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没落領地の気楽な領主生活  作者: 大森サコ
千丈の堤も蟻の穴より崩れるのこと
37/52

黒鼠 3

 トーゥリパーとはトーゥ族の都という意味の古代大陸語から来ている。妙な名前は由緒ある村ゆえの事で村人でさえも発音し難い村の名称だが、そこは旅人の間ではトリパという俗称で知られる。その昔は王宮があり、トーゥ族の王がその地を治めていたが、村に今はその面影はない。


 身の丈が高く筋骨隆々たる冒険者のティオ。可憐な姿ではあるが目に些か以上の険がある女冒険者アデーレ。そしてラーム老人が村に到着したのは、日も落ち切らない肌寒い日暮れの事であった。野良仕事から戻った村人は久しぶりの旅人を見て、あぁまた冒険者かと感想を持った。それでも会釈するあたり気のいい者が多い。


「ふん、随分辛気臭い村だ」

「まぁまぁそう言わずに、彼らも事件では被害者じゃ、それに邪険にもされておらんじゃろ」


 一方、ティオ(アデーレの中では単にムカつくだけの粗野な男ティオール)とは、口を利く事を拒むアデーレは終始無言だ。いよいよここに来てアデーレの中では、ティオールを英雄である将軍ティオと同一の人物と見ていない事が明らかとなったのだが、ティオもあえて訂正をしない。


 よもや領軍を束ねる将軍が自分の昇格試験の担当教官になっているとは夢にも思わないアデーレは、数日前のやり取りを思い出しプンプンとお冠である。


「……いつまでぐちぐち根に持ってんだか」

「お主が原因じゃろ、ちょっと気になるオナゴを見ると弄るのはガキの証拠じゃ」

「……。」

「あーあ、こんな童貞くんが試験官だなんて」


 重武装の騎士を乗せて戦場を駆けうる軍馬の足には、たとえ駿馬といえども易々と喰らいつくことは難しい。鼻で嘲笑ったティオはカストを全力で走らせ村に入った。ティオを領都の広場で見知っている村の門番は強硬に突破しようとするティオを見てすかさず道をあけた。


 ロバのバロッサに合わせて並足よりも遅い速度で歩くオルガは村に幾分遅れて到着した。すでにティオは馬留で飼葉をカストに与え始めており、村の馬番が久しぶりの客であるティオのために枯れた水飲み場に水を注ぎ足している所だ。


「おい女、この後はどうするかてめぇが決めろ。」

「えぇ、そのつもりよ、まずは宿を取ってから例の酒場に向かうのがよいかしら」

「好きにしろ。」


 例の酒場。宿をとった一行は村で唯一の酒場『ローホーの酒場』に足を運んだ。


 酒場には往年の喧騒はない。旅人が近寄らなくなったと言っても近くの山の猟師やすでに隠居した村の老人などが、腹を満たすために訪れる事はある。


 その日は止むを得ずこの村を通った行商の者やそういった近在の男たちが、僅かばかりの恐れと怖いものみたさで酒場を訪れていた。


 黒尽くめの男は日没してから現れるという。


 アデーレ一行は奥まった席を確保し、得物をすぐに取り寄せられる場所に立ておく。視線だけで店内を見回すと酒場の店主と目があった。注文を取りに来た店主は愛想よく、今は客足が遠のいてしまって満足に素材が仕入れられない状態ですが、と前置きをした上でいくつかの名物料理を教えてくれた。


 腹の減っていたティオは何気なく、もっともボリュームがあると紹介されたオススメのトロロームという蛇の魔獣肉の腸詰めを注文しようとするがラームに小声で差止められた。ラームはティオに代わって宿の主人に質問をする。


「ご主人、この魔獣肉はどのような魔獣の肉なのですかな?」

「はぁ、そう言われれば、何の肉と言っておりましたか……。鹿でしたかな、ずっと昔から肉を卸してくれている小柄な猟師の男から毎回買っていたような気がするのですが……おかしいですな、誰から何を仕入れておったか、あとで帳面を見てみましょう。」


 明らかに物言いがおかしい。ラームの探検家としての危機察知が働く。


「ご主人、この鈴を握ってみてくだされ、なに金など要求したりはせぬよ」


 胡乱な目つきの主人にそっと鈴を握らせる。凛と鳴った。


「ご主人、この肉はどなたから仕入れられたのですかな?」

「さぁ、まったく覚えがございません……。」


 困惑顔の店主を見て、ティオもアデーレも視線に険が宿る。ラームがひと目で危険を見抜いた肉は生であれば猛毒、調理で腹を激しく下す程度まで中和できるが、人が食すものではない。


