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07.殿下と寝技と



「おはようございます」


 王立学校の幼年部は、基本的に二十一世紀の日本の小学校と同じだ。七才で入学して十二才で卒業。学年ごとに約百人ずつが一クラス、合計六クラスだ。


 椅子と机が階段式に配置された最上級生用の広い教室に、私達は小声で挨拶をしながら静かに入室する。思い思いの席に陣取り雑談に興じていた生徒達が一瞬こちらに視線を移したものの、すぐに知らんぷりをしておしゃべりを再開する。


 ふむ。今日もお貴族様達は、平民の存在なんて無視、……か。


 小さくため息をつきながら、私はノブを伴い教室の一番後ろの席についた。




 今わたしたち姉弟が通う王立学校幼年部の生徒の大部分は、王国の政権中枢に近い高級なお貴族様のお子様達だ。世間知らずの高貴な幼子達が、私達のような粗野な成金の平民とうまくつきあえないのも無理もない。さすがにいいところのボンボン達があからさまに平民を差別することは滅多にないとはいえ、お互いの間にある壁は高くて厚いのだ。


 本音を言えば、貴族達が私達姉弟に近寄ってこないのは、実はちょっとありがたかったりする。なんといっても、ここは男子校だ。クラスメイト達とあまり仲良くなってしまうと、どこでボロがでるかわからないからね。入学以来約五年間、私が男の子じゃないってバレなかったのは、おそらく誰とも仲良くならなかったからだろう。決して私の性格や体型が女の子っぽくないから、ではないのだよ、……たぶん。




 ちなみに、幼年部の上の高等部は、あちらの世界のでいうところの中学校と高校にあたる。そして、全寮制だ。


 数年後に召喚されるヒロインは、この世界のことを学ぶため、特例としてこの高等部に入学が認められ、学園を舞台とした貴族や平民の美男子の逆ハーレムをつくって青春を謳歌するわけだ。


 でも、私には関係ない。


 サキュバスだとばれないように男装している私は、ヒロインのように特例での入学してチヤホヤされる立場ではない。さらに、さすがに十八歳まで男の子のふりをして学校に通うのは、いくら色気のない私でも無理だろう。全寮制だしねぇ。


 だから、私の学生生活も、あと数ヶ月で終わりだ。ノブにもお父さんにもまだ伝えていないけど、私は幼年部を卒業したら、高等部には進学しないつもりだ。ついでに、あの家からも……。






「なぁ、姉ちゃ、……じゃなかった、ミウ。さっき授業でだされたレポートの宿題おしえてくれよ」


 休憩時間、隣の席のノブが大声で聞いてくる。おまえ、一応わたしは男の子のふりをしているんだから、学校での呼び方には気をつけてくれ、頼むから。


「またぁ? あんた、レポートは自分で書かなきゃ意味がないでしょ」


「じゃあ、いっしょに書こうぜ。それならいいだろ!」


 この学校は、一応王国のエリート養成校であるから、小学生でも厳しく鍛えられる。ゆえにレポートが宿題にでたりもする。まぁ、レポートといっても、図書館で参考書をしらべればわかる程度の内容なんだけどね。


 そして、あちらの世界では一応大学生だった私にとって、この世界の小学生レベルのレポートなど、正直言って楽勝だ。そもそも、もともとこの世界の基本設定を作ったのは私だし。


 だが、弟のノブは、細かいことを調べるのが苦手なんだよね。決して頭の弱い子じゃないんだけど、要領が悪いというか。お姉さんは君の将来がちょっとだけ心配だよ。






「あいかわらず仲がいいな、ミウ・イーシャとノブ・イーシャ。しかし、いくらミウが成績がトップだからといって、その弟がレポートを自分でやらないのは感心しないな」


 唐突に後ろから声がした。振り向くと、……不機嫌そうな顔をした天使がいた。


 まるで天使の輪のように輝く金髪に、澄んだ青い瞳。端正な顔立ち。整った鼻筋。こんな美青年、同級生にいたっけ?


「ジョアン・サドーレ、……殿下」


 ノブがつぶやく。かろうじて舌打ちしを我慢した、という口調だ。あんた、本当に貴族が嫌いなんだね。でも、あからさまな態度で表すのはやめてくれ、って、……え? 殿下ぁ?





 そう、そう、この美青年の名は、ジョアン・サドーレ殿下。


 貴族の中の貴族。私達の同級生の中でも、もっともレベルが高い最高級のお貴族様。今の王様の孫、王太子殿下の次男で、王位継承権は三番目、れっきとした王族様だ。


 同級生にキラキラした子がいるということは知っていた。そして王族がいるということも知識として知っていた。でも、意識してあえて意識しないようにしていた。私は、この王子様とはできるだけ関わらないように心がけていた。


 なんといっても、この子はこの世界の元になった物語の中で、ノブと並んで重要な役割を担う男の子なのだ。


 ジョアン殿下は、数年後にはノブと共に主人公のヒロインと仲良くなる。ヒロインをめぐり、ノブとライバル関係になる。そして、三人で悪役サキュバス(私?)を追い詰める役回りなのだから。





 それはそれとして、間近で見ると本当に綺麗な子だなぁ。ノブがちょっとやんちゃでかっこいい美少年だとしたら、殿下は齢十二才にして美青年。そう、眼の覚めるような美青年とは、この子のためにある表現だろう。金髪がきらきら輝いて、まるで後光のようだ。仏頂面なのがもったいない。


「あ、あの、その、ノブは決して本気でレポートを写させて欲しいと言ってるわけでなくて、えーと、最終的にはちゃんと自分でやるんです。ホントですよ」


「あたりまえだ」


 殿下が仏頂面のまま言い放つ。この殿下は、公務で王族として国民の前に出るときには天使のようににこやかなのに、学校ではいつも不機嫌そうな顔をしている。


 そして、学校において彼は孤高の人だ。他の貴族のボンボンは、ほとんどが数人でつるんで行動しているのに、ジョアン殿下はつねにひとりだ。もしかしたら、王族として、有力貴族の派閥争いに巻き込まれるのを回避しているのかもしれない。


 だが、美青年というのは、孤高でも、仏頂面でも、やっぱり美青年だ。見れば見るほど、なんて綺麗な男の子。おもわず見とれてしまう。


 そんな私の視線に気づいたからか、ノブまでがますます不機嫌になる。仏頂面の美しい男の子ふたりにかこまれて、私ひとりだけがニヤニヤしている、……第三者からみれば、この周囲にはちょっと異様な空間が形成されていたかもしれないなぁ。いちおう男子校だし……。


「……ミウ、行こうぜ。次は武術だ」


 しまった。そうだった。私は、座学ではぶっちぎりで成績トップだけど、体育系はまったくダメダメ。特に武術や剣術は、貴族のひ弱なボンボン達と比べても問題外の成績。落第寸前だ。


 落ち込む私に対して、ノブはやさしい。


「いつも通り、俺が組んでやるよ」


「さっすがぁノブ! 頼りになるなぁ」


 弟の肩をたたく私。乱取りでノブ以外の男の子と寝技になったらどうしようかと心配してたんだ。


 しかし、そんな『姉弟』、じゃなくて『兄弟』に声をかける者がいた。ジョアン殿下だ。


「ミウ・イーシャ、頼みがある」


 あんたまだ居たのかよ、とは声には出さないものの、王族様をノブが睨みつける。が、殿下はそんな平民の視線なぞものともしない。


「武術の乱取りの実習の際、私と組んで欲しい」


 はぁ?


 



 

2015.03.26 初出

 



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