【キュウサイ】四話目。
呪いが流れるたび、私を締め付ける鎖は増える。私は私の心の中で呪いという鎖に縛り付けられていた。少しずつ、本来の姿を取り戻しながら。
「彩夏、ちゃん……」
「やっぱり、お前か、夏河めぐみ」
雪村彩夏という呪いが流れてきた私の心の中では、本当の私と彩夏ちゃんが再開していた。
「どういう事だ。だってめぐみは私のせいで死んだはず、なのに……」
「完全に生き返った……ってわけじゃないんだけどね、私は彩夏ちゃんを止めたかったから、少し姿を変えて、期間限定の命を手に入れたの。まぁ、ちょっとしたサポートもあったんだけど」
私が死んだ時、ある人が私に聞いたんだ。君は彼女を救いたいかって、私は迷わず救いたいと答えた。そして私は夏宮里佳になった。彩夏ちゃんを救いたいという想いの元に生まれた仮の姿、それだけの命……なのに、今私は逆の立場に立ってしまっている。まさか、私の身体を使って神に等しい力を手に入れようとするなんて思ってもいなかったのだ。完全に予想外。
「ごめんね……まさか、こんなことになるなんて思ってなかったから」
「謝るな。今辛いのはお前だろ……それより、その話からするとリクと幼なじみというのは嘘なのか?」
「……まぁね。リク君には悪いけど嘘の記憶が植え付けられてる。でも、それでも、私は嘘すら真実だと思ってきた。だってその嘘の記憶、私にも植え付けられてるんだもん」
笑っているのに、涙が出てしまう。私はずるい人間なのだ。彩夏ちゃんのためにと言って生きているというのに私が出来なかったことをこの姿でしている。全ての思い出の中の私は笑っていた。
「……このままじゃめぐみという人格は無くなる。どうするんだ?」
「っ、あははっ、どうしよ……もう、わかんないや」
「相変わらず、こういうことに関しては不器用なんだな。じゃあめぐみはどうしたい?できるかできないかは考えなくていい」
彩夏ちゃんは私の目をまっすぐ見た。その真っ赤な瞳につい見とれてしまう。そうだ、私はこの子が綺麗で、天使みたいだから話しかけたんだ。そして彩夏ちゃんの曲がらない考えが好きだった。
「私は、みんなを助けたい。今のままなんか嫌だ!」
どうせ外には届かないとわかっていても大きな声で希望を叫んだ。
「そうか。なら、きっかけを探せ。めぐみが夏宮里佳という身体に戻れるきっかけだ。何でもいい、耳をすませ、呪いに負けるな、声を、聞くんだ」
そう言うと彩夏ちゃんはゆっくりと消えていった。私の中へ同化してしまったのかもしれない。でも今は彩夏ちゃんの言っていた言葉を元にきっかけを探す。
無限に広がる心の中、空間の中心で耳をすます。すると、カオリの声が聞こえた。
『───終焉の告白』
それを聞いた時、一瞬だけ私は私に戻れた。でも、また私は閉じ込められた。さっきよりも鎖の締め付け具合がひどくなっている。
少しずつ痛みは増す。でもこんなのに、負けてられない。
お願いカオリ、もう少しだから私を引っ張りあげて……。そう思っていたけれど、私を引っ張りあげたのはカオリじゃなかった。
『───なぁ里佳、聞こえてるか?』
ちょっと低い、聞いてて落ち着くトーンの声。記憶の中ではいつも聞いていたはずなのに、どうして今更こんなに響くんだろう。
「りっくん……?」
『お前と距離が出来たのはいつぐらいだっけか……。中学に入ると同時にあまり話さなくなったよな。お前は話しかけてくれたのに……』
そういえば、そうだったっけ。なんて考えたけれど、この記憶は全て偽物。私とリク君が初めて会ったのは中学に入った時だ。心の距離が離れていたのは当たり前……なのに、私を締め付けていた鎖の一つが弾け飛んだ。
『お前いっつも笑ってて、でも誰よりも傷つきやすくて、しんどい事があっても我慢してたの知ってたぞ』
また、鎖が切れた。一体何が起こっているんだろう。そして、なぜか、今まで溜め込んでいた気持ちが溢れ出す。
『友達多いくせに同じ距離を保ってて、俺のせいじゃないかって気にしてたし、心配だったんだ』
あぁ、私を救い出すきっかけってりっくんだったんだ。私が夏宮里佳でいるためにはりっくんが必要なんだ。
「りっくん……ありがとうっ……」
呼吸が苦しくなるほどに私は泣いた。だって、温もりを感じたから。きっと私の身体をりっくんが包むように抱きしめてるのだろう。
『お前が道具になるのも、誰かが死ぬのも嫌なんだ!だからッ!』
「…………違う、まって、嫌だ、やめて……そんなの、望んでない!」
突然、りっくんならそうするだろうと思う嫌な考えが頭をよぎった。それがあまりにも酷いものだったから自分の頭を疑ったが、次のりっくんの言葉で私の小さな抵抗も意味をなさなかった。
『───俺が呪いを受け止める!』
そんなことをしたらりっくんは呪いとともに消滅する、もしくはりっくんだけが消滅して呪いが残るかもしれない。そんなのダメだ、嫌だ。
だから私は足掻いた。自分の中に呪いを留めようと出ていこうとしていた呪いを必死に戻した。
「ちょっと」
そんな私に声をかけたのは私に仮の命を与えた張本人だった。彩夏ちゃんと同じ容姿だ、アルビノ、というものなんだろう。白のパーカーにズボン、幼い顔立ちだ。
「それはダメだよ、おねーさん」
「……うるさい、やめてよその口調。ていうか、何で君がここにいるの?」
「このままじゃいろいろやばいからね。めぐみさん含めて」
「傍観趣味の神様が動くなんて、確かにやばいかもね」
呪いを戻すのをやめて、緩まった鎖を握り彼の前に行く。久しぶりに会うというのに別に嬉しくもなんともない。
「傍観趣味だなんて思われてたの?まぁいいけどさ、僕は神様なんかじゃない。綺麗な言葉で言うと想い、汚い言葉でいうと怨みなんだ。しょせん僕はそんなもんなんだ」
「自虐に入るのはどうぞごかってに、だけど、この状況私にどうしろって言うの?」
「僕がめぐみさんから呪いを引き剥がすよ。その後は任せる」
「そんな簡単に言ったって……」
「時間が無いんだよ……!」
ずっとニコニコしていた彼が声を荒らげ、焦りの表情を見せたのはこれがはじめてだった。それを見た私は決心を固め、言葉を発することはしなかったが頷いた。
視界は随分と変わり、滲んでいた、ぼやけていた、私の身体が泣いていたのだ。腕や足に力は入らない。私はもうすでに倒れていたのだ。呪いが私から無理やり引き剥がされたせいかもしれない。
倒れた私を抱えていたのはりっくんだった。不安そうな顔で私の顔を上から見下ろしている。
きっと彼らは彩夏ちゃんを助けて、この殺戮ゲームを終わらせてくれる。私がもうこれ以上何もしなくても事は進んでいく。なら、私の期間限定の命はここで終わりだ。
目の周りが熱くなってきた、涙が溢れる。ダメだよ、泣いちゃ。私はずっと笑っていたじゃないか。
震える唇を動かし、笑顔で言った。
「大好きだったよ、りっくん」
終焉の告白、それは悲しい少女の物語、優しい少女の物語、それを真似てみたけれど私には似合わなかったかも……。
私は意識を手放した。
次に目覚めた時は、全てが終わっていることを願って───。