 ラームの見立てによるとどうやら店主は催眠状態にあって、調理によっては客に腹下しの可能性がある種類の魔獣肉を供していたという事のようだ。そしてヴァラキ謹製の鈴が鳴った。これは黒だと誰もが思ったときだ、どこからともなく声が迫る。


「おや、随分早くに仕掛けが見破られてしまいましたかね?」


 「「黒鼠!!」」


 アデーレは傍に立掛けてあった愛剣を鞘のまま突き出す。みぞおちを狙った刺突は陽炎のような男に当たることはない。咄嗟のことで威力も不十分な未熟な攻撃だ。これにはティオは眉を顰める。同様に黒鼠も嘲るような笑みを浮かべると知識が豊富そうなラームに向かってナイフを投擲した。


 チンっ!あわよくば命を刈り取れればと投擲したナイフだったが、僅かな軌道変更で天井に突き刺さってしまっていた。この大道芸じみた武技を披露した男を黒鼠は見やる。その体は自然体で攻撃の意思はない。不気味だ。黒鼠はふと違う質問を投げかける。


「ところで、なぜあなた方には呪がかからないのでしょう?」


 黒鼠が店内を見回すと店主と他の客は皆無表情であった。胸元から鈴を取り出すティオ。


「その鈴は……」


「賊に名乗る名はねぇよ、てめぇも墓標がほしけりゃ名乗るこったな」


「この私の退治に領で最強の将がお出ましとは……恐悦です。

 だが、あなたの命を頂く。」


 黒鼠の言葉に反応したのはティオだけではない。アデーレも賊が何を言い始めたのか理解が追いついていないなりに顎だけが反応したような有様だ。たしかティオールを最強の『将』と言った。我らの領で最強と言えばティオ将軍だ。顎を大きく外してこれまでの挑発を思い起こし羞恥した。


「あ、あなたは……北山の剛槍殿であったのですか」

「死ね!」


 被るように突如叫んだ賊はナイフを数本投擲した後だった。叫びと同時に更に4本を両腕で投擲する。更に口内に仕込みの吹き矢を一本アデーレに向かって吹いていた。室内では大物の槍は扱いづらい。剣を抜刀するとまずはティオに向かった投げナイフを抜刀と同時に前に飛び叩き落とした。北山のなんとかとは初めて聞く、ティオはげんなりしていた。


 驚愕する黒鼠。


 しかし、アデーレに向かったナイフと吹き矢はアデーレ自身で落とすしかない。アデーレはすかさず避ける道を選んだようだ。だが悪手である。吹き矢は狙い違わず避けた先のアデーレに殺到している。一刻の猶予もない。


 一瞬にして判断したティオは自分の得物をその剛力で吹き矢に向かって投擲した。もし吹き矢と2投目が同時に行われていれば間に合わなかっただろう。攻撃の僅かな間隔がアデーレを救った。とはいえ、賊もただ眺めているわけではない、すべての攻撃の失敗を悟ると逃走を試みようとする。ラームを見ると丸テーブルを引き倒しその裏に潜んでいるようだ。


 ラームから視界を外すとなんとティオが得物を失っている。このような好機は二度とないと足に仕込んだ毒矢をつま先から発射した。人情のあの男なら必ず反応する。そんな打算もあって毒矢はアデーレに向かっていた。


 ちっ!軽い舌打ちを残してティオは自然に跳躍する。アデーレはティオの剣で黒く見えづらい吹き矢を叩き落としたときに一瞬呆けてしまっている。戦場でのこの隙は死を意味するが、冒険者の彼女にはまだ理解できていない。


「おい!呆けるなっ!!動け!」


 はっとなったアデーレが回避の行動を取ろうとするが間に合わない!


 ドンっ ざす。


 急制動したティオは防御が比較的硬く、心臓よりもっとも遠い篭手で毒矢を受けていた。


「ティオ殿!」


 ティオの視界が暗転する。思いの外強力な毒を仕込んでいたようだ。毒の回りが早い。わずかに聞こえるアデーレの泣き叫ぶ声を聞いてティオは呟いた。『また油断をしてやがる、こいつは死なねぇと治らねぇな』――窓の破壊される音がする。『賊は呆れて出て行っちまったか』

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