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没落領地の気楽な領主生活  作者: 大森サコ
千丈の堤も蟻の穴より崩れるのこと
28/52

猩々緋 2

ロサボ村へようこそ。

そう出迎えてくれたのはこの村を任されている代官である。名をサラティーナといった。蠱惑こわくの気配をまとった、まだうら若い女であった。


夫はまだない。だがこの地に根を張るつもりもないようで、領都にもどることを願っていると巡回使の男たちにいうあたり、この地を早く離れたくて仕方がないようである。そして、この女、内偵によると周辺の富豪と図って悪どく儲けていた。


代官は中堅の経験と人脈をもった文官が任じられることが多いが、この村は領都から近いこともありまだそれほど経験を積まぬままにこの地の代官の座を預かっているのであろう。思い当たる人事があってバートンはティオの前でうっかり問うてしまった。


「その方、ティブラスの一門であろう?」

「えぇそうよ、お祖父様がいま領都にいらっしゃっていますね。どこぞの英雄気取りは尻尾を巻いて逃げ出したとか。ネズミの子はネズミということなのでしょう。」


にっこりと、別にあなた方の事を言っているのではありませんよ、と資料を片付けながら視線もあげずに言う。マチルダとティオはバートンを見る。

そうだな――ティブラスというのはクソ爺に血が近づくほど腹ただしい者が多い。


金でも積めばどんな無能でも代官となれる時代だ、いい時代になったものだな。そういう仕返しをするあたりティオも大人げない。すかさず気色ばんだサラティーナは口を開きかける。

「だが、お前の事を言っているのではない。」


サラティーナはぐっと言いたい事を飲み込んで、ティオという男をとことん嫌い抜く事を決めた。そのやり取りをみて、バートンはひとまず、この女を解任しなければ何も進みそうにないと考えた。挨拶だけを終わらせてさっさと帰ろうとするティオを押しとどめてバートンは語り始める。


「あなたは領都に戻りたいのでしたね。あなたのお祖父様に言えばどうにかなるのではないですか?」

「ふん、あなた方には関係ないわ」


ハルオが領主となってから人事を動かすにはヴァラキの了承がいる事になっている。そのため譜代の陪臣貴族でも金で解決できるような事ではなくなっていたのだ。


「いいえ、関係あります。私ならあなたを領都勤務に戻すための口利きができるのですよ。私もいろいろ(昴の食費が)入用です、どうでしょう……ここはひとつ(おいしく安い食材の情報でも交換しませんか)?」


自分に都合のよい男が現れた途端に、さきほどあれほど陰険であった女は媚を売るようにバートンに歩み寄る。その横に妻が立っているとも知らずに。また、取りようによってはどうにでも取れる言葉であることも、我欲に目の眩んだサラティーナには気付けない。


「今晩はあなたとご一緒してもよろしくてよ」

鬼の形相の妻にサラティーナの死角から手で合図を送る。ティオは珍しくハラハラとしていた。


いえ、ディナーまでは流石にと辞退し本題を切り出す。

「要はあなたがこの村を治めるのに失敗してしまえばよいのです、手痛くない程度に。あとは領都にはどうとでも言えるでしょう。私の口利きもあります。」


「そうね……。」


「策はこのように――」

囁くように耳に入れる情報は成功を確信させる何かの呪力を持って女を惑わせているようであった。


代官の館を後にして、バートンは妻に尻肉をつねられていた。

あの女ムカつくー、あなたもあなたですよ、キチンと妻と紹介してくださいな!いやだって、ティオ様がいきなり喧嘩始めちゃうから。そんな夫婦喧嘩を始める夫婦を不思議なものでも見るように見つめる昴であった。ティオは我関せずである。


その夜、翌日の朝日すら待ちきれなかったサラディーナは策通りに布告を発する。猩々の捕獲を禁ずる。またその禁を破れば私財を没収の上、追放。村は色めき立つ、喜ぶものはラームのような一部の人間だけであった。そのようにセンシティブな問題とは思いも寄らないサラディーナであった。その夜、鍬や鋤を手に代官の館を包囲した村人はサラディーナの退任を要求するに至った。


サラディーナは止むを得ず、牢の中で一夜を過ごす身となった。

翌朝は知らせを受けた祖父の兵が駆けつけてくれるだろうと考え少し落ち着いた頃、何がほどほどにだ、あのバートンという男もティオと一緒に葬ってくれようと臍を噛む。牢の中で不安や怒りに身を任せ結局一睡もできなかった。


バートンは高級文官として広場の公開裁判に臨席していた。サラディーナはあの男こそこの触れを出させた張本人と指を指し告発したが意に介しない。


賄賂を要求したではないか!と尚も言い募るので、いえ?昴の食費がかかって大変です、おいしくて安い食材を教えてくださいとお願いしたまでですよ?と答える。サラディーナはワナワナとするしかない。


また代理裁判なんて認められない!と叫ぶサラディーナには、サラディーナの祖父がこの代理裁判のルールを作成したことを伝えて黙らせる。こうして、高級文官としての威厳を持って史上2例目となる代理裁判の開廷を宣言した。


「では裁判を始めなさい。」


ははぁぁ、と村の代表3名が次々とサラディーナの悪事を暴露する。これは大変効率がよいと感心して書記役の商人をみやると、あまりの罪状の多さに筆記が追いついていないのが目に入った。


