も良太もだいぶ身構えたが、出てきたのはぽっちゃりとしていて丸顔の、いかにも人のよさそうなお爺さんで、二人はなんだか拍子抜けした。


「えー、こんばんは、第一高校のみなさん」


 その姿に違わず穏やかな声と話ぶりに、生徒たちの緊張も幾分和らぐ。


「座禅体験と聞いて、憂鬱な思いを抱いている人も多いのではないかな。それか、『数学の授業みたいにじっと座って時がたつのを待っていればいいのだから、こんなに楽なことはない』と思っている人もいるかな。おっと、今睨んだのは数学の先生ですかな。ふふふ、みなさん、ここで笑わないと、今日の話はもう笑うところがありませんよ」


 ここでやっと、数人がぱらぱらと笑う声が聞こえてきた。


「心を穏やかにしてください。間違っても、無にしようとはせずに。心を無にするのではなく、心の内なる声を聴くように、自分の内側に深く潜水していくようなイメージで…潜水ってわかりますか、水の中に潜るようなイメージです」


 そう言われた真一の頭の中には、花帆に頼まれていたザトウクジラの映像が浮かんでいた。クジラになった花帆は、夢の中の大海を自由に泳ぎ回ることができたのだろうか。青く、青く、どこまでも深い、冷たく新鮮な水の中を泳ぐのは、どんな感覚なのだろう。


「…では、せっかくですから雰囲気を出すために、これを被ってみましょう」


 腹部にコバンザメを従えて海藻の森を潜るところまで想像していた真一は、女子の悲鳴によって現実に引き戻された。


「いやーーーー!」

「信じらんない、は?ありえないんだけど?!」

「無理無理無理、せんせー、帰る―――!」


 ニコニコしながら和尚が出して来たのは、今時お笑い芸人でも見ない、ハゲかつらだった。


「おっほん、いいですか皆さん、これも修行なのです。目の前の人がこれを被っていても、決して笑うことなく、また自分がこれを被っていても、決して恥じることなく。心を自分の内側に向けるための、訓練なのです。隣の部屋では今まさに同じことを、富士高校の皆さんもやっていますよ、誰も笑ったり嘆いたりしていません」


 もっともらしい顔で和尚は語るが、本堂は半ば内乱状態だ。避難民は我先に教員にすがり、勝手に外へ飛び出そうとしては僧侶に立ちはだかられていた。


 混乱が収まるのに、30分以上の時間を要し、先頭に立って闘った者は両側を見習い僧侶に挟まれてのハゲかつら着用となった。


 こんなに大騒ぎになっても、最終的には皆死にたそうな顔をしてかつらを被るあたり、やはり真面目で優秀な一高生なのだろう。真一もかつらを被ったが、特に面白いとも感じなかった。

 花帆の方を見たいとは、思わなかった。

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