酒場での密談
心細い明かりが木製のカップやスープ皿を淡く照らす。
ないよりマシな明かりに群がるように思い々の格好の男たちが宵もふけつつ酔いにまかせて各々の楽な姿勢で酒盃を重ねていた。
ここは王国一の貧乏領地の掃き溜め、穀潰しが夜な夜な管を巻く底辺の酒場『四足亭』である。
飲み過ぎて吐いてる男をモチーフにした店名と看板はこの店の店主がお世辞にもまっとうな人間であるとは言えない証拠だ。
その陽気な集団から少し離れた壁際の4人席にひとりで酔いつぶれている男がいた。
男は思う。
そいつは突然やってきて、気がついたらオレサマの上司に収まっちまった。きっと同じだ。責任は果たさず旨い蜜だけを吸って危なくなれば逃げ出す野郎に違いない。
この領地の現状がわかれば早晩ケツをまくるだろうと。
「こちとらお前らの遊び道具じゃねぇんだよ。」
呂律の回らない男、ティオは新たに領主となったハルオというヘンテコな名前の男のことを考える。こんな領地を引き受けただけでも少しは見どころがあるかもしれないとは思うものの手放しの賞賛は送れない。
かれこれもう数日入り浸っているこの酒場では夜が過ぎて朝が来て何度昼がすぎたことだろう。ふとおかしくなってきたティオは頭をテーブルに乗せてくつくつと笑う。
そんなティオの頭からグラスで水をかける男がいる。
「そろそろシラフに戻ったらどうですか?」
ティオの極寒の視線の先に佇むのは、くすんだ金髪が短く刈り上げられていて優男に見えるが芯のある風情が実に風流な武人然とした男である。
「あー?なんだベネッサのとこの弟野郎かよ、てかなにしてくれてんの?」
「姉がお世話になっています。任務は明日の朝ですよ。」
「いかねぇって言ってんだろ、バーカ、おととい出なおして来やがれアホ!」
舌打ちするティオはこの男が苦手だった、というかベネッサも苦手だがこの弟は尚更たちが悪い。このバカが言う話というのは、新領主サマの護衛任務のことだろう、裏の丘に登るだけのピクニックの護衛を誰が引き受けるか、舐めるのもいい加減にしやがれと言いたい。
この酒場で飲み始めるきっかけを思い出して憮然としているところに優男のささやく声が届く。
「あなたが気に食わなければ殺してしまえばよいのですよ。簡単でしょ?」
「ほう…。」
質量を含んだ視線がギラリと暗闇に光る。
獣の如き光を取り戻した双眸はすでに優男を見ていない、手負いの獣がぐらりと揺れる体を引きずるように掃き溜めを出て行った。
「まったく、手間のかかる御仁だ、さてさて新たな領主様は生きてこの街に戻ってくるでしょうか。」