好々爺 3
案内する女中が晩餐会の会場にザラを先導してやってきた。
ハレの日の衣装で着飾った雅な行列である。その行列の主は仙人の如き風格を持って参列者の視線を惹きつける。
刻の頃は会場に繋がる長大な通路をその日最後の輝きが照らし出す、黄昏の時間であった。その日、役務により不在とされたティオだけが陪臣貴族家からの欠席者である。と通達され人々の想像を掻き立てた。どのような難事件が起きているのだろうかと。
城の明かりがきらびやかに瞬くようになると、財政が苦しいためにその滅多にないライトアップされた城の姿をひと目見ようと街では人が繰り出す。その中にティブラスの手の者が紛れ込んでいることに気付くものはない。
ひょうひょうと風が鳴る。
「なんだ今日は随分と風が強いな」
「なんだあれ!城に!」
強い風が店内に吹き込まないよう、蓮華亭の主人が雨戸を締めに外に出たときのことだ。通行人の叫び声に応じて城を仰ぎ見る。
すると今まさに伯爵家の牡鹿と叡智の葉を模した青地の旗が降ろされ、槍を抱える青龍を白地に染め抜いたティブラス家の家紋が城に翻る。
「ありゃ、ティブラス家の旗幟だ……こりゃまずい、今日は閉店だ!すぐに家族がいるものは家族のもとに行け!!」
蓮華亭の常連は城努めの文官が多い、彼らの信奉する主は無事だろうか。――彼らは家族の元に戻るか主であるハルオの元に参集するか相談を始めた。それを横目に開け放たれた窓を手分けして閉め始める蓮華亭の従業員は最悪の事態が起きていない事を祈った。
ザシュッ――ガッ!
旗印が差し替わったとき、それを合図に蓮華亭の横の交番が襲撃を受けた。襲撃犯はいずれ劣らぬ実力者揃いで、手練手管の豪剣を受けて立つは配属されて3日。まだ新米の兵士見習いであった。しかし新米とはいえ、辺境域で冒険者として数々の難題をこなしてついに兵士となった男だ。名をレンと言った。簡単にはやられはしない。
交番詰めは全部で5名。うち反乱の旗色を示しているのは2名。既に斬り捨てている。斬撃の合間に息を整える。このような余裕のない場合はより長く剣を振り続けられたものが勝つ。
「おれたち3人では荷が勝ちすぎるが!?」
シュっ!
おっとと躱して軽口を叩く。
「それも増援が来るまでだ!」
血湧き踊る戦場にあって舞い上がるレンに対して女上官から言葉短かに叱責される。
「冗談を言っている暇があったら一人でも多く斬れ。」
蓮華亭からは数名分の視線を感じる。たしかあの店は文官共の溜まり場だったはず、兵力としてはあまり当てにできない。剣戟の合間にふと過ぎった考えだが、一瞬の半分ほどの速度で店主の豪腕が思い出された。
そしてその期待?通り全身武装した店主と店の従業員2名、文官の中でも呪術を得意とする3名が援軍として駆けつけたのだ。
襲撃犯は全部で8名、交番側の寝返りが2名で既に死した。残るは元々の襲撃犯が5名である。ここに来て交番側の3名に1名の死者が出て、残るは上官と自分の2名だけ。だが、蓮華亭からの援軍で6名。数が逆転した!
