雨、ときどきウサギ
「ごめん!講義が長引いちゃって」
私が手元の本から視線を上げると、明海が息をきらしながらも苦笑いをして、向かいの席に座った。
「お詫びにコーヒー奢るね」
「あっ、ありがとう」
「どういたしまして。まぁ、ドリンクバーだけど」
笑いながら、明海は備え付けのタブレットのメニューからドリンクバーを注文し、飲み物を取りに行った。
私は読みかけの小説にしおりをはさむと、カバンにしまい、何気なく外を眺めた。
いつの間にか雨が降りだしており、色とりどりの傘のはなが咲いている。
(雨…かぁ)
「どうしたの?外見てたそがれて」
「いや、雨だなぁって」
渡されたコーヒーを受け取りながら言うと、明海は私の足元をチラッと見て、椅子に座った。
「珍しいね」
「そうだね。今日のお出掛けは中止だね」
「それは仕方ないけど、そうじゃなくて。それ」
明海は私の足元を指差し、わずかに身を乗り出した。
「紫は欲求不満らしいよ」
耳打ちするように言うと、ニヤニヤと笑いながら明海は私の顔を見ている。
私は軽くため息をつくと、足元の物、紫色の傘を拾い、柄の部分を明海に向けた。
「ほら、Kって書いてあるじゃん」
「ホントだ。分かりにくいけど、ね」
「私も始めは気づかなかったんだけどね。イニシャルなのかな?」
「買ったときからついてたならデザインじゃないの?」
「ううん、この前、傘取られたときに見知らぬ後輩が貸してくれたから、その人のイニシャルなのかなぁって」
私がぶつぶつと、イニシャルK、の正体を考えていると、明海は傘を手に取り、じっくり観察を始めた。
そして、しばらくして、明海は何かを思い出したように携帯をカバンから取り出すと、いじり始めた。
「あー、全然分かんない!そもそも名前か名字か分からないから選択肢が広すぎる!」
私は考えるのをやめ、少し冷めた珈琲を飲み干すと、先程から携帯をいじり続けている明海を眺めた。
「ねぇ、さっきから何してるの?」
「ちょっとね。美空、第3図書館って行ったことある?」
「第3図書館?図書館って第3まであったの?」
私が苦笑いしながら訪ねると、明海も苦笑いしながら頷いた。
「まぁ、かなり専門書の図書館だからね」
知らなくても仕方ないよ、と言いながら、明海は残りの珈琲を飲み干し、立ち上がった。
「それで、もしかしたら美空の謎がそこで解決するかもなんだよね」
明海はタブレットの会計ボタンを押し、ICカードで会計を済ませると、行こうと言わんばかりに早々と席を後にした。
明海を追いかけ、店を出ると、雨は上がっていたが、今にも降りだしそうな不機嫌な雲が広がっていた。
「美空ー、降りだす前に行こう」
「あっ、うん」
空を見上げていた私は、明海に促され、まだ見ぬ第3図書館に向かった。