英雄帰還
セト。男の名をそう言った。
オオカミにはララと名付けた。
ララとセトが村が見下ろせる場所にたどり着いたのは鹿の狩猟から一時の後のこと、大回りで村を目指した甲斐があり伯爵様の先触れがすでに村を通り過ぎたあとだったようだ。
遠目でも村の中に活気があるのがわかる、きっと伯爵様のお仕置きに村人は興奮しているに違いない。ふっとため息をついて側に寄り添うオオカミに話しかける。
狩人隊の隊長はこの村の出身でセトと父親が、他人からすれば非常に短い言葉のやり取りの口論の末にこの村を飛び出して入隊していることを気に病んでいた。
ゆえのこの村の担当とされてしまったわけだが、どんな顔をして村に戻ればよいかわからない。
逡巡しているとララが体を寄せてくる、何気ない心遣いが人間っぽい。
「付いてくるか?」
「そうね、お父様に紹介してもらわないと」
会話の大部分を長年寄り添った夫婦のように阿吽でもって読み取って、冗談で返すララにセトはふっと笑って、今回は言葉が足らないと文句を言わないのだな?と思った。
その表情を見上げてララは言う。
「あなた、なんだか緊張しているのでしょう?私の優しさよ」
ハッと笑うセトをみて不機嫌そうな表情を作るララ。
つくづく表情豊かな動物だ。
村に近づいて進む、重量が200kg近い獲物を3頭、即席のオオカミソリに乗せて運ぶ狩人が現れて進んでくる、村の門衛に緊張が走った。見知った顔の門衛に矢筒を手に大きく左右に振る。これはこの村の取り決めで獲物が多く取れたことの合図だ。
セトよりも遅く遠目にセトの顔を認めた古参の門衛が若者を使いに走らせた。
相手も弓を手に大きく左右に振る。受け入れる合図にほっとする。
「やぁ、セト。久しぶりじゃないか。元気そうでなによりじゃ。」
しわくちゃの顔を更にしわくちゃにして迎えてくれた老人に挨拶をする。
「じいさんもな」
親父に似て言葉足らずじゃ、ガハハハと笑って先導してくれる。
オオカミはそのすぐ後を付いてくる。
彼女らにとってこのコロニーへの侵入はかなりの緊張を強いているはずだ。広場に到着するなりソリを外してオオカミたちの顔や肩を撫でてやる。すると幾分緊張もほぐれたようで欠伸などしだす奴もいる。オオカミたちの間に弛緩した空気が流れる。
それもこれもララがこの村に入ってからできるだけのんびり寛ぐ姿勢を見せていることが大きい。できる女である。広場には多くの女、子どもが集まっている。走り寄りたい子供を抑える母親も大変そうだ。
巡回使として紹介されたのはコーラギー家の跡取りの男だった。
サムルと名乗るこの男は黒い噂が絶えない、若干の警戒をにじませるセトになんでもないようにサムルは言う。
「やぁ、随分手際よく大物の鹿を狩猟できたものだね、さっそくうんちと交換を始めようか」
手際よく鹿は解体されていく、割符を持った女たちが肉と交換していく姿を広場の側のレクラークの幹に寄りかかって瑞々しいレクラークのとっくり型の実を食しながら眺める。
うんちとはどういう意味かイマイチぴんと来ないセトの側でララは肉を取り分ける男たちを飽きもせず眺めていた。
サムルは600Kgの鹿肉がまたたく間に村に消えていく様をみて食糧不足の深刻さを理解する。
骨も残さぬ勢いで領都にあるとわからない苦しみに触れた思いがした。
また私を見て若干警戒した御使いの狩人の男、なかなかの人物のようですね。これは伯爵閣下にお伝えせねばなりません、ゆくゆく我らが領軍を率いる将軍となるであろう男です。
そんな事を思いながら木陰で涼む男のほうを視線だけで捉える。
ふっと視線を感じて巡回使のコーラギー様を見ると、真顔であった彼ににこりと微笑まれる。
薄ら寒いものを感じて逃げるように親に帰還の挨拶をしに歩を進めた。
ララは見送る算段のようだ、関心がなさそうにだいぶ日も落ちた広場から動かない。
実家の扉の前で立ち止まる。
扉を開けるのにノックがいいのか呼びかけがいいのか、どうするか数瞬考えて結局無言で入ることにしたセト。
扉を入るとすぐのリビングの椅子にドンと構えて座る父親がいたが、扉の前に立ったときにはすでにその気配を感じていた。驚くことはない。
「ただいま」
「ふん、それが家出息子のする挨拶か」
セトもいい大人である、家出と捉えられているのは釈然としないが何も言わずに席に座り、置かれていたりんごを齧る。先ほどのレクラークの実で腹はいっぱいだが、口を塞ぐ道具が欲しかったのだ。
それを見て親は言う。
「なんでも名誉ある御役目を領主様から賜ったそうじゃなぁ、ちょっと見ないうちに随分立派になりおって・・・。」
りんごを齧る。
だんだん涙目になる父親を見て気まずくなったセトはついにしゃべる。
「できれば、この村に立ち寄ったらここに泊まりたいのだけど」
無限に続くのではないかと思われるほどの沈黙が狭いリビングを支配する。
息が詰まる。りんごの芯を中心にまだ齧っていない部分を上に回す。
りんごを眺め続ける息子にそっとため息をついて、親が答える。
「お前の家だ、好きにせい、あと謝るときは目をみて謝れとアレほど言うに」
目を逸らしながらそう言う親をみてセトはおかしくなって吹き出す。
お互いぎこちない笑い声が扉から聞こえたところで、ララが扉から入ってくる。
「あーそうだ、できればこいつらの寝床も庭に作ってもいいかな」
そのときふわっと光りだすララ。
人化すると父親に向けて会釈する。セトも父親も目を丸くして驚く。
「セトと同じ部屋でよい」
ふふっオオカミにとって目を大きく見開いて、じっとこちらをみるは遊んでほしいとねだる幼子の仕草よ。親子揃ってよぅ似ておる。
コロコロと笑うララをみて不覚にもセトの心は落ちた。
「な、な、ななななにぃ!?」
一方広場では領主を讃える祭りが開かれていた。
近年にない慶事によい領主が跡継ぎとなったことを喜んだ。
また、村の子供達の目標ができた、それはこの村が生んだ英雄セトの御使いの狩人という職である。
久しぶりに笑ったものも多かった、そんな僅かな変化だが未来をみて歩むようになった村人をみて巡回使殿はすこぶる機嫌が良かった。
英雄セト殿の活躍を願って!と貴族であるサムルが宣うと村人が次から次に返杯する。
その音頭からハルオとセトを讃える一種異様な祭りになっていく。
セトの弓の腕前を語るものがあれば、セトの連れていたオオカミの神秘性について話すものもいて、中にはセトを神格化しはじめるものまで居た。
大量の酒とちょっとの言葉で村人を扇動したサムルは早々と宿に引き払い、注いだ燃料以上に大きくなる盛り上がりを背にひとり悦に入る。
「セト人気が高じれば、そのものを取り立て役職をお与えになった閣下の人望も大きく上がるでしょうか?」
そのセトであるが、自室でララにじゃれつかれ唾液まみれになっていた。
何事も実体と虚構は大きな溝があるものである。