「おい文官!危ない真似はせずに店に引っ込んでろ!」
心ならずも文官を帰す発言で自分の心を落ち着かせるレン。
相手も空気を読んでか一呼吸で返してくる。
「心配ご無用!」
すぐに呪術の詠唱に入る文官たち。さすが城勤めの文官である、攻性のある術も扱えるようで、火と闇と足止めの呪術が襲撃犯に襲いかかる。火を浴びた男は地を転がり、のたうち回るが死が確定し無力化した男を気に留める者はこの場にいない。闇の呪術は斬撃によって切り捨てられた!足止めは見事決まり、レンが止めを刺した。
「おい奴さんは相当だぞ」
斬撃で呪術を叩き切った男を見て蓮華亭の主人が嬉しそうに言う。だいぶ端折られた言葉にレンも頷く。店主はレンに並んで武器を構えて迎撃の態勢を取った。武器は大型の斧である。ついでの駄賃とばかりにこれまで手が出なかった襲撃犯一人の腕をその大斧でかっ攫っていく様に襲撃犯の気持ちが呑み込まれる。
蓮華亭の主人の名はマッカラという。
訳ありと本人は言うが、実のところ愛する妻のために危険な傭兵稼業から足を洗い、今は下町の酒場のマスターに収まっているのは万人の知るところだ。その店員も傭兵時代の仲間たちと来れば、そのあたりの賊や下町でのさばるチンピラ共は相手にもならない。
自然、蓮華亭のまわりは治安の悪い下町にあって一種のオアシスのような場になっていた。貴族街や城に抜けるには蓮華亭が接する大通りを通らねばならない。そのような道の事情もあり街の治安の維持に一役買っていたのだ。
一方、襲撃犯のほうは半分が反乱をするまではこの街の元兵士である。当然この要衝の重要性も、そしてマッカラの存在も気にしていた。そこに交番がありそれなりに腕のたつものが配置されていることも理解していて尚、今回の襲撃隊の編成なのだが、いざ当ってみるとその実力は予想を遥かに上回る。
遠くで半鐘をけたたましく連打する音が聞こえ始める。仲間が他の交番の襲撃を成功させ下町に火を放ったのだろう。遠くには盛大に燃え盛る炎の柱が見える。ここは引くべきか……。
「考え事をしている、場合じゃないよっと」
レンの牽制を兼ねた下段からの振り上げを間一髪避けた襲撃犯のリーダーは、襲撃目標変更の合図を口笛で知らせる。残る配下は1名しかいない。『随分やられたものだ』その思考がリーダーにとっては命取りとなった。返す本命の斬撃を中段で右から横薙ぎしたレンのさらに右側から大斧が迫る。
「なっ!??」
主武器を投げ込む攻撃は予想の範囲外であったが平時であれば対処可能だ。だがレンの斬撃に気をとられていた事が大きい。ざっくりと左肩を抉られた襲撃犯のリーダーはどおぅっと前のめりに倒れた。斧を抜き拾った店長はその斧で慈悲の止めを刺す。部下のほうは呆けに取られている間に店員に討ち取られていた。
こうして蓮華亭周辺は鎮圧されたが、下町全体を見ると襲撃者が優勢のうちに事が推移していることが伺い知れた。街は炎に包まれている。
蓮華亭のメンツと城勤めの文官、交番の女ボスのサーニャ、レンは下町の人間を避難させつつ敵を掃討することにしたが、避難民が城のほうに押し寄せようとするのを蓮華亭の前で押しとどめ脇に逸し、街の外に誘導する。城の旗はまだ元に変わっていないのだ。
「おい、レン。お前なかなか強かではないか。」
「サーニャ隊長、何を見てそのような?」
先ほどの襲撃犯のリーダーとの戦いで後ろから店長が来ていることを気配で察して、無駄に牽制など入れたことを見ぬかれていたようだ。サーニャはいたくその点が気に入ったようで、若干興奮して聞いてくる。いつ店長に気付いたのだとか、牽制がうまくいかなければどうしようと思ったのだ?とかそう言った興味本位の質問が続いた。
どうやら剣術オタクであることが判明したサーニャと共に文官を守りつつ、避難民の誘導を行う。あらかた街から逃げ出せた人々に襲撃犯の生き残りが含まれていないか慎重になりつつ炊き出しなどの指示を出す。すると街の有力者や小さな子どもまで、サーニャたちの手伝いを買って出た。
「街から運び出せた食料を供出します」
「おねぇちゃん!これ使って!」
「交番のお姉さん、炊き出しするなら私の夫が慌てて持ちだした鍋を使ってくださいな」
「皆の気持ちに感謝する、あとおっちょこちょいな旦那にも感謝を伝えておいてくれ」
