【キュウサイ】三話目。
「ヒーローならさっさと助けてよ。この状況を変えられるのは自分だって、知ってたくせに」
『俺だって大変だったんだ。ヒロトの殴った痛みで意識をこっちの身体に移すなんて……ドッペルゲンガーが夏宮に吸い取られてたら危ない所だったよ』
晶が晶を見ている。片方は本物、もう片方は偽物。私から吸い取ったドッペルゲンガーの能力を、本物の晶が内側から発動させたのだ。
そして今、晶はドッペルゲンガーとして存在している。
「っ、はははっ!最後の足掻きなのか?お前らは、どこまでヒーローごっこをすれば気が済むんだ!俺を生み出しておいて、正義の味方のつもりか!?」
『そんなんじゃない。俺たちはただゲームをしているだけだよ。普通のゲームじゃなくて、命をかけたゲームだけどね』
笑ってはいるがソイツの表情には明らかに動揺が見えた。こんな事態、想定していなかったのだろう。晶がイナズマを出す。ドッペルゲンガーの戦闘力は同じ、つまり、今あの闇に勝てる可能性があるのは晶だけだ。
「……ちょっと待てよ。ドッペルゲンガーってことは、どちらが死んでも、両方死ぬんじゃないのか?」
『うん、そうだね。でも、それは関係ないんだ。だって、俺は君を倒す気なんてないんだから。力で勝てばいい、それだけ』
「どういう意味だ?」
『こういう意味だよ』
バチンと嫌な音が響く。次に見えたのは、偽物が血を流している光景だった。そして、攻撃した晶も血を流した。痛々しい血の流し方だ。
このままじゃ偽物が言ったように両方死んでしまう。だからその前に私たちは私たちのやるべき事をしなければならない。
刀を構え直して走り出す。目指すは里佳の入っている泡。
勢いにまかせてジャンプをする。泡の位置はそこまで高くなかったため刀はすぐに泡に届いた。だが、泡のように浮いているにも関わらず割れることは無かった。その刀が食い込んだ部分から紫色の光が漏れ出す。嫌な感覚になった。
「っ、うぅ……!」
そして中にいる里佳がゆっくりと目を開ける。でも、その目にはかつての光はなかった。表情もない。
もう呪いが里佳を侵食し始めているのだろう。
私はあっけなく弾かれた。
このままじゃ晶が死んでしまう。どうにかしなきゃダメだ。今の状況じゃ私たちは勝てない。
「なつみっ……里佳ッ!」
私がもう一度里佳の泡に向かおうとすると私よりも先にリクがその泡に向かってジャンプした。それでも里佳は反応しない。ただ向かって来るリクを見ているだけだ。
あれほどまでに硬かった泡が先ほどとは違い泡はリクを受け入れた。理由はわからないが今リクは里佳に触れている。だがとても苦しそうだ。
もう片方の泡を見ると雪村彩夏がだんだん薄くなっていた。雪村彩夏というその呪いを少しずつ回収しているのだろう。里佳の方は何もできないと分かったから私はすぐに彩夏のほうに向かった。
もう体力も限界に近いだろう。でもそれを理由に立ち止まるわけにもいかない。
私が出来ることなんて限られすぎてて何をしてもきっと何にもならないことはわかっていたんだ。それでも何かしたいと思えるんだからきっとそれほどまでに仲間が大切なんだ。それが限界を超える理由には十分すぎた。普通から外れてしまった私は、その力を仲間のために使える。なんて幸せなことだ。
「間に、合わないっ……!」
でも、私は間にあわなくて泡から雪村彩夏の姿は消えた。里佳のほうを見る。泡が、ゆっくりと消えた。
きっともう呪いのほとんどは里佳に流れてしまっているのだろう。だとしたらリクが危ない、そう思ったけれど里佳は動かないし、リクも里佳に触れているのに死なない。
「……全てを殺す、なのに、どうして、あなただけは殺せない?」
「り、か……?」
里佳がリクのほうを見てそう呟く。
ゾクッとした。まるで何もかもが歪んで見えているんじゃないかと思うほどの暗い瞳。里佳はこんな表情はしない、里佳はまるで太陽のような笑顔で笑う。なのに、違う、こんなんじゃない。
「やめてくれ里佳、お前は誰も殺しちゃいけない!あんな奴のために道具なんかにならないでくれ!」
里佳が私のほうに来た。何で、間に合わなかったんだろう。もう少し早く手を伸ばしていたら間に合ったかもしれないのに。
