一話目。
冬の肌寒さを感じるものの、その日は晴天だった。
「三年一組の皆さん、至急パソコン室まで来てください。繰り返します……」
誰もが近くにいる友人と目を合わせ、驚いた。
そう、その日は一生忘れることのない最悪な一日の始まりだった。
とりあえずパソコン室へと足を運ぶ。いつも通りのおしゃべりも、この日ばかりは会話が途切れてしまっていた。それはきっとなんとなく感じ取った嫌な予感のせいでもあるのだろう。
「いきなり呼び出しって……」
「ちょっと意味わかんないよね」
そう愚痴をこぼすのも仕方がない。何もわからないこの状況で黙ってしまっては嫌な沈黙が続くだけだ。
「そもそもさぁ……」
「……うん」
不安を声に出す者もいた。
もちろん、面白がっている者も。
ガラッと少し重さを感じるパソコン室のドアを開けて、全員が中に入ると気味が悪いほどに揃ってパソコンの電源がついた。
だが起動するための機械のほうに先生どころか、誰もいない。
電源のついた画面にはだんだんと文字が写し出されていた。
〈何時モノ席ニ座ワレ〉
きっと誰も彼もが驚き、不安に飲まれただろう。
自分達に一体何をさせようとしているのか、自分達はこれからどうなるのか、わからないからこそ怖いのだ。
誰一人動かないことがわかっていたのか、見ていたのか、またパソコンには文字が写し出された。
〈早ク座ワレ〉
……誰かが泣き崩れた。
そしてそれが合図となり、我先へ、とほとんどのクラスメイトが出口へ走り出した。
けれどドアは開かない。男子がドンドンッと体をぶつけてもビクともしない。
最初の放送から三年一組は誰かの思い通りに操られ、見事に罠にハマってしまった。
事を甘く考えすぎていたのだ。
三年一組の皆はきっと放送の声がおかしいことに気が付いていただろう。
ノイズ混じりな少女の声。どこかで聞いたことがあるような……そんな声。
もう逃げられないとわかった全員は指示に従い“何時もの席”に座った。
部屋は、暗かった。
晴天だと言うのに窓からは光が差し込まない。電気もついていない。光と言えばデスクトップの青白い光だけだ。そんな環境もまた恐怖を呼ぶ原因のひとつだろう。
「全員座ったぞ……」
一人の男子生徒がそう言うとパソコンは音を立てて動き出した。
先ほどのように文字が写し出させるわけではない。
たった一つのゲームが起動していた。
〈リアルキルゲーム〉
「何でゲーム……」
「これをやれってこと?だとしたら何も怖くなんてないね」
「……そうだね」
「クリアすればいいんでしょ?」
と、一人の女子生徒がマウスを動かした。
その瞬間全員のパソコンの画面から黒い手のようなものが無数に飛び出した。
途端に叫び声や悲鳴が部屋中に響いた。腕を捕まれ、足を捕まれ、画面の中へと沈んでいくクラスメイト。
数秒後、パソコン室には誰一人として残っていなかった。
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目が覚めて一番最初に見たものは絶望だった。ガラスが割れて破片が落ちている床、泣いている友人、少しだけ、嫌な気分のするただ広いホール。
「……何、ここ」
覚えているのはあの黒い手だけ。痛みが走った腕を制服を捲って見ればくっきりとあの手の痕が残っている。
「ねぇカオリ……」
目が覚めた私に話しかけて来たのは、いつも一緒にいるホノとアヤだった。
「大丈夫?」
「……何とも言えないかな……」
「だね……そもそもここがどこなのか、わからないし」
そう言って周りを見渡すアヤ。顔色が悪く、その表情を見ただけで不安を感じ取れる。
どうしてこんな状況だと言うのに私は落ち着いていられるんだろう。アヤも、ホノも、表情から不安が見えるものの周りのクラスメイトよりは落ち着いている。
「で、これからどうするの?」
「それがわかってたらよかったんだけどね……」
苦笑。そんな笑いしか出来なかった。
まだ何もこの状況がわかっていない。
「出口もないし、どうやらここは相当大きい城内みたいだしね……」
言われてみれば、とホノと同じように周りを見渡すと確かにボロボロではあるが飾ってあるものはほとんどが豪華なものだった。
「……どうして城内だってわかったの」
「それは、先に目が覚めて……」
〈……………………〉
声は聞こえないが、先ほどからあの放送と似た音が響き出した。次の指示は一体何だと言うのだ。
〈……現在、犠牲者0名。イケニエ0名。突破シタ部屋0。クリア確率0%…………〉
「まるで……ここはゲームで、これから犠牲者も、イケニエも、出るみたいじゃないか!」
「ゲーム……ってことはさっきのリアルキルゲームのことか?」
「どうして皆してここはゲームだって言うの!?いくらなんでもそんなの非現実的すぎるッ……」
私は知っていた。ここがゲームだってこと。どんなに現実的だと言っても実はそれは幻想にすぎないと言うこと。
だから今さら驚かない。動じない。混乱したって、混乱を招くだけだ。
「リアルキルゲーム……そのまま訳すと現実を殺すゲーム、になるね。でも、それだけじゃない、はず……」
私のその言葉に全員が反応した。
「現実そのものを殺す……?どういう意味なんだ」
「訳は出来るけどその訳に意味があるって言うの?」
元生徒会の頭の良い二人は予想通り落ち着いている。一瞬顔を上げて見ただけだが多分、私達三人と男子生徒四人、元生徒会の二人は冷静沈着と言ったところだ。
ここまでいつも通りだと可愛いげがない、と言われていたのも納得がいく。もう少し動じていれば可愛いげとか言うものが私にも存在していたのかもしれない、と心の中で小さく舌打ちをした。
だがよく考えて見ればこの状況で誰一人落ち着いていなかったとしたらどうなっていた?
きっと全員このゲームから出れない。
「題名の意味はともかく、さっきの放送の意味はやっぱり皆予想くらいつくだろ……?これから起こるかもしれないことも…………」
学級委員のリクがそう言うと泣いている女子生徒含め全員が頷いた。
…………皆察しがいいらしい。