わはは!違いねぇと大笑いが起こる。この数ヶ月と短い期間でしかないがこの大変な時期に助け合えるだけの心の余裕が人々に戻ったことが奇跡であった。人心を掌握する執政への信頼感が見て取れたレンはなるほど、よい領の兵士になれて良かったと思った。
少し遡って、城では。
晩餐が始まってすぐに主賓のザラが驚きの発言を行い、場が凍っていた。
「わしはこの若造を弑してこの領を奪う。そして王国に対して独立を宣言する。」
死ねと言って目を見開いたザラは膨張し竜のような形をとった。そのししむらは腐り果て異臭を放つ。いきなりの怪物出現に驚いたのはハルオだ。竜のごとき形はとるが流動的で判然としない。肉塊が鳴動したかと思うと怪音波が周辺に撒き散らされる。至る所で鈴の音がなり、ヴァラキも身構えた。
『ほう、封じの鈴か』くぐもった声が念で伝わってくる。頭の中がかき乱されるようで忌避感が強い。
ハルオは思った。『なにこれ、ラスボス!?』
なんといっても主賓がどろどろした肉塊に変身したシーンは完全にグロである。軽いえずきを感じて目を逸らすとヴァラキが印を結ぶのが視界に入る。参列者を案内して会場から避難させる女中や兵士。傍にはララとセトがハルオを守るように位置取りをする。
「閣下、その場を動かず」
「いま動くと来客の中に何が混ざってるかわからないからね」
セトの短い言葉をララが補う。
こちらに近寄ろうとするザラの配下を威嚇するララ。セトはどこから持ちだしたのか弓に矢をつがえる。
ビュン
遠距離からのセトの豪弓はザラの額のあたり(今はどこが額か判然としない)を射抜くが、どうやら何でもない場所だったようだ。ザラの動きは何も変わらない。腐肉を伸ばして来客を飲み込む以外はこちらに注意すら向けられない始末だ。
ついでにザラ付きの兵もバタバタと矢の餌食とした。
ハルオはこれ以上来客や女中が被害を受ける前にと決断してザラに叫びかける。
「おい!オレはココだ!!」
ぐわんと音がするほど強烈に震えたザラはすべての肉をハルオの方に向けて動き出す。血管らしきものや骨が混然となって所々突き出す。突き出た血管からは何かしらの液体がこぼれ、あたりを更に腐臭で覆う。その様は吐き気を催すが、着実にハルオに近づく意図が見える。
おえっぇぇ……。ハルオはえずきながら聖堂騎士団を召喚し来客の避難を加速させる。この様子では街も一大事になっているだろう。ひとまず城の外に避難するように指示を出し、ヴァラキを見やる。
視線を受けてコクリと頷いたヴァラキは印をさらに結び神術を完成させる。その刹那!室内に予め施していた多重結界と即席で構築した結界を重ねがけして、化物になったザラを縛った。
ぐぉぉぉと苦悶の呻きを漏らすザラはヴァラキに対して攻撃を行うが結界に阻まれる。ここに完全に閉じ込めに成功したと誰しも思ったときだった、カッと体を光らせると結界を破壊する。光が結界を蝕むジュンという音が聞こえる。
みるみる溶けて消える結界と怪しく蠢き膨張を始めたザラの体は、結界を喰うほどに巨大化している事を暗示した。これはまずいとヴァラキは思った。わが力の源の玉が見つかればこのような肉塊一瞬にして灰にできるものを……と。
「くっせぇな、爆ぜやがれ!」
そこにティオと昴が参戦した。五感を揺さぶる爆音でザラの一部が爆ぜる!
「おい、脳筋め、肉が飛び散るではないか、ただでさえ臭いのに広げてどうするのだ」
ララの鼻は本当に曲がってしまいそうだ。臭い!なのにこのニンゲンときたら何も考えずに爆破してしまうとは頭がおかしいとしか思えない。同じニンゲンで思慮深いセトとは大違いだとセトにだいぶ贔屓目な文句をティオに叩きつける。
「そうじゃ!そうじゃ!」
ティオの股下から賛同の声がする。
するとぎゅっと股を締めて文句を抑え込まれ、ティオを乗せて昴は駆け出す。昴はすでに白虎の姿で、ティオはその上に鞍もなにもつけずに跨っている。ヴァラキはすぐさまハルオを守る結界を張り、自身も亀の姿に変わる。セトララが遠距離から炎と弓で攻撃を始め、ティオがその攻撃を縫って直接打撃を与える。
「んじゃ凍らしちまえばいいな!」
ごっとティオの体から吹き出す冷気。その冷気が槍に集まる。昴は更に加速しティオが重心を移動して走りこむ方向を決定づける。その様をみてハルオは白虎柄のド派手なバイクにまたがり鉄棒を振り回す珍走団を幻視した。なんとも締まらないことだが、ティオの槍はついにザラの図体に突き刺さる!