「私、里佳のこと不思議に思ってたんだよ。なんで毎日笑ってられるんだろうって。はじめて里佳の涙を見たのは図書室で、それも本を読んで泣いてるんだもん……その時思ったんだ、里佳はどこまでも優しい人なんだって」
「……そう」
「なのに、そんな呪いなんかに負けないでよ……」
最後のは私の願望だった。私には里佳がどうして毎日笑ってられるのかわからなかった。誰とも喧嘩もしないし、何があっても中立、ほんのちょっとズルイな、とは思っていた。だから最初は嫌いという感情に近い苦手だった。
ある日、図書室に行った。すると里佳が図書室のカウンターで泣いていたのだ。
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【中学三年】六月。放課後。
「ぅっ、はっ、うぅ……」
図書室のドアに手をかけると、誰かの泣いている声が聞こえた。放課後だし、誰もいないところで泣きたかったんだろうな、と思ってた。私は静かに図書室に入ると、そこで泣いていたのは夏宮里佳だった。そういえば夏宮さんは図書委員長だったっけ。
「あ……か、香織ちゃん……」
「え、えっと……本、返しに来たんだけど……何かあった?」
正直夏宮さんは苦手だった。だって自分の感情を表に出さないなんて、心の中で何を考えているのかわかったもんじゃない。
だから、ちゃんと会話したのは初めてかもしれない。
「何ってわけじゃないんだけどね……この本、短編集なんだ。それでその中の一つの物語に出てくる優しい女の子が、皆のために死んじゃうんだ。もともと自分はこんなことしか出来ないって言って……」
「へぇ……」
「死ぬ寸前に、大好きな男の子に告白するの。でね……もし、私がその男の子の立場だったら自分のために命を投げ出した子に告白されたらどれくらい辛いんだろうって思って、悲しくなっちゃって……」
この子は、何て優しいんだろう……率直な感想だった。存在していない人の気持ちを考え、同じ心の痛みを抱えて一人で涙を流していたんだ。私の中の夏宮さんに対する感情は変わっていった。
「その本、読んでみようかな……」
「えっ?」
「あ、いや、別に今すぐに貸して欲しいわけじゃなくて……」
「ううん!今すぐ貸すよ!急がなくていいから読み終わったらこの本について話そう?私、前から香織ちゃんとゆっくり話したいと思ってたの!」
しばらくした日の放課後、私はまた図書室に行った。あまり図書室に通うほうではなかったから新鮮な気分だ。
「夏宮さん」
「あ、香織ちゃん……読み終わったんだ」
「私たちには絶対にありえないことなのに、なんか読んでたらいろんな感情が溢れてさ、すごくよかったよ、この本」
「だよねだよね!あ、すっごく今更だけど、私のことは里佳でいいよ。だから香織って呼んでもいい?」
少し照れくさそうに里佳は笑った。頬が赤くて、幼くて、可愛いな、と思った。
「うん。これからも仲良くしようね、里佳」
「もちろんだよー!」
夏が似合う子だな、そう思った。明るくて、暖かくて、たまにあつい……なにより笑顔が太陽みたいだ。この子はただ純粋に世界を捉えていて、怒るとか、そういうのは分からないだけなのかもしれない。
それから毎日私は放課後図書室に通った。帰り道も一緒に帰ることもあった。ほぼ親友と言ってもいい立場だったかもしれない。
「でねー、りっくんが私を避けるの。幼なじみだって言うのにひどいと思わない?」
「まぁこの歳になると男女の距離ってものもあるからね」
「それがうちは嫌なんだよ!確かに恋人とかになるのは男と女だけどさ、男も女も同じ人間なんだから!」
「なんともまぁ里佳らしい考えだ」
いろんな話をした。それでいろいろわかったんだ。私とは全然違う、だからこそ里佳が必要なんだって。教室ではそれぞれ違う友達といたけれど放課後は私たち二人のかけがえのない時間だった。
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「里佳、覚えてるかな?あの本のこと、本に載ってた一つの物語のこと……私たちが初めて話した時の本の事だよ」
「……」
里佳は少しも表情を変えない。だからこっちもつい意地になってしまう。
まるで魔法を発動するかのように、呪文を言うかのように、その言葉を言う。
「───終焉の告白」




