十九話目。
~カオリside~
親友がいた。
大事な、私にとって欠けてはいけない存在だった。
いつも一人で、誰にも必要とされない私に優しく声をかけてくれた。
だから、失いたくなかった。失うわけないと思ってた。
…………私の親友はほとんどの人の記憶に残っていない。
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「おはよう香織!
宿題は終わってるのかなー?」
「おはよ。
終わってると何なの?」
元気に私のところに来たのは佐蛍昌。
クラスメイトの誰にも話しかけられない私のところに毎朝しつこく来る。
最初は本当に嫌だった。
でも、昌はずっと優しく話しかけてくれる。
だから、受け入れたんだと思う。
「写させてもらおーかなって」
「嫌」
「即答かいっ」
昌がいれば安心だ。
だって昌は人気だから。
だって私は弱いから。
昌がいなきゃまた痛いから、辛いから。
また、いじめられるから……。
昌といるのは楽しかったし、楽だった。
でも、私は昌を利用してるだけなのだ。
そんな自分が嫌になってくる。
「ねえ、昌君、今日の放課後空いてたりするかな?」
セミロングの女の子が昌のところに来た。
昌はモテるのだ、だからいつもと同じことか、と内心あきれていた。
「あーうん、空いてるよ」
「よかったぁ。じゃあ放課後、一年四組……空き教室で」
「わかった」
まるで私がいないみたいに話をする。
……もうなれたんだけどやっぱり悲しいよ、なんて心の中で呟いてみる。そんな誰に言っているわけでもない心の呟きは日に日にたまっていった。
「……はぁ、モテる人はいいですねー」
「何を言ってるんだか。
そんなんじゃないよ」
昌と、放課後一緒に帰る約束をした。
でも昌はいくら待っても校門に来ない。
そろそろ暗くなり始める時間だ。
「まだかな……」
心配になった私は急いで校舎に入った。嫌な予感がしていたのだ。
一年生の教室は一階。
一年四組まで行くのは大変じゃなかった。
でも、教室には誰もいない。
「昌の、カバン……」
カバンだけが置いてある教室にはなぜか違和感を感じた。
「赤い、何か…………血……?」
床には赤い血のようなものが少しついている。
なぜ教室に血があるのか、マイナス思考の私の頭ではすぐにわかった。
昌が、危ないんだ。それしかありえない、とまで確信した。
「昌……!どこにいるの!?」
学校中を探し回ったけど見つからない。
最後に、進入禁止の屋上に行ってみる。
途中まで階段を駆け上がると聞きたくもない嫌な声が聞こえた。
「や、めろ……」
「非力なくせになに抵抗してるんだよ」
私はこのとき声だけでわかったんだろう。
昌が、暴力を振るわれているということが。
だからすぐに昌のところに駆け込んだ。
「昌!」
これは酷すぎる。
制服はすれて切れているし、顔や腕には痣がある……。
白いワイシャツには血が滲んでいた。
私が校門で待っていた間ずっと殴られていたんだ……。
殴っていたのはクラスで一軍の位置にいる男子。
一軍の人たちが集まって昌は逃げられなかったようだった。
一軍は男女混合、この一軍に嫌われるとずっと酷いことをされる。
私は入学早々嫌われてしまった。
だからクラスでも浮いている。
「おー西田の登場か」
「アンタたちなにやってんの!?」
「最近西田の反応もつまんねぇし、佐蛍は調子乗ってるし、退屈を埋めるなら持って来いの人材だったんだよ」
「そんな理由でッ……ふざけるな!」
「うっせえな!!」
その後、一軍の人たちが飽きるまで暴力に耐えた。
すごく痛かったし、長かった。
抵抗なんて出来ないのは最初からわかっていたし、諦めた。
身体中筋肉痛になったみたいに痛い。
「い、たい……」
「だ、大丈夫?……香織」
「いやいや、昌の方がケガ酷いよ…………」
約束通り、昌と二人で帰った。
殴られたあとだというのに私たち二人は笑顔で話していた。
私はただ、最悪な状況をごまかしていたかったんだ。
「俺も一軍に目をつけられてたんだなあ」
「私のせいだよ。ごめん」
「違うよ。それは絶対違う」
さっきからすれ違う人たちにジロジロとみられる。
そりゃそうだ、こんなにボロボロな人たちが歩いているんだから。
少し歩くと私の家の目の前に着いた。
そこでいつものように別れる。
「じゃあまた」
「うん。また明日」
普通に挨拶をして帰ったと思う。
いつも通りだったはずだ。
その日は。
次の日、また同じように一軍は昌に暴力を振るっていた。
私の傷が減っていく分、昌の傷は増えていった。
そんな昌に話しかけると必ず笑顔でこう返されてしまう。
「せっかく何もされなくなったんだから、俺に構ってちゃダメだよ」って。
助けたいのに、拒絶されているようだった。
そんな毎日を送っていくうちに昌と私は話さなくなった。
けれど昌が唐突に声を掛けて来た日があった。
「香織は、明るくなったらきっと沢山の友達が出来るよ」
その一言だけなのに、私は嬉しかった。
次の日……昌はこの世から消えた。
自殺だったそうだ。
目撃者によるとフラフラと歩いて踏切の真ん中で立ち止まり、そのまま電車に引かれたらしい。
でも、血のあとはベッタリとついていたのに事故現場に昌の死体はなく、捜索しても見つからなかったそうだ。
だから目撃証言だけで自殺、と判断された。
担任の教師からそれを聞かされたとき、夢だと思った。思いたかった。
けれど周りのクラスメイトが泣き始めて、一軍が顔を真っ青にしているところを見ると現実だと、認めるしかなかった。
少しずつ、一軍の数名は転校をしたりして逃げていった。それから皆は私に話しかけるようになったりとで一応私の日常は平和にはなった。
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それから私は昌の言っていた明るい私を演じ始めた。
昌が死んでから約一ヶ月後に第一回リアルキルゲームが開催される。そこで死んだクラスメイトは、なぜか昌のことを忘れてしまっていた。
だから佐蛍昌のことはもう私の頭にしか残っていないかもしれない。
私のトラウマは、リアルキルゲームじゃない。
救えたはずの親友の命を、救えなかったことだ……。