突き刺さった場所から凍てつく。
「おぉ、なにそれ!いつそんなことできるようになったの?」
ハルオはティオの人間離れした強化の具合に興奮して叫ぶ。
その声を無視するティオは足場の悪い昴から飛び降りると、槍先と柄先を交互に繰り出す連撃をザラに見舞った。巨体に幾筋にも見えるほどの速度で槍を突き刺すティオ。それを嫌々するザラはついに体の7割ほどまでもが氷に包まれた。そこでヴァラキがハルオに声を掛ける。
「閣下!攻城兵器を!!」
「うん、攻城兵器1番から6番まで召喚!」
ザラを取り囲むように攻城兵器と兵士が召喚される、練度が高く巻き上げ作業が素早い!すぐさま発射準備が整う。
ティオが意図を察して一気に離れたところでハルオは叫ぶ!
「ファイアー!!」
ハルオの合図で一斉に攻城兵器が至近距離で弾丸の大岩を射出する。幾つかの大岩は貫通したようだ。――氷山が砕ける音がする。ボリボリと遠雷のような音が響きザラは砕け散った。
昴の力の破片を体に取り込んだティオの氷結攻撃で完全に固まったザラはカタパルトによって粉砕された。砕けてみると芯まで凍りつき、この時点で決着していたのかもしれない。
すでに3階建てのビルほどの高さに育ち、天井も一部破壊していたザラは沈黙したかに見えた。だが残りの3割はまだ死滅していなかった。分離した3割の肉塊は逃げるように城の中を荒らしまわる。
「『キン、キンカイを……あぁあぁぁぁキンが欲しいぃぃ』」
力の源である金を探し求めて彷徨っているのがその零れる思念と叫びからも伺える。小型になってティオの達人ワザも避ける。天井も伝って移動され、破壊の限りを尽くされる。
「もう、この城ダメかもしんないね」
ララが残念そうに言う。
「よい機会じゃ、城のものは全員避難しておる。ワシの十八番を見せて進ぜよう。皆も城から出るのじゃ。」
中庭にハルオ以下全員が避難した。ヴァラキは大きな振付で祝りを行う。真の力の10分の1だが今はこれで良い。
ザラは命の尽きるを感じていた。金があれば金さえあれば!まだ命を永らえることができる。ハルオに対してザラを殺せるやもと期待した理由はここにある。この生と富への執着こそ、ザラの本質。
−−
すでに老人は1200年もの永きを生きてきた。
いや正確にはこの世に留まったというのだろう。ある呪いを受けたことによる。食事を取らずともなんともない、10年でも20年でも試したときはそれ以上を試すの無駄を悟った。この100年は最早、寝ずともなんともない。
では何も欲がないかというと、ある。金だ。女を抱いてみたがやはり一番は金塊だ。これを抱きしめると愉悦が零れる。そして金を喰らうと傷も治り、あの魔眼が喰った量だけ使えたが大事な金塊をそのようなものに費やすのは勿体無い。
老人が若かりし頃、とある島の洞窟に安置された神獣の肉を喰らった事がある。今にして思えば痛恨の失敗であるが、そのときは心踊った。
神獣の肉を食えば何かの力を得るやもしれぬ。
そう思い、神獣の肉を喰らった男は力を得て人ではなくなった。
龍の神獣の指のミイラであった。干物じゃと炙って喰らうと一瞬にして男の血肉は腐り、そこには金に魅せられた人ならぬものが残った。どうやらその身に龍の金銀財宝を集める習性を引き継いでしまったようである。
そうして時が過ぎ、今の人間社会にじわりと溶け込み、ある領の陪臣家を乗取った。富を築くためなら人が眉を顰めるようなことも数々行ってきた。
−−
ヴァラキの術は完成した。神のイカヅチ(小)。
本来の威力であれば山をも貫く最終兵器だが、略式で引き起こした術は控えめな力である。昴は白虎の姿のまま苦虫を潰したような表情だ。それでも城をほぼ壊滅させ、中に巣食う化物を消し去るだけの力であった。
老人は死が目前に迫ったとき、それまで築き上げた富は何ももたらさないことを知った。そしてザラにとって不幸であり幸せであったことは、この領が貧乏であったことだ。
城の中だというに、探しても探しても金目のものがない。当然金はなかった……。カッと天が光った気がした。もはや自我も崩れつつあった。
「なんという、貧乏領地なのじゃ……。」
ザラ最後の言葉である。
−−
大それた陪臣による反逆事件は城一個と街ひとつを焼き払い収束した。その結果、領の財政は事件前既にギリギリであったのだが、ついに完全に詰んだ。
帰省の移動で疲れすぎてしまい、昨日はお休みとなってしまいました。




