08.殿下と寝技と その2
王立学校の武闘場、柔道だか空手だかよくわからない武闘着に着替えた同級生達が集合している。王都の治安を預かる騎士団から派遣されたという、温厚そうなおじいちゃん騎士が先生だ。
「ミウ・イーシャ、更衣室で見かけなかったが、いつもどこで着替えているのだ?」
私とペアを組んでいる殿下が、あいかわらず不機嫌そうな顔できいてくる。隣で先生と組まされているノブからは、焼き殺すような視線を感じる。
「えーと、私不器用で着替えるのに時間がかかるので、みなさんにご迷惑にならないようトイレで……」
「ふむ。武闘着の下にそんなにたくさん着込むから、着替えに時間がかかるのではないのか?」
えっ? 殿下の視線の先が、私の胸元を覗き込むように……。
ばっ
とっさに両手で胸元を隠す。いや、Tシャツを重ね着してるし、そもそもまだまったく成長してないお子様だから、見るべきものなどなにもないはずなのだが。それでも、胸元を凝視する視線に反射的に反応してしまうのは、女の子として仕方がない。
「で、で、で、で、殿下、どこを見ているのですか?」
上目遣いで殿下を睨む。何事かとこちらに駆け寄りかけたノブが、先生におこられている。
「ん? すまない。この陽気の中で武闘着の下にシャツを着込んでいるのは君だけのようだから気になったのだが……。何をそんなに動揺しているのだ?」
本気で不思議そうな顔をしている殿下。
そそそそりゃそうか。そうだよね。私達は男同士、胸を覗かれて動揺する方がおかしいよね。深呼吸して落ち着いて……、ここは笑ってごまかすしかない。ノブも落ち着け。自分の場所に戻った戻った。
武術の授業でペアを組もうと殿下からお誘いをうけた私は、もちろんそれを断った。
正直言って、私は運動神経が無い。鈍い、ではなく、無い。体力も無い。クラスの男の子と組んでもまったく相手にならないし、相手の子の練習にもならない。それがわかっているから、いつもノブとペアを組むことを学校側も黙認してくれている。さすがに試験の時だけは、他の生徒と組むことは避けられなくて、一発殴られたり投げ飛ばされるのを我慢して、さっさと負けることにしているけどね。
ちなみに、ノブの方は、逆にあまりにも強すぎて、他のお貴族様のボンボン達とはうかつに組ませられないらしい。
それに、問題は運動神経だけではない。この授業でやってる実践的な武術とやらが空手なのか柔道なのかマーシャルアーツなのかすら私はしらないのだが、習う技はパンチとかキックだけでなく、投げや関節や、そして寝技まである。
そう、寝技だ。いくらお子様ボディだといっても、一応成人女性の心を持ってる私としては、同年代の男の子相手で寝技をやるのはちょっと抵抗がある。なによりも、万がいち私が女の子だとバレたら困るし。
ていうか、寝技に関しては、実はノブと組んでもいろいろと問題があるのだが、まだお互いお子様だからと気にしないことにしている。……ノブの方は私と寝技の練習の度にいろいろと意識しちゃって大変らしいけど、私はそれに気づかないふりをしてあげるのが精一杯。
てなわけで、私は殿下の申し出を断った。はっきりと断ったはずだ。なのに、武闘場にきてみると、いつも自由な相手と組んでいたはずが、今日に限ってペアの組み合わせが先生によって強制的に決められていた。
もちろん私のペアは殿下だ。驚きながら殿下の顔を見てみると、いつも不機嫌なはずの彼が一瞬だけ微笑みやがった。
くそ、はかったな。王立学校のくせに圧力に屈したのか、……いや王立学校だからこそ、王族の圧力にはさからえないのか。
「そう堅くなるな、ミウ・イーシャ。私は君の為人を知りたかっただけなのだ」
よくわからないが、おそらく柔道の型みたいなものなのだろう。ふたりでお互いに襟をつかんで押したり引いたりしながら、他の生徒に聞こえないよう殿下が口をひらいた。
「ひととなり、ですか? 私みたいな平民の?」
「うむ。他の貴族達に、私がイーシャ家の者に接触してると気づかれたくなかった。そのため、たまたま授業の講師が知己の者だったので、無理を言って君と組ませてもらった。すまない」
意味がわからない。おそれ多くも王家がイーシャ家と接触? これは単なる武術の授業じゃないの? そして、それを他の貴族に知られたくない? よくわかんないけど、わが平民のイーシャ家を、宮廷のごたごたに巻き込まないでぇ!
