プロローグ
まるで、月面を幾重にも反射しているみたいだ。真一は一人、パンタソスから降りた。足元は水のように透明で、遥か下界、花帆の眠る街をうすぼんやりと霞ませていた。
『敵殲滅につき全機撤退』の命令に従わない者が、一人。真一はその取り残されたパンタソスに、ゆっくりと歩み寄る。ハッチを押すと、すでに十分すぎるくらいの衝撃を受け切って歪んだその扉は、音をたてずにゆっくりと開いた。中の子どもは、流れた血を拭こうともせずに座り込んでいる。
「…おい」
パイロットの虚ろな目には、彼に呼びかけるために開いた真一の口の中が、無作法なくらいに赤く映り込んでいた。真一は耳にはめた無線で、管制官に指示を仰いだ。
「…16号機のバッテリーとブラックボックスを回収して、撤収せよ。そいつに、生体反応はない」
その声は、鼓膜にぶつかって跳ね返ったように、真一の耳には届けど心には届かなかった。しかし、彼の足元のブラックボックスを取り出し操縦席のバッテリーを回収する行動に、心は必要なかった。
彼の遺したエネルギーと闘いの記録を胸に、真一はもう一度、彼の目を見た。
その頬に触れる。冷たい。
「…何故、こんなことに」
蓮。
お前との約束を、僕はまた、破ってしまった。