十六話目。
~リクside~
トイレに出現するという幽霊の正体は、大きな鏡に映った自分の姿……ドッペルゲンガーだった。
そしてそのドッペルゲンガーを殺すと唐突な目眩に襲われ、目を瞑り、開けるとなぜか俺はトイレの床で寝転がっていた。
その時点で気が付いた。
トイレに入って鏡に自分が映った時にもうドッペルゲンガーに取り込まれているのだと。
そうなるとカオリが危ない。
俺は足を引きずって女子トイレに入った。
予想通り、カオリは苦しそうな表情で倒れている。
「カオリッ……!」
揺すっても起きやしない。
まるで悪夢にうなされているようだ。
「……っ……ぁ……」
いきなり動いたカオリの右肩からは溢れるようにして血液が流れ出す。
「こんなに血がっ……。
くそッ、何で俺は何もしてやれないんだよ!!」
今カオリはドッペルゲンガーと戦っているのだ。
カオリの中で戦っているせいで俺は何もできない。
そんな時、頭にカオリの声が聞こえた。
(…………無理、だよ)
何もできない悔しさを堪えながらカオリに聞こえるように叫んだ。
「無理じゃない!!!何してるんだよバカ!」
(リク……!?)
声はまだ元気だ。安心した。
(だって……、倒す方法なんて思い付かないよ!!)
「ソイツを殺したって自分は死なない!はやく戻ってこい!!このままだとお前はッ……」
取り込まれる、そう言おうとしたら目の前に黒髪の男子が現れた。
163センチくらいのちょうど平均身長で、どちらかと言えば撫で肩。
俺たちと同じの学ランではない制服を着ている。セーターは黒……というか、全体的に黒い。
見たこともない男子だ。
『はじめまして、中沢陸君』
「……こんなときに、そんな姿で派手な登場となるとお前も雪村と同じなんだろ」
『察しがいいね。
確かに同じではある……かもしれない』
「かもしれない?じゃあお前はカオリを助けてくれんのかよ!
それができなきゃお前は俺たちの敵だ!!」
俺がこんなに焦って余裕がないというのに目の前の奴は普通だ。
何も起こってないかのような態度で、愛想笑いを浮かべた。
『うーん、俺はどっちかというと君たちの味方なのかも。
だって俺、雪村彩夏と正反対だからアイツのこと嫌いだもん。
…………けどね、だからといって西田香織を助けるかは別』
「はぁッ!?お前何なんだよ!」
『このゲームの主催者。黒羽昌。
よろしくねー』
「よろしくしねぇよ!」
雪村のような異常な恐怖はない。
だが黒羽は張り付けたような笑顔だった。
それも気味が悪い。愛想笑いが下手くそでわかりやすい。
黒羽は自分は雪村と正反対だと言った。俺もそれを聞いたとき確かにそうだと納得した。なぜならコイツは本当に雪村とは違うからだ。雪村のような白い髪ではなく黒い髪だし、無愛想でもない。
『俺さぁ実はコミュ障なんだよねー……。
よろしくって言うのも何年ぶりだか……、なのに断られるとか悲しすぎる。マジ辛い……。死にたくなる』
「わかったからそのどこから出したかわかんねぇ首吊りロープしまえよ!!てかリスカしようとすんな!やめろやめろ!」
『うわー、陸君やさしー』
にこにこと笑いながらすることが怖すぎる!と思っていると黒羽はゆっくりカオリのほうに視線を向けた。
その顔はなぜか笑顔のない、真顔になっていた。
『……人間の心は脆いよね。
すぐに壊れる』
黒羽の声のトーンは下がった。
全てを諦めたかのような表情だ。
「まぁ、そうだな。でも……治せるんじゃないか?
壊れても、心は治せる……と思う」
『……陸君もなかなか面白いことを言うね。陸って呼んでいい?』
「あぁ。俺もお前を昌と呼ぶ」
そんなふうに話しているうちに少し疑問が浮かんだ。
昌は本当に、敵なのかと。
俺は何が正しいかわからなくなった。
敵じゃないでほしいという願いも生まれてくる。
『あ、そろそろ香織さんが帰ってくるね。
じゃあ陸、あとは頑張って。俺も応援してるからさっ!』
「え、ちょっと待てよ!」
『特別に足治しといたから。これ雪村には秘密で』
ニコッと微笑むと昌は現れたときのように唐突に消えた。
昌の言った通り、足はキレイに治っている。
「ぅ……」
「カオリ、大丈夫か!?」
「……」
「?……カオリ?」
起き上がったカオリは俺のことをじっと見てただ黙っている。
カオリには、表情が無かった。目に光もない。
ただ人形のように、固まっている。
「……大丈夫か…………?」
カオリの肩を掴み揺らしてみると、俺の腕には鋭い痛みが走った。
腕を見てみると血が、流れている。
状況が飲み込めず、腕を押さえる。押さえた手にはベッタリと血がついた。
「あのね、リク……」
カオリが立ち上がる。
まだ不自然な動きで、立ち上がる速さも遅い。
「死んでほしいの」
何もかもがおかしかった。
そのカオリから出た言葉も、行動も……。
「リクは、これからヒロトと同じところに行くんだよ。
楽しみでしょう?」
右手に持ったナイフを俺の方に向けながら、カオリは歪んだ笑顔を浮かべた。
これは、厄介な奴が敵になったのかもしれない……。