ある昼下がりのつぶやき
ある国にカーエンという男がいた。
この者、武に優れ、文に弱い。しかし人情に厚いことでも有名であった。
とある村に立ち寄ったときだ。とある家で男はひとりの年老いた老人に出会った。家主に聞くともう数日軒先から動かぬのだと言う。
老人は蓬髪を手入れもされず虫がたかる。皮だけになった腕を見るとすけてわずかに動く骨の有様と浮き出る血管のみが、生あることの明かしと言えた。
老人は言った。
我は過ぎ来し方、彼方…西にある王国で王であった。今は我を知るものもなし。
フフっ面白い狂言を言う。だが老人には既に死相が見える。では其方の故郷に骨でも埋めてやろうか。哀れみの気持ちから出た言葉であったが、その言葉の引き起こした現象は奇っ怪であった。
愕ッ!その言葉偽りあるまいぞ。それまで生死を彷徨っておった老人が強烈なる力で男の肩を掴む。見ると既に老人に意識はない。
「我を再びあの地に運びし後はお主が王となる」
必死に握りこむ力は、力自慢の男でも腕が苦しい。なんたる力。−−なんたる執着。戸惑い気味に応ッ!と応えると、老人は息絶えた。その手には翡翠の玉。
その後10年もした頃、同じ村にて。麻のように乱れた西の大国が大きく2つにまとまったとの噂が届いた。一方をカーディナル王国といい、怪しくひかる翡翠の玉をその正統の証としたという。
この物語はその王国のとある伯爵の控えめな繰り言から始まる。
−−
我が領は貧乏である。
金がない、名誉もない、譜代の家臣は誰も彼もやる気がない。
当然ながら領民も逃げて働き盛りの若者は隣領に出稼ぎにいく始末、あぁ…なんでこんな領地に生まれてしまったのであろうか。濁った目つきの宰相が今月も代わり映えのない収支を念仏のように唱えておる。その念仏を右から左に城の外の風景を眺めているときだった−−あの男が現れたのは。
黒い上着に黒いズボン、黒い靴を履いて髪まで黒い。なんと不吉な……まるで闇を実体化したような。ふと思った。代わり映えしないワシの人生は死んでいるようなものじゃ。
面妖な出で立ち故に印象もそしてちぐはぐな礼儀もそれほど良くはなかったが、その眼差しじゃ!すっと引き込まれる、何かを成そうとする男。前途あるこの者にこの領地も爵位も譲ってしまおう。そうじゃ、カーエン禅譲王にあやかるのがよい。
『宮廷のボンクラ共には、最近叔父上が認知した従兄弟を養子にしたと言えばわかるまいて。』
4.25 '16 1話を改訂しました。