ラディオールの男
早朝、霧があたりの景色をかすませて微かに残った夏の香りを包み込み、昼夜の寒暖の差が秋の気配を感じさせる、そんなある日。丘を駆けるオオカミの姿がひとつあった。
北の盗賊討伐から帰還する賑やかな軍勢に先駆けること数里。
本隊から離れ、スーパービューのオオカミによる単騎斥候が今は無人の野を駆ける。迷いなく駆け抜けるその姿は流麗ですらあり、その眼差しは鋭い。領都に近づくとオオカミが遠吠えの合図を送る。それはこれから到着する本隊に安全を伝え、これより入場する領都に討伐隊の帰還を知らせることとなった。
「あおぉぉぉん」
ララに比べるとまだまだ青さの残る遠吠えでも人の耳にはそれほど変わるようには聞こえない。その日もハルオはオオカミの遠吠えを聞いたような気がして、バルコニーに出て北の方角を凝視した。
すると時をそれほど経たずして、広場の鐘が味方帰還の合図を打ち鳴らす。
そうするとどぉーっと沸く街の喧騒が城にまで届いた。
城の兵士に広場で戦勝報告会をすることを告げ、ハルオは前日には戻っていたヴァラキを伴い準備のため自室に戻る。ついてくるヴァラキも何やら考え事をしながら珍しく髭をしごく動作を繰り返していた。
「ヴァラキ、今回の戦は誰が戦功第一と言える?」
論功行賞はシミュレーションゲームでは必須だ。これを怠った領主に未来はないっ!
「そうですなぁ・・・皆素晴らしき活躍でございましたが、一番と言えばティオ殿と言えなくもございませんなぁ。」
「随分歯切れの悪い言い方だね?」
ヴァラキは少し考える様子で一拍、
「ティオ殿はその性質果敢にして戦場では残虐。それほどの過酷に身を委ねこれまで生きてきたのでしょうが、あまりに鮮烈なる働きにそれを第一の戦功としてよいものか・・・年甲斐もなく躊躇いましたわい。」
「なるほどねぇ、じゃひとつ人の命を救う仕事でも任せてみますかね」
「ほう、命を」
「ティオの家名はなんていうんだっけ?」
「ラディオールと言いますがあらゆる罪を擦り付けられ家名は地にまみれておりまする。この家名では褒美にならぬかと」
「いや、彼はきっとこの家名を欲すると思う。」
「自信がおありですかな?」
「まぁね、広場で洗濯してティオに返してやろうよ、準備してよ。」
−−−
ハルオが転移してからひとつの季節が移ろった。
見る間に生活が困窮からすくい上げられ、また最近は戦下手でも有名であった領軍が、塩の流通を妨げていた強力な盗賊を討伐して凱旋するのだという。領民は新しい領主になってから改革の息吹を感じはじめていた。広場にはそんなハルオを慕う領民が多くつめかけ、軍の到着をいまかいまかと待ち構えていた。
そこに兵に護衛されたハルオが到着すると広場はにわかに活気づく。
「「領主様ありがとーう」」「「ハルオ様ー」」の大合唱となった。
ハルオが右手をかざすと静粛があたりを支配する。
よく訓練されたファンのようだ。
我、セーラト伯ハルオはここに宣誓する。
セーラト伯の名においてラディオールの冤罪を告発し、これを認める。
ひとつ、ラディオールの罪は全て不問とする。
裁判権を行使したオレのその言葉で、ざわざわしはじめた領民が全員ハッと息を呑んだのがわかった。
「ティオの坊っちゃんの訴えが通じたのだ・・・」
「あーなんてことでしょう、ラディオール様の罪が解けた」
さめざめと泣き出す老人もいて、ラディオール家が領民に好かれていたことが伺い知れた。
ふたつ、ラディオール家を家臣筆頭とする。
!?
そこに領民に先導されて討伐隊が広場に雪崩れ込む。
その先頭を行くティオは今の言葉を確かに聞いた。
ラディオールが家臣筆頭だと?
広場にいた老人が何やらティオに耳打ちをしている。
だんだんと驚愕に染まるティオの顔が見れて少し得した気分だ。
みっつ、盗賊討伐の功により、ティオ・ラディオールを当主として認める。
わーーーーーー
槍部隊も弓部隊も領民も皆大騒ぎだ。
「ティオ、これが証書だ。受け取れ!!」
「粋なことをしてくれるじゃねぇか・・・」
「これまで死ぬ気で頑張ったんだろ?少し肩の力を抜けよ」
「ふん、お前に言われなくとも仕事は適当にこなしているさ」
ティオは受け取った証書を高らかに掲げる。
「オレは!!この土地を愛してる!そしてぇ!!安心しやがれクズどもっっっ!てめぇらに手ぇ出した奴はぁぁ!オレ様がぁ!!相手になってやらぁぁぁ!!」
「わーーーー!!!!」
感情をストレートにぶつけるティオらしい迷演説に領民は大興奮である。
こうしてラディオールの家は再興した。
この日から数えて8日後、ラディオールの政敵でもあったティブラスの当主が領都入りした。




