【サイカイ】三話目。
まるで心臓が急に動いたかのように息が苦しい。だが、この暗さの空間ということは戻ってこれたということなのだろう。身体の傷はもう痛くなかった。もしかしたら傷なんて無くなったのかもしれない。
胸元にある赤いリボンは少し汚れているが切れたりはしていない。本当に、あの頃に戻ったようだ。
「っ、あ、はぁっ……はっ……」
「カオリ!よかった……」
安心の表情を見せる二人。レイナは一瞬驚くと私から目をそらした。
「それにしても、何があったんだ……?お前の姿がいきなり変わって……制服も……」
「……懐かしい?昔に戻ったみたい?」
「え、あ、おう……」
先ほどと変わった私の態度にリクもヒロトも混乱している。そりゃそうだ。だって私自身、今の私に驚いているのだから。
昔の記憶と、記憶を無くしていた時の記憶、どちらもはっきり覚えているからこそ、この私がいる。悔しいけど、また私は私と違う何かに向かっているようだ。
「……久しぶりだね。ずっと、迷惑かけてたみたいでごめん」
「!」
記憶を取り戻して、自分の弱さを沢山知った気がした。嫌だった、こんな自分、死んでしまえばいい、そう思ったんだ。でもそんな私のことも、この二人は受け入れてくれた。それだけでもう十分だった。
「思い、出したのか……?」
「うん。信じてもらえてないかな?えーと……ほら、体育祭!私たち女子が競技で負けた時、男子が慰めてくれて俺たちが一位取ってくるって言ったじゃん?そしたらほんとに一位取っちゃって優勝したよね!ほら、覚えてるよ!!」
思い出の一つを笑顔で語ると、二人は驚いた顔のまま涙を流した。……私は記憶を無くすことによってずっと二人を苦しめていたようだ。
「よかった……」
「な、泣かないでよ……。それに、確かに私も嬉しいし、もっと二人と懐かしい話をしたいけど、それどころじゃない。晶を止めなきゃ」
「そうだな……。もう終わりには近付いてるはずなんだ」
三人とも、穴の方を見ていた。知らず知らずのうちに足が動く。早く、今すぐにでも、このゲームを終わらせたい、そんな想いが私を動かしいている。
「カオリちゃん」
ふいに呼ばれた自分の名前に振り返る。まっすぐと私を見つめた吸い込まれるような瞳に、まるで術でもかかったかのような感覚になる。
「……アナタが思っているほど単純なものなんてない。この呪いを終わらせるのは絶対、無理なんだから」
レイナの言葉にシュンを思い出した。だからつい、笑ってしまった。こんなのおかしいけれど、私には何もわからないからこそ余裕があるんだ。
「絶対って言葉は、私の仲間が否定した。私はその仲間を信じるよ。それにさ、単純だろうと複雑だろうと、私は仲間を助けなきゃならない。どんな事実があったって、私の意思は変わらない」
レイナは俯いた。そして、ゆっくりと消えていく……はずだった。
「っ、はぅっ、ぁ……ああああッ!」
突然、レイナの身体が溶けだしたのだ。赤黒いドロっとした液体になっていくレイナは熱気をだしながら叫ぶ。涙さえ、赤かった。
「い、やッ……イヤアアアアアアッ!タス、ケテ……アツイ、コワイ……死ニ、タクナイ……!」
レイナという形を失った何かは、熱気を放っているのに蒸発することなくそこに留まる。
もう声も聞こえない。何も無い。人間が溶けだすなんて、そんな信じられない光景を目撃してしまった私たちは、動くことが出来なかった。
「レイ、ナ……」
口から漏れる息も、言葉も、震えていた。
レイナだったものは気持ち悪く動いている。私たちの近くに来ると私の腕に飛びかかってきた。
「あっつ……!」
じゅう、と嫌な音がする。振りほどこうとしてみるが腕を包み込まれているため全く意味がない。もう熱さを通り越して冷たく感じてきた。
もう片方の手で引き剥がそうとするが、それも熱さでキツイ。でもこのままだと私の腕は火傷どころじゃすまない。意を決してもう一度引き剥がした。
「っ、うっ……!」
なんとかはがすことは出来たがソレはまた地面を這ってヒロトに近付く。せっかく久しぶりに着ているセーラー服の腕の部分は燃えてしまったかのように無くなってしまった。腕は赤く、腫れている。
「な、何なんだコイツッ!」
「おい、なんか増えてねぇか!?」
ぬめりとした動きをした赤黒い液体のようなものはいつの間にか数が増えている。今はヒロトがなんとか避けているが倒し方はわからない。
一応刀を出す。再び飛びかかってきたソレをただ避けるためだけに斬りつけた。ドロっとしたような見た目だったが斬ったとたん水になる。
「これ……血じゃ……」
「倒し方はわかったけど数が多すぎる!さっさと脱出するぞ!」
リクが私の手首を掴んで黒い穴へと向かって走る。ヒロトも遅れてはいるがこちらに向かって来ている。
そんなヒロトを振り返ってみた時だった。視界の隅に映ったのは、赤黒い、レイナの形をしたあの液体。形だけが、レイナだ。顔もない。
「レイナっ……!」
呼びかけてもレイナはじっとこちらを見てるだけ。
もうあれはレイナじゃないんだ。呼んでも何もかえってこない、そう思っていた。
穴に入る直前、聞こえたんだ。
レイナの声だった。どこから聞こえたのかはわからない。
でも、それが頭から離れなかった。
「────サヨナラ、ズット羨マシカッタ……」
それだけが聞こえるとレイナの形をしたものはまたただの地面を這う液体に戻る。
その言葉はきっと、たくさんの意味が込められていたと思う。
私の人間としての生活が羨ましかったのかもしれないし、仲間がいたことかもしれない。ただ、レイナにとって欠けてしまっているものが、最初から無かったものが、羨ましかったのだろう。
レイナだって、私にとっては十分人間らしかった。いや、人間だったんだ。感情が芽生えてしまって、どうすればいいのかわからなかっただけなのだ。きっとレイナも幸せになれたはずなのに……。
そんな未来さえ、気付いた時には閉ざされていた。




