万年草と無骨者
薬師の老婆サラの村から街道を逸れて騎馬で半刻ほど、小川沿いに進んだ場所にそれはあった。
「万念草に、こっちは煙草の葉じゃのぅ」
ティブラスの本領では換金作物ばかりを作っていたと言われているが、本来は穀物を生産していたであろうこの飛び地の畑も一面の万念草畑や煙草畑となっていた。
この大陸で自生するこれらの植物は毒性が強く幻覚作用と常習性が非常に高い。煙草は噛みタバコや巻きタバコとして嗜まれていた。こと、万念草に至っては一部の呪術師が治療や神降ろしに使うような大変危険なものであった。ラームは言う。
「抜け荷や勝手の栽培が見つかれば打ち首もあるというのぉ」
「領都で出回っていた万念草と煙草ってのは……この畑から出てきたって事だよなぁ。」
「ふむ、あの村の中にその作業に従事している者がいるということじゃな」
「これだけの大規模な畑だと、密売組織もこの村に出入りしてたんじゃねぇか?」
「この地は伯爵の直轄領となったのであろう?元の姿に少しずつ戻さねば村人も飢えるじゃろうな」
「かったるい事ぁ文官のやつらに押しつけちまえばいいだろ。爺の探してんのはこいつじゃないんだろ?」
赤く色づく大葉の煙草を数枚引きちぎってラームにかざす。
もう少し奥に進んでから村に一度帰ることを提案したラームは遠く霞む山の尾根を険しい表情で睨んだ。明日は雨やもしれぬなぁ。そう言い残してそそくさと畑の切れ目にある谷山に分け入る。ナタのような刃物で道を切り開く様はやはり年季が入っている。
「おお、すげぇ、伊達に歳だけくっちゃいねぇってか、がははは!」
「いちいち五月蝿い男じゃ」
どんどん切り開くラームについて賑やかな一行が谷に分け入ったときだった。畑の様子を覗く女たちが茂みから恐る恐る出てくる。旅人や兵士が来たら隠れるように言われていた。
「もう行ったかしら、この畑バレてしまったらどうなるのかな?」
「打首かもしれないわっ……どうしよう。」
各々に不安を口に出す。無知な村娘たちは領主と村長に指図されてこの畑を拵えた。だが栽培している作物はすべて食べられないものだと教えられた。たしかに煙草は見たことがある。それでもお金になると言われて毎日必死に面倒を見ていたのだ。先ほどの旅人たちが話していた事を思い出すと身震いがする。
「どうしよう……。おっとぉにうめぇメシを食べてもらおうと頑張ってただけだったのに」
「あたいもよ!村長とザラとかいう領主に騙されただけよ!」
いよいよ、まずは村長をシメに掛かろうかと気勢が上がり始めたころだった。突然朴訥な男の声が女達の後ろから聞こえる。
「大丈夫。オレが領主様に報告してやる。」
女たちは自分の耳を疑った、領主というとこの畑を作るように命じたザラ様だろうか?この男は何を報告しようとしているのだろう。余りに唐突で、余りに言葉足らずなそんな言葉に女たちは黙りこんだ。そんなときだ、女性の深い溜息を纏って絶世の美女が木の影から現れた。皆が皆息をのむ。
「セト、そのような短い言葉では間違って伝わってしまいます。せめて、領主様ではなくてハルオ様と言ってあげるだけの配慮をなさいな」
柔らかい物腰でセトという男をたしなめる。女たちはセトという名に心当たりがあった。新しい領主様の設けた『御使いの狩人』その隊長の名だ。そしてそのパートナーは銀狼のララ。この世のものと思えぬ美女に変幻するという。
思いもよらぬ有名人の登場に年ごろの娘ばかりの女の集団は黄色い声を上げて二人を囲む。先ほどの悲壮が演技であったかのような賑わいだ。
「なんだ、元気ではないか。」
「はい、はい、良い子ね、あたなたちのことはこの御使いの狩人様が責任を持って保護するわよー」
取りすがってくるまだ少女でしかない村娘を撫でながらあっさりとセトに仕事を預けるララ。やはりいつまでたっても、いや時が経つほどにセトはララの尻に敷かれる運命を受け入れているように見える。憮然とうんと答えるセトは手近な少女の頭に手を載せた。くすぐったそうな少女の笑顔になんとなく良いことをしている気分を味わえて、セトは幸せだと思った。
一方、谷山に分け入ったラームたち一行は用水池の跡地を見つけていた。『千畝のは今は昔、人の営み〜』(昔は進んだ文明があったのに今は荒れ果てている。今の季節畑も小麦で黄金色に輝いていたのだろう)ラームが詩吟をもってありし日の情景を詠い始めた。万念草の花の香りが濃厚に谷に漂う中、ラームは朗々と詠う。興にのったアデーレはそれに合わせて踊る。なんとも雅な事である。
思いがけずアデーレの特技を目にしたティオは、すっかり打ち解けたサトワに目で合図を送る。ニヤリとして急襲するサトワ。流麗な舞に乗せて細剣を抜き放ちサトワの豪の力を逃す。ティオの目尻は細められた。命を狩りに行くほどの気迫で剣戟がアデーレを襲う。
するり。
7本にも見えたすべての剣を最小限の舞でかわす。すかさず引き戻した剣をそのしなる細剣で弾く。
『良い!』舞うようにサトワの豪剣をいなすアデーレに剛槍が差し出される。
柳だ。
「見事だ!」
アデーレはその剛槍をひらりと躱す。柄に細剣をあててティオの方に走りこむ。ティオは慌てない。
ぐぉおんという大気を切り裂くような音を響かせて10本にも見えるティオの神槍がアデーレに向かう。人の技の限界を超えている。一撃一撃が冷気を纏い蜃気楼のように槍先が霞む。『霞。』ティオは新たな技を開眼した。
ラームは思った。これはもはや命のやり取りである。止めねば。だが体は動かない。
意に反して、さらに滔々と詠う。
にこりと笑ったアデーレはすべての槍を避けて見せた。だがティオの槍が纏う闘気で吹き飛ばされる。
「合格でいい。」
アデーレはこの貯水池の跡地で舞の所作を剣の所作に結びつけることができた。家が没落するまで母親に言われ体で覚えるように毎日稽古した舞。ここにきて剣の道に活きた事に仰向けのまま、小さく涙を零した。そしてその術を引き出してくれたティオとサトワ、ラームに対して感謝を捧げた。
こうして古池のほとりで生まれた剣舞は女の嗜むべき武術として戦乱期の大陸でその遣い手を増やした。そして静かに水が弛わうこの池のほとりには、今は寺院が建つ。その寺院の名を霞の寺院と言った。同年代、万夫不当と恐れられた大将軍ティオがこの地で新たな技を開眼した事にちなむ。
一行が谷から這い出る。
その後を万年草の花の香りが涼やかな風に流されていった。




