十話目。
「サポート、キャラクター……?」
「は、い……」
いまだにお腹を抑えている少女は苦笑しながら私を見た。
その真っ直ぐとした瞳に飲み込まれそうになるが、安心感に包まれる前にまた戦闘モードに切り替える。少しの油断が、命取りなのだ。
「敵じゃないならいいの。私、急いでるから!」
置いた鉄パイプをもう一度握り、ワタルの走って行った方へと進み始めたその時、少女が叫んだ。
「待ってください西田香織さん!」
「!?」
「す、すみません……引き止めてしまって。でもこれには理由があるんです!」
このゲームでは名前がプレイヤー名として登録してあるはずだ。なのに今、この子は私のフルネームを叫んだ。
どういうこと……?
「わかった。でも本当に急いでるの。だから移動しながら貴女の話したいことは聞く、それでいい?」
「はい」
この子は自分をサポートキャラクターと言った。が、それではゲーム内にしか存在しないということになる。なのにゲーム外の私の名前を知っていた。
それではこの子は主催者側と言ったほうが正しいような気もしてくる。だが、主催者側が私達を助けるとは思えない。だとすると、結果的にこの子という存在はゲームの不具合によって生まれてしまったということになってしまうんじゃないだろうか。勝手な推測だけど……。
「えと、先ほどはすみませんでした。私は、このステージにのみ存在する幽霊なのですが……アップデートによってシステムに不具合が起きまして、香織さん達と同じ、人間の感情をもちました」
やっぱり不具合か……。
「じゃあ元の貴女は敵だったの?」
「はい、その通りです。私の設定は、いじめによって死んだ女子生徒の幽霊。七不思議で言うと……〈追いかけてくる人影〉ですね」
「…………そんな貴女はなぜ、私達の味方をするの?さっきはワタルに攻撃する気満々だったみたいだけど……?」
「それは誤解です!!私は渉くんが危ない目に合わないようにと……」
…………おかしい……。
七不思議が私達の味方をするのも十分おかしいが、主催者側がこの子をほおっておくことが一番おかしいのだ。感情が生まれてしまえば厄介な存在になることもわかるだろうに……。
「香織さん……お願いです、私に皆さんを救わせてください!」
どこまでも本当で、どこまでも真剣だと言うことはこの子の態度を見ていれば嫌でもわかる。
……なら受け入れるしかないだろう。
「……じゃあまずはワタルを助けに行くよ。貴女のこと、私が信用してもクラスメイトがどう思うかはわからないんだから」
「はい、ありがとうございますっ!」
ワタルが一人で走って行ったのは数分前。急げば間に合う、はずだ。
緑色の非常灯だけが光る廊下をひたすら走る。
足元が見えないため、見える光とブザーの音をたよりにワタルの向かった方を目指すしかない。
「そうだ、貴女名前は?女子生徒の幽霊なら名前くらいあったでしょ?」
「…………霊奈。レイナです」
「レイナか……おっけい、ありがと」
ずっとなりっぱなしのブザーの音は徐々に近くなってきた。
ワタルがもし、危ない目に合っていたら……。
私はあのときレイナのほうが危ない存在だと思った。けれどレイナに害はなかった。そうなるとワタルのほうが危なかったんじゃないかと今さらだが思う。
あるひとつの教室の前で足を止め、静かに入る。
そこにいた人影はゆっくりと私達のほうに振り向いた。
「ん?あ、カオリ……と、誰?」
「ワタル……無事だったんだ、よかった」
「ブザーは見付けたんだけど何も無いんだよ」
小さな防犯ブザーを手に不思議そうな顔をするワタル。何も害は無さそうなブザーだがそのブザーの中には電池が入っていない。だが鳴り続けている。気味が悪いな……。そっとブザーを受けとるとレイナの表情が変わった。
「ッーーー油断しちゃっ、ダメです!!」
レイナが大声で叫んだ瞬間にブザーがバンッと音を立てて破裂すると大きな光に包まれる。
「何っこれ!?」
「私ハ……ココニイタノニ…………」
誰かの声が聞こえたと思えば首を大きな手で掴まれる。光のせいで顔が見えない。
「うぁッ……」
苦しいッ……死んじゃうよ、こんなの…………。
刺されるよりも、辛い死に方。
死ぬ寸前まで苦しい思いをしなきゃいけないから、この死に方はしたくなかった。
「タダ、気付イテ欲シカッタダケナノニ……」
これが、この人が、命の無いブザー……。
きっと心臓狙って刺したって、死なないんだろうな。意識がだんだん薄れてきた。私の呼吸の音が聞こえる。早い……鼓動も、呼吸も。
「カオリッ……!」
ドンッという衝撃を身体に感じた。
すると私を掴んでいた手が離れる。
「ッ……ぁ……はッ、はぁッ……なんで、いんの、DB……」
「そりゃ、来たからいるに決まってんだろ。……おいレイナ、どーいうことだよ」
「……すみません、予想以上のアップデートでした。あの状況から二人は助けられなくて…………」
「まぁ、お前にしては役に立った。六十点だ。プラス四十してほしければ今すぐカオリとワタルを連れて逃げろ」
「ちょっとDB、どういうことなの……」
「お前は頑張りすぎだ、少しは休めよな」
「……ッ…………」
もともと薄れていた意識が完全に無くなり、私はその場に倒れた……。