急遽、旅の間元職の中級文官に復帰しているマチルダを書記に任命し、「妻である」とわざわざサラディーナに向けて紹介する。約束をこっそり守った夫に満足して、勝ち誇るようなマチルダがまたかわいい。バートンは不謹慎にもそう思った。


「では、罪状を読み上げる、いや多すぎるので数だけ述べよう。18だ。」


ティブラススタイルで裁判を簡易にしていく。ざわざわとする村の広場。その民衆に向かっては、ティブラスはこのやり方で過去に裁判を行って見せた前例があると説明する。サラディーナ、何か反論ができる証人はおるか?さらりと言ってのけたが、ティブラス流では証人にも罠がある。


「おります。領都まで行きお祖父様とその部下のオーフェン様を呼びなさい。」


「……残念だができぬ。あなたのお祖父様が決めたルールで、開廷している間に呼べぬ証人は無効と定められておる。定めたのはラディオールの処刑の日の朝だと聞いているが。」

ティオに視線を向けて述べる。


「証人は不在ということで、仮の判決を言い渡す。18の罪の内、3つにおいて死刑。残り15の罪はすべてあわせて69年の労働刑。」


「そんなはずは……!?」


「わかりやすく言い直すと、69年労働の後に3度死刑となる。あなたのお祖父様の素晴らしいアイディアで、領民はこの法に守られている。まぁ囚われていると感じるかはあなた次第だが。」


「まって、私の知っていることならなんでも話すわ、領都の商人と司法取引をしたと聞いているわよ。」


「おや、そのような事をご存知とは。これにて本法廷は閉廷する。ティブラスであればこの場で処刑だが……我々はそこまで野蛮ではない。」


声をひそめ

『司法取引についてはヴァラキ様にご相談するように』

「領都に護送せよ!」


こうしてロサボ村の代官は任を解かれ、本人が切に望んでいた領都への帰還を果たした。またその罪は親族が政敵を葬るために用意した罠によって確定したことが、なんとも皮肉である。また言葉ひとつで死罪を3度もくらう事になるとは、文官とは、げに恐ろしやとティオは思った。


それから少しの間、広場から離れた昴が森の守護者の猩々を広場に案内してきた。そしてその猩々が人間の言葉を話すに及び、その怪奇に誰もが固唾を呑んだ。若干緊張しているのか言葉がいつもより舌足らずになってしまっている。


「にんげん、われわれをコロスのはやめてほしい」

「われわれの毛、暑き季節と寒き季節の前にはえかわる」

「その毛あつめる、あたながたに差し上げよう」


「な、なんだ妖かしか……?」

「いま猩々がしゃべったぞ」

「おそろしやおそろしやー」


だんだんと平静を失いつつあった村人にティオが大喝する。さっと静粛が広がる。


「このモノは森の守護者!てめぇらにとってもありがてぇ申し入れじゃねぇかぁ!何を迷う!何を疑う!森の恵みを得る隣人として猩々と仲良く暮らせる村があってもいいじゃねぇか!?」


戦場を支配するティオの大喝に村の者は皆飲み込まれる。

そして昴の体がひかり、白虎の姿をとる。


『わらわは神獣。昴じゃ。

ティオ・ラディオールの願い。

猩々の願い。

聞き入れてやってほしい。

これは森からの願いじゃ。

どうか、よろしく頼む。』


念話が伝わると一斉に跪拝する村人。神獣の願いとなった依頼を誰が断れよう。ましてやいま目の前にいる巨躯がティオ・ラディオールとすれば、先の盗賊討伐戦で一の戦功と言われた槍使いの英雄である。中には拝んでいる爺婆がある。


また、猩々屋の親父や警備も驚愕の表情で頭を地面に擦りつけている。いいカモ扱いした商人一行が、英雄と高級・中級文官、神獣のパーティだったのだからこの反応もやむをえない。当然、宿の主人も驚き顔だが、貸し出した部屋のプレミアムを考えて皮算用が始まっていた。


代表者3名が誓書に血判をして差し出す。

こうして、大陸中どこを探しても初となる猩々と人間の盟約が成立した。この盟約をこの地方の人々は昴の契と呼ぶ。


『人が困れば猩々が助け、猩々が困れば人が助ける。』


史上もっともシンプルな盟約文で森の言葉と人間の言葉で書き示されている。後の世にその誓詞は同じ文章が刻まれた石棺に納められ大聖堂に安置された。


これより、ロサボ村は織物だけでなく猩々を見物する旅人で賑わうことになる。織物は安定した原材料の仕入れができるようになり、益々発展した。


また、旅の目的でもあった診療所の設置は帰りに見送られた。その頃には代官も後任が決まりじっくり話し合うこともできるだろう。火事場にどさくさ紛れに診療所を設置してしまうのは気が咎めたのだ。1村目が領都に近過ぎ、ハルオからも飛ばすように言われていたため、此度こそはと張り切る昴をなだめて再び一行は旅に出た。


ハルオは城にあってまた、領民の民忠が少し上がった。信心も順調に増えて+2680/1dayとなった。また、代官の捕縛の知らせは、対ティブラスの強力な切り札をハルオにもたらした。



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