そんな私の心の叫びなどとは関係なく、無情にも授業は開始される。よりによって乱取りだ。
「ミウ・イーシャ、君は力が弱すぎるのではないか」
私と組んだ瞬間、ジョアン殿下が冷たい目で言い放つ。
「そして軽すぎる!」
私を投げ飛ばしておいて、殿下が叫ぶ。
「話にならん、もろすぎる!!」
不機嫌極まった表情の殿下が、いちいち私に文句を言ってくる。私は全身の痛みと、息が切れてしまって、反論もできない。
この殿下、私が武術苦手なことを直接確かめるために、私とペアを組んだのか?
……自分が弱々しいのは言われなくても自覚してるけどさ。そうはっきり言われると傷付くなぁ。……って、あれ、男らしくないと言われてるんだから、傷付く必要ないのかな?
まだまだ殿下は、容赦してくれない。
いとも簡単に脚を払われ、仰向けに倒れた私の上に、殿下が覆い被さってくる。寝技だ。
目の前に、金髪の美青年の顔が。ノブ以外の男の子が。顔が近い。息がかかるほど。
うわぁ、ノブとは違う、男のにおい。やばいやばいやばい。
そして殿下の手が、手が、手が、私の身体に。私はまったく動けない。顔、あかくなってないだろうな。心臓の音が……。
「君は細すぎる! 身体に筋肉が無いから、やわらか……」
と、殿下の動きも止まった。
殿下が、私の顔から視線をそらした。腕の動きをとめて、全身に力が入ったのがわかる。ちょっと顔が赤いかも。やばい。気づかれた? まだお子様の私には、覆い被さった上からわかるほど胸も腰もない、はずだ、……と思うけど。もしかして、魅了の魔力が漏れてる?
「あ、あのー、殿下?」
「君は、まさか……、い、いや、なんでもない。武術の授業の時も、メガネははずさないのか?」
「えっ、えーと、メガネはずすとほとんど見えないので」
「ひとつ確認したいのだが、君は本当にイーシャ家の長子なのか? 伝説の英雄、タケシ・イーシャ殿の長子は、ノブ・イーシャではなく、ミウ・イーシャなのか?」
「え、ええーと。私でいい、はずです」
「……気に入らないな」
はぁ? 勝手に言いがかりつけてきて、なんなのこの人!
「成績が良いのは認める。幼年部にして飛び級でアカデミーに推薦されるほどの、科学や数学に限ればもしかして本当に王国一の天才だと、君の名は王宮にすら知られているほどだ。そして、君の父君が偉大な英雄であることも、君の家が貴族をしのぐ財産家だということもプラス点だ。容姿も問題ない。むしろ綺麗すぎ……、い、いや、そんなことはどうでもいい。しかし、君は弱すぎる。まるで女のようだ。差し引けばマイナスだ。それでは、魑魅魍魎の跋扈する王都において、愛する者をまもれないではないか」
はぁぁぁ? 弱くて悪かったわね。差し引きマイナスだって、私がどんな人間だろうと、そんなこと王家には関係ないでしょ!
「ほ、ほっといてください! 私には、私なりの、愛する者の守りかたがありますから!」
「ほぉ。よければ教えて欲しいものだな、君なりの『守り方』とやらを。私にはそれを聞く権利がある」
権利? 権利ってなに? 王家に何が関係あるの?
「殿下、いつまで俺のミウを押し倒しているんですか?」
ふと顔をあげると、組み付いたままの私達ふたりを、鬼のような形相のノブが見下ろしている。
他の生徒達も、いつのまにか稽古をやめ、私達に注目している。
「あ、あれ、授業はおわったの? あんたと組んでた先生は?」
仰向けに倒されたまま尋ねると、ノブが顎で示す。その方向に目をむければ、先生は武道場のはしで伸びている。大の字だ。
「あー、ばか。先生は騎士様といっても普通の人間なんだから、本気出しちゃだめっていったでしょ!」
「俺のことはいいんだよ。ジョアン・サドーレ殿下、さっさとミウを離して頂けませんかね。……なんなら、俺が手を貸しましょうか?」
殿下の手を取ろうとするノブ。まさか、殿下の手を取って投げ飛ばしたりしないだろうな。相手は王族様だぞ。不敬罪で縛り首になるぞ。
殿下は苦笑しながら、私の上からどいてくれた。そして、やさしく私の手をとり、起こしてくれた。紳士だなぁ。
「まったく、君の家族はみな興味深いな。……失礼な事を言ってしまってすまなかった。私がああせざるを得なかった事情については、いずれ君の耳にもはいるだろう。その時でいい、きみ流の『愛する者の守り方』を教えてくれ」
金色の王子様が、にこやかに笑いながら去って行った。対照的に、ノブは怒りに震えたままだ。
「み、ミウ。おまえ、殿下に押し倒されて何かされたのか? 何か言われたのか? おい、ミウ、答えろ」
押し倒されたとは人聞きのわるい!
まあ、それはそれとして、……私にも何が何だかわからないんだよね。
2015.03.27 初出




