九話目。
全員で自分の席に座り教卓のほうを見る。ただ、じっと見ている。
「……それじゃあお前ら!第一回、三年一組怖い話大会ぃ!?始めるぞぉぉぉお!!!」
「「「いえぇぇぇえ!!!!!」」」
授業中もうるさく、いつも皆を笑顔にするアキラが司会をやったためか、第一ステージのことを一度忘れて皆で盛り上がった。
「最初に話をするのはなんとー……リョウだッ!」
「え、マジで」
「マジだ」
隣の席のリョウが立った。いよいよ怖い話だ。耳を塞がずちゃんと聞こう。
今は…………前が向けないけれど……。
前の席を見ると、笑顔で振り返ってくるヒロトの幻覚でも見えてしまいそうで、ゆっくりと下を向いた。
「俺が知ってる怖い話は〈0時の展望台〉だ」
0時の展望台……名前しか聞いたことがないが学校の七不思議となると相当な怖さなんだろう。
うちの学校には展望台があるから、他の学校には絶対にない七不思議だ。
確か、十年前からあったらしい。
「あの展望台に0時に行くと普段開かないはずなのに扉が開くんだ。そして窓には無数の手が浮かび上がり、その手に掴まれると…………」
「「「つ、掴まれると……?」」」
「…………窓から落とされて死ぬ、らしい……。十年前、生徒が死体で見つかったそうだ…………」
いきなり鳥肌が立つ。窓から落ちることを想像してしまったのだ。無数の手のことも、パソコン室のことを思い出すと震えてしまう。
「こ、怖い…………。展望台では何と戦うんだろう……」
無数の手と戦ったところで勝てるとは思えない。そもそも展望台は狭いから全員が入れるかもわからない。
「い、一番目から怖いの来たな……。じゃあ、次!んーと……誰にすっかなぁ…………そだな、アヤ!」
「何でよ……」
「さっきのでいーからさ!」
うーん、と悩んだ仕草をするアヤ。
アヤが知っていたのは確か、〈命のないブザー〉だった気がする。
でもアヤって私と同じで怖い話苦手じゃなかったっけ……?
「……〈命のないブザー〉はそのままの意味。鳴ることは絶対にあり得ないブザーなの」
なのに何故、そのブザーは七不思議になったんだろう……。
鳴らないならそれでいいじゃないか、めんどうな七不思議なんかにならなくていいのに。
「ブザーは昔、ある女の子の落とし物だった。ただそれだけだった。なのに……女の子はブザーのことを忘れたまま卒業していった……するとブザーは自分の存在を気付かせるために夜中になるようになったの。そして残業で残った先生がそれに気付いてね……………………」
アヤがいきなり言葉の途中で黙った。
そのアヤの表情は徐々に青ざめていった。
「アヤ…………?」
「……ねぇ、聞こえない?私だけなの?」
震える声がやけに教室に響いた。
余韻が残る。
「ぇ?」
まるで授業中のように全員が口を閉じている。
すると聞こえてきたのはブザーの音。
「……さっそく一つ目登場かよ…………」
「ミカ、お願い。教室で皆が混乱しないようにまとめて」
大人数で安全地帯から出るとなるとまた犠牲者がでる。それだけは避けたい。
「わかった……けど、カオリは何をする気なの」
「私は様子を見てくるよ。まぁ、たまたま七不思議を解決しちゃうかもしれないけれど」
「まったく、無茶だけはやめなさいよ」
心配してるのか呆れているのかミカはため息をついて真剣な表情になった。
「ちょっと待てよ、俺も行かせろ……」
リクがヨロヨロと立ち上がるがまだ歩けそうもないだろう。
リクを無視してドアに手を掛ける。
「おいッ……待てって言ってんだよ!」
「落ち着けリク……変わりになるかわからないけど俺がカオリと行くから」
もう一度リクを座らせ、自分から行くと言い出したのはワタルだった。
学ランの上着を脱いで準備万端と言ったところだろうか。
「な、何でよ!私は一人で……」
「俺が行く」
「っ……勝手にすれば…………命の保証はしないから」
「自分の身くらい守れるって」
ガラガラと音をたてて廊下に出る。
もうここは安全地帯ではない。油断はしていられない。本当は、ワタルも出来れば守りたいし。
「あっ」
「な、何……」
「その鉄パイプ……もしかしてヒロトの…………」
「…………そ、そう。ヒロトが私に、皆を託したから」
「そっか。アイツ本当に馬鹿だよなぁ……女子に大勢の命を背負わせるなんて」
「…………」
「でも、カオリだからかもしれないな」
「それってどういう……」
どういう意味、と聞こうと思ったその瞬間にワタルは後ろを睨んでいた。
まさか、と思って私も振り返ると暗い非常灯だけが光る廊下の下に何やら人影が見えた。
まだ距離はある、が、相手の出方がわからない以上背中を見せながら走れるものか。
人影のほうを見ながら後ろ向きに歩く。
もちろん武器を構えたままで。
「ワタル……私が見張っておくからブザーの鳴るほうに行って」
「そういうのは男子がやることだろ」
「今は関係ない。近接戦闘になった場合、アンタそれで戦えるの?」
私の武器はナイフと鉄パイプ、やろうと思えば近接戦闘も可能なのだがワタルは何も持っていなかった。
「俺の武器は近接戦闘だと思うけど」
「何にも持ってない」
「……シュンと同じだよ」
あぁ、そうだ。今回はイレギュラーな奴ばっかだった……。
「だとしても、だよ」
「…………わかった」
ワタルが走りだした瞬間に人影が揺れた。
これはもしかして、と思って鉄パイプを振る。
「ッーーー!!」
ゴンッと鈍い音がするとワタルを後ろから狙っていた私達と同じ制服姿の女の子がいた。
苦しそうにお腹を抑えている。
私も振動が両手に伝わりかなり痛い。
「ぇ……大丈夫!?」
敵かもしれないが見た目は可愛い美少女だ。ここまで痛がると心配もする。
エメラルドの瞳に色素の薄いセミロングの茶髪。まるで人形のような整った顔立ちのその子は目に涙を溜めてその場にしゃがみこんだ。
「ごめっ……ごめんなさいっ……!」
「こ、こっちこそ……ごめん!」
ワタルは気付かず走って行った。
暗闇のせいでもう姿は見えない。
「あの……貴女は、私達の敵なの…………?」
「…………いいえ、違います」
やってしまった、と思った。
敵じゃない女の子を、しかも美少女を鉄パイプで思い切り殴るなんて私は最低か。
でもリアルキルゲームの参加者は私達だけ。同じ制服でもこの子は見たことがない。
「私は……あなたたちプレイヤーをクリアに導くための、サポートキャラクター、です…………」