【取り戻しゲーム】八話目。
「うっ……」
「お願いカオリちゃん、もうやめて」
「うるさい。何で、どうして、私はこんなに辛いのに!!」
そう叫ぶと成ちゃんは一瞬悲しそうな顔をした。その顔にまた腹が立つ。足に力を込め勢いよく成ちゃんの心臓目掛けて刀を突き刺す。だが相手はあの灰山成、そんなのは簡単に避けられてしまった。
「私は……私、は……ワタシ、ずっと、ズット……我慢、シテイタノニ……」
自分でもよくわからない。ワタシは私であって、私ではないような、どこかおかしな感覚になっていた。私はもう、何も考えられないようになった。身体から伝わる痛みと、頭に残る怒りだけが私が知る、感覚だった。
「まさかここまで暴走するなんて……カオリちゃんは、このままじゃ戻れなくなる……!」
「どういう事だ灰山!?さっきもカオリじゃないって……」
「……カオリちゃんはね、以前のリアルキルゲームで偶然、ドッペルゲンガーという能力を持ってしまったの。その能力はまぁ、普通なら分身を動かすんだけど、カオリちゃんの身体には魂が二つ入っているということだから、今みたいにカオリちゃんの身体を使ってドッペルゲンガーが動くってこともあるの」
その説明を聞いて私は驚いた。私を殺そうとしていた奴が私のことをドッペルゲンガーと呼んでいたことは納得したが、それは私がもう普通の人間ではないということなのだ。ショックはあった。心も身体も、だんだん傷ついて傷ついて、その小さな傷や大きな傷が積み重なっていつか死んでしまうんじゃないかと思う。もしかしたら記憶を無くした時点で私は死んでしまったのかもしれない。
このまま、ドッペルゲンガーに身体を渡して今の私も死んでしまおうか……そう考えていた時だった。たった一つの記憶が蘇ってきたのだ。
「……ぁ…………しょ、う……」
佐蛍晶、私の親友だった人のことだ。死んでしまった佐蛍晶、生き返った黒羽晶、ぐるぐる回る私の記憶……。なんで今思い出したのかはわからない、ただ思い出したその一瞬に私の身体は私に戻った。
「!、ごめん、カオリちゃん……!」
「ぇ……?」
その一瞬を成ちゃんは見逃さなかった。成ちゃんの持っていたナイフが私のお腹に刺さる。すごく痛いし、立っていられないと思ったがすぐにドッペルゲンガーが戻ってきたせいで、その状態でも私の身体は耐えた。
「はぁっ、はっ……はっ…………あははっ、さすが……」
真っ白なセーターが真っ赤に染まった。成ちゃんは勢いよく私からナイフを抜く。たった数分、灰山成と戦っただけだ。それだけだというのに、ワタシは敵わなかった。ドクンドクンと頭に脈が響いている。血がなくなっていくのは、体温の低下とともに感じていた。
「やめろ……お願いだ灰山、もう、これ以上はッ!」
ユウ君は成ちゃんのうしろから怒鳴りながら止めようとした。でも成ちゃんは苦しそうな顔をしながらも構えたナイフを下ろさなかった。そりゃそうだ、私が成ちゃんを殺そうとしているのだから、今成ちゃんがナイフを下ろしたら私が成ちゃんを殺すだけ。その状況で、まさかそんな行動をしないだろう。
「馬鹿宮、アンタだけでも逃げて!私は前みたいに力を使えない、アンタを守りながら戦う余裕がないの!」
「お前はカオリを殺すのか!?」
「最悪な場合ね……。でもそれは避けたいの。そのためにはまずアンタが逃げて!あとから合流する!!」
成ちゃんが必死になっている顔は初めて見たため少し驚いた。そして、ユウ君を気遣うその態度にまた嫌な感覚になる。成ちゃんはそんな人ではなかった。いらないと思えば切り捨てるし、いつだって冷たい目をしていた。それが今では全然違う。もっと優しい態度だ。こんな灰山成は見たことがない。そんな成ちゃんの言葉に嫌そうな顔をしてからユウ君はその場から逃げた。
「……私は、さ……ただ、戻りたい、だけなのに。あの頃が一番楽しかったって、私は思ってるんだよ……忘れちゃっても、心はあの頃の楽しさを覚えてた……」
「そんなの、わかってる。カオリちゃんは、三年一組というクラスが大好きだった。見ていたから嫌でもわかる」
「じゃあ返してよ……私のあの頃を返して?こんなに辛い思いをして、痛い思いをして、残るものってなんなの?全部、アンタが奪ったくせに、何でアンタが良い思いするの!?」
私の中にいたもう一人のワタシが私の本音をぶちまける。私のためのワタシが、唯一の味方が、泣いていた。私の身体で泣いていた。今でも傷は痛いし、息は苦しい。でもそれのせいで流れた涙ではない。締め付けられるように痛い胸の傷で泣いているのだ。
「……良い思いなんて、したことない。私は生まれた時から呪われていた。世界に嫌われていた。私の世界は白黒だった。色なんてない。そんな世界を見てきたんだ。でも私は辛いなんて思わなかった、思いたくなかった。カオリちゃんを否定するわけじゃない。でも、カオリちゃんは言ってたじゃん。取り戻すって。私はそれを信じてるし、協力したい」
成ちゃんは真っ直ぐ私を見て言った。その青い瞳から私の身体は眼をそらせない。初めてみた青い瞳はどこか暗いように思っていたが今はその瞳の奥に優しさがあるのがわかる。
そんな成ちゃんに胸が苦しくなる。何か、突っかかる。これは突っかかるのではなく心が揺れているのだろうか。とにかく、辛い、痛い、どこかが痛い。どこだかわからない。物理的な痛みではない、精神的な痛みなのはわかってる。わかっているが、どうして精神的な痛みがあるのだろう。
「私は、強くない。ただの、普通の、人間なんだ。怖いし、逃げたいし、死にたくない。他人なんかより、自分が大事。信じてもらっても、裏切る……」
「いいよ。弱気になっても、死にたくなっても、絶望しても……私を、憎んでも。でもそれは、今じゃないでしょう?」
優しい、軟らかい笑みで教えるように成ちゃんがそう言うとワタシは私に戻った。その傷の痛みに立っていられず壁に寄りかかりながら座り込む。そう、今じゃない。ここで弱気になったり死にたくなったり絶望したり憎んだりするのは違う。どうして、涙が止まらないんだろう。気付けば私は小さい頃のように大声で泣いていた。私はわからなかった、何のためにここにいるのか、昔の私は今の私なんかよりずっと強かったという事実が。信じられなかった、私がこんな非現実的なことに関わっていたということが、私を信じて待っていてくれた人がいたということが。
「ぁ、うっ……はっ、ぅあああっ、あ、あっ」
痛い、痛いんだ。心が、痛い。傷じゃない、握りつぶされるように痛い。
私は今まで何もかも、乗り越えるには早すぎる壁にぶち当たっていたようだ。




