ある穏やかな家庭
在留届けを書き、すばるを家に預かって帰ると日が改まっていた。さっそく風呂に入れると腹が空いていたのか、かわいいお腹がぐ〜っと鳴いた。
妻は食事も既に終わっているにも関わらず、腕によりをかけてすばるの為に晩メシを用意すると張り切っている。そして妻のおいしい料理がどんどん並ぶ、オムライスと唐揚げ、ハンバーグにグラタンと、オレでも食べきるのは難しい量をどんどん作る。子供受けしそうなメニューなのも気が利いている。
作る傍からうまいうまいとどんどんすばるの胃に収まる。恐ろしいまでの物量がすべて平らげられていく。
よく食べるのはいいことだが、このお腹のどこに収まっているのだろう・・・。
しっかり食べたらコクコクとしだす。
絵に描いたような幸せお子様である、その日は少し遅くなったが川の字で就寝した。
すばるとの出会いから一夜明け、しとしとと降りしきる小雨は秋の植物をゆっくりと濡らした。
今日はいつもより早めに出仕してハルオ様との部外者面会の予約を入れる。運良く本日の午後から半時ほどの時間を頂くことができた。共に寝起きして朝食でも無尽蔵な健啖ぶりに驚愕したものの、純粋で危険はなさそうだ。すでにバートン夫妻の中では単なる食いしん坊のかわいい娘扱いである。
すばるは妻が様子を見ている、午後に一緒に出仕するよう城からメッセンジャーを走らせる。バートンは若干緊張していた。いくつもの小さなミスを大量生産しながらなんとか午後の面会時間になったころには体力も気力も限界であった。
「バートン、入ります」
「入れ」
代が代わってから、外からの面会者に会うために茶室を改造して面会の場を新たに設けていた。穏やかな日差しがサンルームに差し込む。その光を光源に室内は明るかった。どこまでも穏やかな空間が広がっており、趣味の良さにほぅと心の中で賛辞を送る。
そんな長閑な時間は突然にして壊れる。
暗い廊下から明るい部屋に移動して目が眩んだ隙にひゅっと脇から走りこむ影。
近衛の兵がさっと動くがそれよりも遥かに早い。
どんっという衝撃音がするほどに距離を詰めたそれは、急停止してつま先を揃えてきれいなお辞儀をする。室内には静粛が満ちた。
な、な、と戦慄く近衛とぽかーんとするバートンの顔、面白そうにすばるを眺めるハルオとお辞儀を直角に決めている幼い娘という4者4様の絵が生み出された。
駆け寄るあの速度は人の域を超えていた・・・。
よもやとんでもない生物を領主に近づけてしまったのかと思ったバートンは思わず多量の冷や汗をかく。
「おや、その雰囲気、君も聖獣かい?」
「ほう、ひと目でわかるかえ?」
お辞儀をしたまま顔だけを上げたすばるは言う。
「礼をしに来てやったのじゃ、亀の爺が煩くてな」
「礼?なんの?」
「ほれ、山の民・・・いや今は、麓の村の民を助けてくれたであろう?」
「あぁということは作戦成功ということかな?」
うむ、見事な勝利である。アッパレ!と言うに及んでやっと再起動を果たした近衛とバートンが駆け寄ってくる。
「閣下、申し訳ございません、何がなにやら・・・」
跪く両名を立たせてハルオは説明をする。
「この御方はおそらく、白虎。そうでしょう?」
「うむ、そうじゃ!」
さらに絶句するふたり。無理もない。
オレは、ヴァラキが出立する前に話していたことを思い出しながら驚く部下に話して聞かせる。
あの村一帯の領民はみな小柄であるが、山の民の血が混血しているという。山の民とは、あの山には遠い昔、小鬼の王国がありヴァラキと同じように作られたカリギュラを守護する聖獣が国を守っていたというんだ。
岩山を縦横に水路が走り天空の水の都と讃えられし今は滅びしサラトーガはまたの名を黄金の国。その富を狙いしは北方のオーハン、いずれも今はない国だ。
しかしある事件がきっかけで人間の王は神のイカヅチという大規模神術によってその王国を破壊するに及んだ。
ヴァラキは言う。神より定められし争いとはいえ、惨いことであった。そのイカヅチの力で山には無数の大穴が残った、そしてその穴は今は壺と呼ばれている。
そしてサラトーガに鉄槌を下したのはこの領の丘にあった王朝。サムラート王朝。その絶大な威力を誇る最終兵器に周辺の国は恐怖した。そして人と人が争う戦争に発展したのだという。
以上がサムラート側から見た史実の一端だ。
その物言いにすばるは目を細める。
「お主、その見識なかなかではないか、特に偏った見方をせぬのが良い」
「義務教育が終わればそんくらいの考察力はついてるもんだよ」
「ふっ、異世界人は異なことを言う。だが気に入った!お主に我が領民を預けるのもやぶさかではないぞ」
「なにかその後がありそうな言い振りだな?」
「もちろんじゃ、我が力は山の民を守るために結晶として地底深くに眠っておる。その力の結晶をわらわの前に持ってくるのじゃ」
「ふーん、その力の結晶ってどんなの?」
「わすれた」
ものすごく真っ直ぐに見つめられた。
凄まじい無茶振りだ、こんな無茶聞いたこともない。
要するに、なんかわからんけど、取ってこーいって言われているわけである。
「だが断る」
とある漫画のセリフで返すと愕然とする幼い娘。
断られるとは思ってもみなかったようだ。
そうだヴァラキが言うには白虎は治癒の能力があるという。本当の力が目覚めていなくても簡単な傷ぐらいは治せるだろう・・・こうなれば無理やり治療院計画をすすめるゾ。
「白虎といえば、この世界では至高の癒し手として有名であったような」
「うむ、わらわの加護で治癒の力に目覚めるものがおるほどぢゃ!」
「お嬢ちゃん、美味しいごはんをあげるから人助けとかしてみないかい?」
ハルオも自分でびっくりの大変悪い笑顔である。
キラーンとひかるすばるの眼差しを見て勝利を確信した。
そこには餌につられた目をした、すばるが居た。
「バートン、お前を薬処長官に命ずる。街や村に診療所を立てて運営するのだ!」
この機を逃さず畳み掛ける。
「ははぁぁぁ!」
えへへご飯・・・と呟く幼女を連れてバートンが退室する。バートンの奥さんにすっかり胃袋を掴まれている様子である。
バートンは手を繋いで退室するそんなすばるを横目にため息をつく、聖獣というご立派な神獣であることがわかったが、その正体は所詮食いしん坊なのだなと。知らずに昇進をまたも果たしてしまったバートンだが残念なことに明日からかかる食費のことを考えていた。所謂似たもの同士である。
そんな二人が退室したのを確認すると、診療所の件をヴァラキにちゃんと相談しようと心にメモするハルオであった。




